アクティウムの海戦(アクティウムのかいせん, Battle of Actium)は、紀元前31年9月2日にオクタウィアヌス(のちのアウグストゥス)とマルクス・アントニウスによって戦われた海戦。海戦の名は戦場がイオニア海のアクティウム(現ギリシャ共和国プンタ Punta)沖であったことによる。アクティウムのギリシア読みでアクティオンの海戦と呼ばれることも多い。アントニウスは戦闘開始早々撤退するクレオパトラ7世を追って撤退し、指揮官を失ったアントニウス軍は潰走、アントニウス、クレオパトラとも自害した。
この戦いの勝利によってオクタウィアヌスは事実上、共和政ローマ末期の内戦の最終的勝者に確定した。