ステレオタイプ(英語:Stereotype,フランス語:Stéréotype)とは、元々社会学の用語で、紋切型態度とも言う。印刷のステロ版(鉛版)印刷術が語源で、判で押したように同じ考えや態度や見方が、多くの人に浸透している状態を言う。ステロタイプとも言う。
日本語では、思考や観念、ものの見方・捉え方、表現の方法などについてもステレオタイプが使用される。決まり文句(クリシェ)なども、類型的・紋切り型な思考のありようの表現であるのでステレオタイプである(なお、クリシェ cliché という言葉は、フランス語では、ステロ版のことを意味するので、言葉が一見違うが、同じ内容を持つと言える)。
概説
古典的な類型性
ステレオタイプは、物語やフィクションなどで造形される人物像にその典型的な形が見られる。勧善懲悪の物語では、善役はいかにも善役らしい姿や言動があり、他方、悪役は同様にいかにも悪役らしい姿や言動で表現される。
大衆向けの娯楽目的の小説や映画、ドラマなどでは、人物造形がステレオタイプなだけではなく、物語の構成やプロット、展開・結末などもステレオタイプになっているのが一般である。漫画やアニメなどでは、「Boy meets girl, and fall in love」という言葉があるが、これは最近の物語におけるステレオタイプではなく、古代の青春恋愛物語である『ダフニスとクロエー』においても同じような構成になっている。
これらはステレオタイプというより寧ろ、神話類型(Cat:神話類型)にも通じる、物語の基本的な類型構造で、人間心理の普遍的・先天的なありようとも関係すると考えられる。しかし近代において、大衆社会、マスコミュニケーションが成立すると、政治的、経済的、あるいは社会的な目的において、過剰に単純化され類型化されたイメージが広く一般の人にも流布するようになり、文字通り、紋切り型な把握や観念や思考となって定着するようになった。
現代日本のステレオタイプ
現代においては、マスコミやメディアが特定の意図を持った宣伝や広告を行ったり、それらが流通させる情報が多数の人に同じように共有される結果、様々な意味でステレオタイプな事態が生じている。
例えば、おたくという言葉は1970年代には出現しており、1980年代には類型的イメージが社会一般に流布した。「おたく」とは実際にどういう人たちのことか、具体的個別的な人間について見れば、多様で複雑な心理や事情があって、簡単に一括りにはできないが、外出するときは紙袋を下げて、だらしない姿で、髪はぼさばさで、普段は部屋に閉じこもり、漫画やフィギュアなどに埋もれている見栄えのしない変人というようなイメージが一般化した。
1988年から1989年にかけて起こった連続幼女殺人事件の犯人宮﨑勤が検挙され、そのビデオテープであふれた自室が写真などで大々的に公開された。「幼児性愛者(ペドフィリア)」、「おたく」、「ロリコン(ロリータ・コンプレックス)」、「エロビデオマニア」などの言葉が使われ、ロリコンやおたく、エロビデオ蒐集家、児童性愛者には、異常者で犯罪者の素質があるという観念を広めた。連続幼女殺人事件の犯人はロリコン的な要素のないアニメを多数所持しており、アニメではないテレビ番組なども録画していた。報道ではこのことに触れられていない。成人雑誌は、取材陣による故意かもしれない。
ただし、おたくやロリコンの人、児童性愛の性的嗜好のある人が、児童を誘拐したり、暴行したり、殺人を犯したりする傾向は検証されていない。
ステレオタイプな観念の特徴
ステレオタイプは、現代では多くの人が持つ観念に、その代表的な例が存在する。これらの観念は偏見や差別意識と関係し、先入観やタブロイド思考とも関連している。「紋切り型」という言葉が示すように、個々人が抱く考え方・観念に個性が乏しく、同じような考え方やものの見方が、多数の人において類型化されて共有されている。
何故、そういうステレオタイプな思考やものの見方が妥当と確信するのか、ということについても、メディアがそう述べているとか、まわりの人がみなそう言っているとか、自分自身で主体的に反省して吟味することが殆どなく、外部の意見やものの見方をそのまま無批判に取り入れ、鵜呑みにしていることが一般である。その為、観念や確信に客観的根拠がなく、底が浅く、また複雑なものごとを単純化している結果、当人は十分に理解しているとの錯覚を持っているが、迷妄であって、固定観念になっている場合も多々ある。
社会学的なステレオタイプ
20世紀となって、大衆化社会の成立とマスメディアの擡頭に伴い、政治的な大規模宣伝やコマーシャリズムが広く流布した。1930年代にドイツにおいて政権を掌握したヒットラーは、「嘘は大きいほどに人は信じる」とのテーゼを実践し、マスメディアを使った宣伝を最大限に利用して、「アーリア民族優位説」や「ユダヤ人諸悪根源説」など、実証的根拠のない妄説を流布させた。
元々、西欧・東欧の社会的伝統には、このような妄説を支持する偏見や差別構造が存在し、ユダヤ人への差別や虐殺などは過去に幾度も実例が存在した。しかしヒットラーとそのブレーンであるゲッベルスが行ったことは、一面で大規模政治的洗脳であるが、他面で、ドイツ国民に対するステレオタイプ観念の刻印付けでもあった。
イデオロギーとしてのステレオタイプ
ソビエト連邦においては、レーニンの後を襲って政権を掌握したスターリンが、独裁恐怖政治を行い、コミュニズムによって理想の社会が実現されると喧伝したが、実証的な根拠のない妄説であった。コミンテルンを通じて、世界共産主義革命などを唱え、宣伝したが、カール・マルクスの『資本論』が高度に複雑で宗教的な思想書であるにも拘わらず、逆に、各国の知識人のあいだで客観的根拠を吟味することなく、共産主義の真理性を確信するステレオタイプ観念が流布し、それは固定観念にも同時になった。
第二次世界大戦での勝利後、1948年のソ連における独裁政権を諷刺したジョージ・オーウェルの小説『1984年』においては、「黒白思考」というものが登場する。党が示す真理に適うかどうかを、瞬時に判断できる、すなわち「黒」か「白」かを個人的な反省や吟味抜きに、自動的に産出できるこの思考法は、ステレオタイプ観念の本質的な特徴を非常によく示している。
他方米国では、1940年代末より、現実的なソ連の脅威論を背景として上院議員ジョセフ・マッカーシーが、過剰な反共演説を行い赤狩りを誘発させたが、その背景には共産主義は悪であるとのステレオタイプ観念が存在した。それと表裏の関係において、悪なる共産主義と戦う米国は善の国家であり、自由主義・民主主義は正義であるとのステレオタイプも生まれた。
ステレオタイプの例
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ステレオタイプは日常的に広く流布しているのが通常で、同じステレオタイプ観念を持っている人同士では、互いの既存観念は盲点にもなるので気づきにくい。また、日常的な判断において、一々詳細で複雑な反省や吟味を行うのは手間がかかるため、タブロイド思考に見られるように、ものごとの単純化と、その命題の真理性の保証を、俗信や迷信と同様に、広く世のなかでいわれているなどに依拠することが多い。次のような考えはステレオタイプの例でもある。
- 日本においては、第二次世界大戦の敗北の後、思想・良心の自由を保証する憲法が制定され、共産主義思想も合法となった。しかし当時の日本共産党は、政治の場において、保守政党や、当時の社会党などの政治的主張に対し、ことごとく反対するという態度を取った。これは共産主義を綱領とする以上、必然的に出てきた結果であるが、世間では「共産党」という言葉は「何でも反対する者」の代名詞になった。またソビエト連邦が共産主義革命によって成立した事から、“アカ(つまり共産党員)は革命で政府転覆を狙っている、危険思想の持ち主”という印象操作が流布される事になった。
- フランスは17世紀以降、文化政策に精力を注ぎ、それに見合う文化人も輩出し、またフランス革命において自由や博愛や人権を唱えた。フランスは18世紀、19世紀においては西欧随一の文化国家となった。為に、日本ではフランスを文化国家と称え、首都パリは芸術の香りも高い「花の都」などと称したが、これは一面のみで、フランスもアルジェリアでの蛮行があり(宗主国であった)、パリにもスラム街はあり、近年は度々暴動が起きている。
- 日本を含め多くの国では、警察官や軍人は通常制服を着ている。日本の警察官の制服はあまりファッション性がない(制定されていない事もあるが、各種の功労・技能・記念章を着ける習慣がない)が、多くの国では、軍人などの制服は威圧性があり特権性を誇示するような華麗なものになっている。普段の制服以外に正装があり、肩章や飾緒、階級章や略綬や、その他、装飾性が非常に高い。この為、制服を着ているのは軍人や警察官だというステレオタイプ観念が一般にある。そして、当の軍人や警察官も、制服を着ると人格が変化したように軍人や警察官らしい威厳ある態度や言動となる(市民からの尊敬・服従は権力のシンボルとしての制服に対して表されているに過ぎない)。これは紋切型態度の一種である。
人間やキャラクターの類型化
以下のステレオタイプな人間把握はほとんど科学的な裏付けがまったくないものであり、偏見や差別を助長する原因となっている。
性別・身体的特徴などによるステレオタイプ
- 男性と女性 - 男性は能動的で冷静、論理的で勇気があり、他方、女性は感情的で視野が狭く、浅薄で受動的である。
- 血液型性格分類 - A型、B型、O型、AB型の人はかくかくの性格であるなど、根拠のない類型化。
- 星座占い - ある星座生まれの人は、激しい情熱を持つ、別の場合、勇気がある、また友情を大切にする星座生まれ。
人種・国籍によるステレオタイプ
- 日本人 - 日本人は金儲けにしか興味がなく、眼鏡をかけた吊り眼に出っ歯で、旅行するときカメラを首から下げている。白人に弱い。他民族及び他人種への理解や関心が浅く差別的であるなど。
- 日本人女性 - 貞淑で夫を立てる、献身的など。
- 日本人男性 - 仕事中毒、男尊女卑など。
- 関西人 - お金に細かい、お笑い好き、騒々しいなど。
- 田舎者と都会人 - 田舎者は素朴で優しくズーズー弁で話す、都会人は洗練されているが合理主義で人情味に欠ける。田舎は東北地方である。
- 中国人 - 商売上手、目が細くどじょう髭を生やし辮髪を結っている(例: シナー、ラーメンマンなど)、片言の日本語を話す際に語尾に「~アル」をつけて話す(協和語)。
- 韓国人・朝鮮人 - キムチが大好物、目がつり上がって頬が尖った顔をしている(例: ニダーなど)。
- 東洋人 - 東洋人は挨拶のとき必ず合掌しお辞儀をする。東洋人は数学や物理など頭脳を使う学科が得意。東洋人は声が大きくて喧嘩腰、あるいはとても物静かのどちらかの極端なパターン。東洋人はよく瞑想(仏教の修行)をするので精神が安定している、空手・柔道・拳法など徒手格闘術の達人である、他。
- アメリカ人 - 金銭に貪欲であり、犯罪に走りやすいなど。
- イギリス人 - 紳士で女性に優しく、知的である。アメリカ人の即物性と違い、理想が高い。
- ドイツ人 - 傲慢で臆病。よく悪役にされる(ナチスなど)。
- フランス人 - 上品であるなど。
- ロシア人 - 酔っぱらい。物が壊れたら叩いて直すなど。
- ユダヤ人 - 知的で利口。ずる賢く他人を見下す。
- アラブ人 - テロリストになる、ラクダに乗っている、など。
- 黒人 - 絶倫など。特に良く出てくるのは「アフリカの過酷な大自然の中で自らの身体能力のみを頼りに挑戦的に生活し続けている」というものである。水不足でも井戸を掘ろうとしないなど、そのイメージが如何に空想的なものでしかないのかは様々なレポートや書籍などで明らかである。
- 金髪の美女 - 金髪の美女は頭が悪く、人を簡単に信じて騙されやすい(「キューティ・ブロンド」より)。逆に、悪女や性格の悪い女である。またスタイルが良いと思われる。
- 宇宙人 - タコ型で凶暴。
職業によるステレオタイプ
- 文系と理系 - 理科系の人は論理的で冷たく合理的、文科系の人は非論理的で情緒豊か、非合理的である。
- タクシー乗務員 - 演歌を好み、ラーメン屋に詳しい。
- マッドサイエンティスト - 奇妙な装置の間で、フラスコを手に、「世界は天才である私の前にひれ伏すのだ」などと呟く。
- 魔女 - 若々しい美女に化けるが、その正体は醜い老婆で、嫉妬心に駆られて陰謀を企み、魔術を使い破滅する。
- 賢者 - 長身の容姿端麗な老人で、白い髭を生やし、長い木の杖を持ち、厳かな口調で予言を述べる。
- 警察官 - ドーナツが好物である。
- 泥棒 - 黒々とした口ひげを蓄えており、ほっかむりをかぶり唐草模様の風呂敷を背中に背負っている。
- 軍人 - 国益の為なら民間人の犠牲など眼中に入れない。上官や政府の命令には絶対服従。
趣味・嗜好によるステレオタイプ
- おたく - 上述の通り、おたくと呼ばれる個々人は個性を持つ人であるにも拘わらず類型的な把握がある。
- ゲイ - ゲイの男性は、「あたしそう思うわ」など「オネエ言葉」で話す、或いは坊主頭で髭が濃く、筋肉質の体(女より女らしい、男より男らしいのどちらか、あるいは見た目が男性的で行動が女性的というパターン)。また、ゲイの男性は性的欲求が強く、周囲の多数の男性へ色目を向けているといったキャラクター像も、娯楽番組・漫画・映画の作品などで広く使用されている。
- 肥満の人は肉が好き - いわゆるデブタレントと呼ばれる人たちの影響でそう思われがちだが、実際に肥満の原因はそれぞれである。
ステレオタイプ観念と類似概念
ステレオタイプは、人々が、根拠薄弱な考えをパターン的かつ判で押したようにに共有している状態を言う。ここで重要なことは、そのような観念が個性に極めて乏しいこと、内容が浅薄であること、ある範囲で広く、大勢の人に共有されていることなどである。しかし、この特徴を必ずしも満たさない概念で、ステレオタイプと混同される概念がある。
- 「思いこみ」というのは、どのような観念も後天的なものは、最初は思い込みで成立するのである。従って、ステレオタイプな観念も思い込みとして出発する。しかし、思い込みは色々なものがあり、そのなかで、紋切り型で、浅薄で、広く流布している観念をステレオタイプというので、思い込みはステレオタイプと同等ではない。
- 「固定観念」は、思い込みの一種であるが、ある特定の観念に個人が固着し、他の人の説得や、反論や、実際に世のなかで起こっていることを見ると、そういう思い込みは妥当しないのではないかと通常は思えるにも拘わらず、なお、特定の思い込みを変えないような観念を言う。ある観念が正しいか間違っているか、その確信が、反証に出会っても容易に変化しないものが固定観念である。固定観念のなかには、独特で複雑な、思想的にも錯綜したものが存在する。
- 「先入観」とは、まだ経験していない、未知の人物や事象などに対し、明瞭な根拠ではなく、曖昧な情報や憶測から、特定の見方や解釈、価値判断などを行っている場合をいう。「パリは芸術の都」であるというような思い込みは、情報が少なく、実際に海外旅行が珍しかった時代には、ステレオタイプとして、また先入観として信じられてもいた。しかし、現代では、パリでもアンチ新自由主義の暴動が起きたり、また犯罪が多い都市とか、アラブ人が大勢いる都市などの先入観が存在している。
- 「偏見」は、しばしばステレオタイプで固定観念で、しかも先入観である場合がある。偏見は、事実とは異なる、一面的で偏った考えやものごとの把握をいい、ステレオタイプとなっている偏見もあれば、固定観念となっている偏見もある。しかし、偏見でないステレオタイプな観念も多数あり、同様に、固定観念ではない偏見もある。先入観として偏見を持っていた場合、あるいはステレオタイプで偏見を持っていた場合、前者は具体的な経験や新しい知識を得ることで偏見から脱することがあり、後者も、誰かからの指摘を受けたり、書籍を読んだりすることで、自分でよくよく考えてみると、従来の考えが偏っていたことが自覚できることがある。
- 生物学における「反射」は、刺激に対し意思による決定を含まない単純な経路で応答が起こることをいう。従って応答は紋切り型になる。反射には先天的に形成されているものもあれば後天的に学習されるものもある。また、人間の日常的な行動の中で、意識に上らないまま制御されるものは数多くあり、それらには大脳高次運動野が関与する場合があることが知られている。反射が紋切り型の応答を結果することから、ステレオタイプな行動/返答を揶揄して「条件反射」「脊髄反射」(脳すら経由しないという侮蔑の意味が強い)と呼ぶ場合がある。
関連項目