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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(最終更新 2007年11月21日 (水) 09:32。)

ゲーム脳(げーむのう)は、日本大学文理学部体育学科教授森昭雄が、2002年7月に出版した著書『ゲーム脳の恐怖』において提示した造語である。森はゲーム中の脳波を測定する実験によって「テレビゲームが人間のに与える悪影響」を見出したなどと主張しており、ゲーム脳とはこの状態を象徴的に表現したものである。しかし、脳科学の専門家の間からは科学的根拠のない理論であるとの批判を受けている(疑似科学を参照)。

目次

概要

すでに長い歴史を持つテレビゲームはすっかり若者や子供の間で普及しきっており、ゲームセンターゲーム機などでコンピュータゲームに熱中する者も数多い。森は、独自に開発した脳波計でテレビゲームをプレイしている人間の脳波を計測した結果、ゲームに熱中している人間の脳波にはβ波が出ない場合があると発表した。そして、この状態の脳波は痴呆(認知症)患者と同じだとして、脳の情動抑制や判断力などの重要な機能を司る前頭前野にダメージを受けているという説を論じている。

森は、脳波の中でもとくにα波とβ波の関係に着目し、数人の被験者を対象にゲームが脳波に及ぼす影響を調べた。その実験結果によれば、テレビゲームを始めるとかなりの割合でゲーム中にβ波がα波より低位になり、β/α値が低下する。すなわち、ゲームをすることでβ波が激減してほとんど出ないようになるという。また、普段ゲームをしていない人はゲームをやめるとすぐにβ/α値が元に戻るが、一日に何時間もゲームをするなどゲーム漬けになっている人は回復が遅く、高齢者の痴呆症患者と同じような波形を示すという。森はこの状態を「ゲーム脳」と定義した。

森の研究によれば、「ゲーム脳型の人間になると、大脳皮質の前頭前野の活動レベルが低下し、この部位が司る意欲や情動の抑制の機能が働かなくなって、思考活動が衰える」という。これが「無気力や感情の爆発、いわゆる「キレる」状態にもつながり、ひいては凶悪少年犯罪にもつながる」…という危惧を著書で述べている。そして、このゲーム脳状態を回復させる方法として、お手玉のような遊び、そして全身をフルに使った運動を推奨している。運動をした後は、β/α値が上昇するというデータも示されている。

また、ゲームばかりでなく携帯電話を頻繁に利用する若者も、同じようにゲーム脳になるという。これを指して、メール脳という造語も登場した。

他にも、女性が人前で平気で下着を見せるというようなことを羞恥心の欠如と考える論者によれば、それもゲーム脳のせいであるという主張もあり、ゲーム脳 = あらゆる社会問題の原因としてかなり広い範囲を覆い、際限なく拡張させることもできる仮説にまで発展している。

この主張がマスコミの報道や講演を通して広く認知されたことにより、「ゲーム = 犯罪の温床」「ゲーム = 学力を低下させる最大の原因」という認識を持つ層が現れた。そして「ゲーム = 絶対的な悪」であることを最も望む保護者や教育関係者らに支持され、ゲームの規制を有利にするための論拠としてしばしば引き合いにされるが、主張の科学的正当性や根拠、客観性については批判的な見解がある。

ゲーム脳に関する研究については、2002年10月以来、自身が理事長を務めている日本健康行動科学会学術大会において口頭発表を行ない、会誌には英語論文が掲載されている。また、森はマスコミなどには「脳神経学者」の肩書きで紹介される事が多いが、学歴は日本大学文理学部体育学科卒業(同大学教育学研究科修士課程を修了)、博士課程で医学に転向した。博士論文は筋肉に関する論文であり、現在でも専門は運動生理学である。

一連の報道に対して、日本神経科学学会の会長であり、大阪大学名誉教授である津本忠治は、『ゲーム脳の恐怖』やよく似た理論である『脳内汚染』(岡田尊司著) のような脳神経を扱った本に対し、「こういった本神経学に対する信頼を損なうことになる。今までは放置の姿勢だったが、これからは間違いを正すべく努力したい」と学会の会報「神経科学ニュース」や雑誌のインタビューで表明した。

ゲーム脳の提唱者に関する誤解

「テレビゲームで脳が壊れる」という理論の最初の提唱者は、東北大学教授の川島隆太である」という説もあるが、これはイギリスタブロイド誌が川島の発言を誤解して報じてしまったためであり、誤りである。日本では草薙厚子文芸春秋で、この説を(誤報と知らずに)紹介している。川島本人はこれらを発端とした一連の出来事を「忌まわしい過去の出来事」と書いている。

川島は、統計をもとに「一般的なテレビゲームの多くは前頭前野を刺激しない(ただし必ずしもそうではなく、新しいゲームをやり始めたころや、文章が多く表示されるゲームで流し読みではなく本腰を入れて読んだ場合など、ゲームの内容や遊ぶ姿勢によっては活性化するケースもある)」という結論は出しているが、ゲーム脳を肯定しているわけではなく、「痴呆に似た状態になる」「脳が壊れる」といったような悪影響論も述べていない。さらに、のちの自著『天才の創りかた』(講談社インターナショナル)や『頭をよくする本』(KKベストセラーズ)の中でも、「テレビゲームで遊ぶことで脳が壊れてしまうことは100%ない」と書いている。さらに、ゲーム脳について、「脳が壊れると言うことに関しては、データが全くない現在、個人の単なる妄想と思っている」と直接的に否定する見解も述べている。

むしろ、「前頭前野を刺激しない種類のテレビゲームで遊んでいるとき」と「リラックスしているとき(“癒し”)」の脳の血流や活動の状態が酷似しているとして、「前頭前野を使いすぎて脳が疲れたときに、休ませる目的でゲームをするのは良い」という、逆の考えを持っている。さらに2004年以降は、セガトイズから発売された知育玩具脳力トレーナー」(ゲームソフト版も発売されている)や、任天堂ゲームソフト脳を鍛える大人のDSトレーニング』など、脳および前頭前野を活性化できる携帯ゲーム脳ゲーの監修も積極的に行っている。

反響と論争

ゲームの危険性を論じた『ゲーム脳の恐怖』(以下、「本書」と表記)は、脳波の測定という科学的手段を用いたことで話題になり、ベストセラーとなった。マスコミのIT関連記事や、犯罪事件報道(長崎男児誘拐殺人事件佐世保小6女児同級生殺害事件、大阪小学校教師殺傷事件など)でも幾度にわたって大きく取り上げられた結果、PTAや教育関係者~政治家(特に都道府県知事、県議会議員)や警察官僚らに多数の支持を獲得しており、自治体による森を招いた講演会が開催されたり青少年保護育成条例の強化やゲームを規制する際の根拠や口実として掲げられるケースも多々発生している。2006年に発売された森の著書『元気な脳のつくりかた』は、日本PTA全国協議会推薦図書となっている。

本書の発表と前後して、文部科学省は2002年3月から始めた「脳科学教育」研究に関する検討会の答申で、ゲームやテレビなどを含む生活環境要因が子供の脳にどう影響を与えるかを研究するために、2005年度から1万人の乳幼児を10年間長期追跡調査することを決めた。この中で、ゲームの影響も調べられるという。

また、テレビ新聞などの全国メディアでゲーム脳が無批判に取り上げられ、報道されるケースも多く、その影響力も大きい。

その一例として、東海地区ローカルの番組「UP!」(メ~テレ)2006年2月14日放送分において、このゲーム脳を確かな説と信じきった論調の特集が放送されている。これらの多くは、森自身もインタビューに登場するなどの形で全面的に協力している。

このように本書は主にゲームになじみの薄い中高年層や保護者に多くの支持者を獲得する一方で、各方面から「本書の内容には科学的な間違いや論理的矛盾、恣意的なデータ解釈が数多く見られ、疑似科学の範疇に入る」と指摘されている。

こうした批判については、府元晶(ゲイムマン)がまとめた、All Aboutのガイドサイト「ゲーム業界ニュース」中の「『ゲーム脳』関連記事」に詳しく書かれていたが、2006年にAllAboutは府元の書いた一連の記事を削除したので[1]、それ以前にtv-game.comへ移転されたトンデモ『ゲーム脳の恐怖』など以外は、現在見ることができない。(現在、その内容の一部は、『テレビゲームのちょっといいおはなし・3』で見られる)

2007年5月には、飯田和敏麻野一哉米光一成の3人のゲームデザイナーが、メディカルシステム研修所の岡田保紀の監修のもと、森の実験手法及びデータ解析への疑問をまとめたドキュメンタリーを制作し、発表している。ここでは脳波計の使い方や読み方の誤り、筋電図などのノイズを脳波と解釈することなど、森の脳波に対する基礎的知識の欠落が指摘されている。

本書への批判としては、以下のようなものが挙げられる。

  • 森は、そもそも研究や批判の対象となるゲームの基礎知識を十分調べもせずに書いた節がある[2]
    • 脳波の実験で用いたゲームのタイトルを単に積み木合わせゲームテトリス系のゲームと思われる)という風にしか書いておらず、具体的なゲームのタイトルを書いていないのが多い(ダンスゲーム = ダンスダンスレボリューションのように、ジャンルからタイトルを推測することはできる)。
    • ロールプレイングゲームコンピュータRPG)のことを「敵に発見されないように進み、遭遇した敵を倒していくゲーム」と定義している箇所があるが、これはDQシリーズFFシリーズのような一般的なRPGの特徴とは異なっており、別のジャンルの作品を指している可能性がある(メタルギアシリーズバイオハザードシリーズのようなアクションゲームではないかと思われる)。このように基本的なゲームジャンルの区別すらついていない。
    • 脳波の実験において数タイトルのゲームソフトをプレイしたときのデータを取っているが、どのゲームをプレイしてデータを取ったのか、出典となるタイトルが書かれていない(タイトルがわからない以上、該当するゲームを特定できないため、同等のゲームを用いた実験を完全に再現・検証することができない。再現性を最も重視すべき実験で用いたゲームや素材を十分取り上げていないことも問題といえる[3])。
  • さらに、あるイベント[4]コスプレを見て驚いたカルチャーショックに対し、コスプレイヤーの頭もゲーム脳だと受け取れるような書き方さえしているため、いわゆるサブカルチャーおたく文化全般への知識も持たず、かつ全面的に否定していることも窺える。
  • 「ゲーム中毒者はβ波が低下するので痴呆症患者と同じ」という前提には根拠がない。
  • α波β波を逆の意味で捉えている。ゲーム脳以前の疑似科学ではα波を「良いもの」と捉える伝統があったが、ゲーム脳では逆に「悪いもの」と捉えている。α波に注目するという発想自体は他の疑似科学理論から採り入れつつ、α波の評価だけ正反対にするのは都合が良すぎる。
  • 脳波を測定するのに用いられた脳波計(ブレインモニタ EMS-2000型)は森が独自に開発したもので、厳格な医学的手続きを踏んでいない。そのため、測定された「脳波」の結果自体が信頼できない(森の実験以前にも、医療で実用化され、信頼できるデータを示す脳波計はすでに開発されている)。そればかりか、この脳波計を開発した技術者もゲーム脳の状態にあるかのような発言も記されている。
  • 森の実験では標本や被験者数がはっきりと記されていないものが多い。正確な標本の数がない実験については対象者全体のうち何%がどのような異常を示したか、というような統計を取ることもできない。
  • 被験者数が記されていたとしても、その人数が極端に少なく統計学的にみて行動と脳波の相関関係があるということはできない(統計学的に、10人以下と極端に少なすぎる被験者の実験は全く無意味である。また、20~30人程度の被験者でも相関関係の推定精度は悪く、最低でも100人単位の被験者がいないと信頼できるデータが得られない)。
    森の実験が正しいという前提のもと、テレビ朝日のニュースで「ゲームをやる子供」と「やらない子供」を対象にした実験を行ったこともあり、「ゲームをやる子供 = 落ち着きがない」と決めつけるような報道をしたが、この実験ではそれぞれの被験者数がわずか4人ずつしかおらず、極端な少数の標本しかないため、恣意的なデータ解釈ができるのは当然であり、全マスコミの見本たるべき在京キー局が極めてずさんな報道を行ったこともある(トンデモ『ゲーム脳の恐怖』における、府元の指摘による)。
  • 被験者数が多くても、年齢・性別・職業などの内訳に偏りがあれば、公正かつ中立のデータを取ることはできない。森の実験において、被験者の具体的な年齢や性別が記されていないのが多く、若者(幼児、小・中学生~20代程度)だけからしかデータを取らない傾向があり、30代以上の中年層~60代以上の高齢者からはデータを取ろうとする節がなく、年齢別の内訳で偏りが見られることがある。年齢別のデータ収集がないか、不十分なデータである以上、若者が全て悪い者と認識され、ゲームへの偏見を植え付けることになりかねない。
  • 森はゲームの影響を計る実験の際、対象者を「ノーマル脳」「ビジュアル脳」「半ゲーム脳」「ゲーム脳」の4タイプに分類しているが、この選別基準は少数の実験対象者について森が抱いた印象や憶測に基づいており、個人的な主観による分類にしかすぎず、科学的とはいえない(実際、本書でも『主観かもしれないが~』『~と思われる』など主観や憶測を交えている描写もあり、論文として避けるべき表現が多用されている)。
  • 本書においてゲーム中の脳波を計測する実験では、ゲーム中にはβ波が出なくなり、β/α値が低下するということが『ゲーム = 有害』とする論の根拠となっているが、実際には本書に掲載されている「運動をしている最中」のデータでも、同じようにβ/α値が低下する。「運動時のβ/α値の低下は(あとで回復するので)問題ない」としておきながら、「ゲーム中のβ/α値の低下は問題あり」とする姿勢も矛盾しており、二重基準(ダブル・スタンダード)である。
  • ゲームに初めて触れる者よりも、ある程度慣れた者のほうが、ゲーム中 (「ゲーム脳の恐怖」内の実験では積み木合わせゲーム)の脳の働きが弱いという実験結果が現れたのは、そのゲームの性質上、ゲームのルールに慣れていることで「脳の働きが効率化」されているためであるということが十分に考えられる。しかし、以前から指摘されているにもかかわらず、そうではないという調査・立証が未だに行われていない。
  • 歩くことで脳が冴えるという主張においては江戸時代の人物、二宮金次郎伊能忠敬の例を元にしているが、すでに存命せず、脳波のデータなど残されているはずのない人物を参考にするのもあまりに無理があり、極めてずさんな手法でしかない。「歩くことで脳が冴える」ことを示すデータの収集は、被験者を集めれば脳波の測定より簡単にできるはずだが、そのような実験すらも行われていない。
  • また将棋そろばん朗読カードゲームコンピュータ操作・携帯電話メールテレビの視聴・大学生による英語学習・音楽を聴く・肩たたきをしてもらうなどでもゲーム脳の状態になると論じられており、なかでも将棋・コンピュータ操作などについては提唱者である森自身も認めているため、ゲーム以外の作業でも、一旦慣れてしまえばゲーム脳の状態になってしまうと考えられる(このことから、府元は「ゲーム脳」という呼び方自体が不適当だと指摘している)。

「ゲーム脳」を信じる教育関係者の中には、脳を活性化させるために朗読を勧める人が多い。しかし、朗読でもゲーム脳の状態になるという森の主張と対立し、矛盾している。「朗読の際に前頭前野の血流が下がる」と川島隆太が自著で指摘していることは注目に値する。

本書の他にも、講演で、環境による後天的な自閉症が増えたという趣旨の発言をしたり、自著『ITに殺される子どもたち-蔓延するゲーム脳』において、外的要因による先天的ではない自閉症の可能性を示す記述があるなど、ゲーム脳に関連した森自身の発言内容に対して批判の声も聞かれる。

※注:自閉症は先天的な脳機能の障害であり、ゲームなどの外的要因で後天的に起こることはまずありえない(可能性があるとしても、証拠が不十分であり、現時点では証明できない)。講演で森は、川崎医科大学片岡直樹教授の研究だと前置きしてこうした話をしている。より詳しい内容については、森昭雄の項目を参照されたい。

「ゲーム=犯罪の温床になる」という論争については、南カリフォルニア大学社会学者カレン・スターンハイマーにより、否定的な研究結果が発表されている。同氏は1999年に米コロラド州で起きたコロンバイン高校銃乱射事件発生後からこの問題を研究している研究者であり、同乱射事件について、一部の専門家が「Doom」というゲームが事件の引き金になったと主張したことに対して、「若者の暴力をテレビゲームのせいにする人々はそのほかの重要なことを見過ごしている」と指摘した。

スターンハイマーが青少年の犯罪に関する新聞報道とFBIの統計を分析したところ、「Doom」とそれに類似する残虐なタイトルのゲームが発売されてからの10年で、米国における若者の殺人罪での検挙率は77パーセント減少したという事実が判明した。

「ゲーム脳の恐怖」は2003年度の第12回日本トンデモ本大賞選評)にノミネートされ、次点を獲得した。その後、と学会の『トンデモ本の世界T』でも書評が取り上げられている。

反証があったときに、理論で反論せずに人格否定で反論したり、不明瞭かつもっともらしいデータを提示して物事を断言するなど、森昭雄のような行動を、ゲーム脳を皮肉って「森昭雄脳」「ゲーム脳脳」と揶揄されることもある。

参考文献

関連項目

外部リンク

ゲーム脳の肯定論者=支持側
ゲーム脳の否定論者=批判側
その他の立場
参考資料

脚注

  1. ^ 「ゲーム業界ニュース」ガイドサイトに、新しいガイドが就任したため。
  2. ^ 「ゲーム脳の恐怖」で書かれていることではないが、講演で「テトリスソ連の軍隊で人を殺すための教育の一つとして、軍事目的で開発されたもの」という、事実に反する発言をしたこともある。
  3. ^ 本書のまえがきで、スーパーマリオブラザーズドラゴンクエストなど比較的知名度が高いゲームのタイトルを挙げている描写があるが、同一のタイトルを用いて再検証されるのを避けるため、タイトルを意図的に書いていないのではないか、と見る向きもある。
  4. ^ 2001年幕張メッセで開催された東京ゲームショウだと思われる。
ウィキペディアでの『ゲーム脳』の改訂履歴
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