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キューベルワーゲン

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(最終更新 2007年9月23日 (日) 11:34。)
キューベルワーゲン 82型(アフリカ戦線向け)
キューベルワーゲン 82型
(アフリカ戦線向け)

キューベルワーゲン(独:Kübelwagen または Kübelsitzwagen)とは、第二次世界大戦中にドイツで生産された小型軍用車両で、フェルディナント・ポルシェ博士により設計された。

構造的にはフォルクスワーゲン・タイプ1の軍用車ヴァージョンというべきものであり、不整地走破性を高くするために、軽量・低重心なフォルクスワーゲンの特長を生かしながら、可能な限り最低地上高を高めるように設計された。

ドイツ語では Wagen は「ヴァーゲン」と「ワーゲン」の中間の音で読まれるが、本項では日本でのフォルクスワーゲンの前例に倣い「ワーゲン」と表記する。

目次

概要

オープントップ(和製英語:オープンカー)であり、耐水性のキャンバス地の折り畳み式幌で覆うことができる。座席はバケットシート

車名の由来

すべての座席がベンチシートではなくバケットシートであったため、当初は「バケットシート自動車 (Kübelsitzwagen = Kübel + Sitz + Wagen)」と呼ばれていた。その後、「バケットシート自動車 」はそのボディがシンプルなスチール製のその外観から「シート」が略され「バケツ自動車 (キューベルワーゲン Kübelwagen = Kübel + Wagen)」と呼ばれるようになった。バケットとバケツは日本語でのカタカナ表記は異なるが西欧では同じ一つの言葉である。バケットシートが採用されたのは、フォルクスワーゲンの試作中、バケットシートを載せたシャーシだけの車両で、フェルディナント・ポルシェの息子であるフェリー・ポルシェが山道などでこれを運転し、操縦時の安定性に優れている事実を経験した事による。

当初はフォルクスワーゲン Typ 82 (82型) だけが「キューベルワーゲン」と呼ばれる対象だったが、その後の派生形や、他の製造者による外観の似た車両も、バケットシートが用いられたかどうかに関係なくこの名で呼ばれるようになった。

詳細

リアビューリアフェンダーが深い初期型濃いグレー(Panzergrau)は大戦前半の標準塗色(1941年6月31日付陸軍指令第864号)
リアビュー
リアフェンダーが深い初期型
濃いグレー(Panzergrau)は大戦前半の標準塗色(1941年6月31日付陸軍指令第864号)
フォルクスワーゲン・タイプ1と同型のメーターを持つ初期型の計器板
フォルクスワーゲン・タイプ1と同型のメーターを持つ初期型の計器板
82型の内装
82型の内装

1938年、ポルシェ設計事務所は、陸軍兵器局の要請に応じてフォルクスワーゲン・タイプ1を軍用車に改造する研究を開始した。陸軍兵器局の設計要件は、下記の通りである。

  • オープントップであること
  • 総重量950kg、うち車輌自重550kg、積載量(乗員3名と貨物)400kg
  • 生産性が高いこと
  • 大量生産が可能であること
  • 軍用車輌だが、民間用にも簡単に転用できること

要件に沿った最初のプロトタイプは、1939年の終わり頃に完成した。角形車体の発展型試作品はTyp 62(62型)と名付けられた。数十輌が試作されたが、うち少なくとも18輌は後部車輪へのリア・アクスル上の減速ギアがない形で作られた。試運転が繰り返され、地面への追従性改善とトルクの増加などの改良が施された。

62型は陸軍兵器局を満足させ、Typ 82(82型)として採用された。制式名称は Leichter geländegängiger Personenkraftwagen K1(4x2) Volkswagen Typ 82 。 量産は1940年からKdF市(「歓喜力行団車市」の意。現・ヴォルフスブルク市)のフォルクスワーゲン製造会社で開始され、10万台の製造が指示された。また、他の用途に発展させるための基礎として、Typ 87(87型)の試作も開始された。

第二次世界大戦が始まり、軍用車輌の生産が優先された。民用のフォルクスワーゲン・タイプ1が生産されるのは戦後のこととなる。

キューベルワーゲンは戦場では兵士に歓迎され、軍馬代わりに使われた。軽量であるため、排気量985cc、出力23.5馬力の小型エンジンでもこの車輌を駆動するには十分で、最高速度は83km/hに達した。リアホイール内に減速ギアを装着し、駆動力を高めると共に、ホイールの車軸取り付け位置を高くして、床下高を高めているのが大きな特徴である。

前輪荷重が軽いためハンドルを操作する際にもアシスト機構を必要とせず、四輪駆動でないにも関わらず床の高さと後輪荷重の大きさから不整地走破性も良好で、サイドカーよりも実用性が高かった。

エンジンは空冷のため冷却水を使用せず、厳冬時や厳寒地においても取り扱いの面倒な不凍液を必要としなかった。この車輌は寒冷地でも酷暑でも高い耐久性を発揮し、アフリカ戦線でもロシア戦線でも同じように扱うことができた。1942年からは、砂地での走破性能を高めるための幅の広いバルーンタイヤを装備したアフリカ仕様車も生産された。

第二次世界大戦中を通して派生形の要求が増加した。1941年には、四輪駆動ヴァージョンTyp 87が、フォルクスワーゲン製造会社ではなくポルシェ本社のあるシュツットガルト市で6輌のみ製造された。特色すべき点は、VW のクランクシャフトを使用したポルシェ製1,086ccエンジンを搭載していたことで、この排気量拡大型エンジンは後にポルシェ・356に応用されて結実する。

この四輪駆動プロジェクトは、後に水陸両用車のTyp 128 / Typ 166シュビムワーゲンに移行した。このために製造された1,131cc・24.5馬力のエンジンは、キューベルワーゲンにも搭載された。

Volkswagen Typ 82の生産が軌道に乗ると、いくつかの派生形が生産された。個別のモデルはすべてTyp 82と共通の車台を使っていたため、生産性が高かった。代表的な派生形は、Typ 92 荷台付貨物車(Pritschenwagen)、Typ 174 突撃ボート(Sturmboot mit VW-Motor)、Typ 287 指揮車(Kommandowagen)である。結果的に1940年から1945年にかけて、およそ52,000台のキューベルワーゲンが製造された。

戦後ドイツの類似車両

トラバント 軍用ヴァージョン
トラバント 軍用ヴァージョン

1950年代に入ってから、ボルグワルト社(Borgward)がドイツ連邦軍のためにボルグワルト2000 (制式名 "Lkw 0,75t gl")を製造した。また、1970年代にはフォルクスワーゲン社が新しい設計のシャーシ(VW後輪駆動車台)を使用して、ドイツ連邦軍 Typ 181 (Volkswagen 181)を製造した。これは市販も行われ、北アメリカで販売されたほか、フォルクスワーゲン サファリとしてメキシコで販売された。

Typ 181の後継であるTyp 183(フォルクスワーゲン・イルティス)のドライブトレーンを移植して作られたアウディ・クアトロは世界ラリー選手権で1982年と1984年にタイトルを獲得している。

同じくオープントップである旧東ドイツ軍のトラバント軍用ヴァージョンも、キューベルワーゲンの影響を受けている。

文献

  • Hans Georg Mayer-Stein :Volkswagen of the Wehrmacht, Schiffer Military History, 1994, ISBN 0-88740-684-X、戦場のキューベルワーゲン写真集
  • 山本秀行『ナチズムの記憶』山川出版社、1995年、ISBN 4-634-48070-0、国民車に対する国民の夢 
  • Werner Oswald: Kraftfahrzeuge und Panzer der Reichswehr, Wehrmacht und Bundeswehr, Motorbuch Verlag, 1995, ISBN 3-87943-850-1、1918年~1945年のドイツの軍用車両および戦闘車両の全カタログ
  • J.Piekalkiewicz: Der VW Kübelwagen Typ82 im Zweiten Weltkrieg, Motorbuch Verlag, 1996, ISBN 3-87943-468-9、第二次大戦中のキューベルワーゲンの活躍
  • 影山夙『四輪駆動車』山海堂、2000年、ISBN 4-381-07743-1

関連項目

外部へのリンク

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