コロナ (Corona) はトヨタ自動車が生産していた自動車である。
かつての正式名称は「トヨペット・コロナ」。 日産・ブルーバードは最大のライバル車であり、コロナとブルーバードが繰り広げた熾烈な販売競争は「BC戦争」と呼ばれた。 カローラと共にトヨタを代表する基幹車種としてだけでなく、小型タクシー用として主に地方都市のタクシー事業者に長い間多数が販売され、ライバルのブルーバードとともに小型タクシーの代表車種として親しまれた。
1957年7月登場。4ドアセダンを設定。その丸みを帯びたスタイルから、「ダルマコロナ」の愛称で親しまれた。
ボディーに初代クラウンの姉妹車トヨペット・マスター、シャーシにクラウンの物を用いるなど既存トヨタ車の部品を最大限流用していた。型式は「ST10」、エンジンはS型(SV・995cc・33PS)。トランスミッションは前進3段後退1段(シンクロは2速と3速のみ)。全長3,912mm・全幅1,470mm・全高1,555mm・ホイールベース2,400mm・車両重量960kg・最小回転半径5.25m・最高速度90km/h。乗車定員4名。
1958年4月、マイナーチェンジ。車体の側面にモールを追加。フロントフード先端のエンブレム、ドアハンドルを変更。
1959年10月、マイナーチェンジ。エンジンをP型(OHV・997cc・45ps)に換装。最高速度は105km/hに向上。フロントグリルを変更。乗車定員を5名に変更。
当時のダットサン・ブルーバードの完成度の高さに比べて分が悪く、トヨタは劣勢挽回のために次期モデルの開発に注力しなければならなかった。
1960年4月登場。4ドアセダンを設定。初代の失敗を反省し、「新しくないのは車輪が4つあることだけ!」と謳うほどメカニズムが一新された。現在でいう「ティザーキャンペーン」(発売前にボディの一部などを公開すること)も行われている。
しかし、自慢の1枚リーフとコイルの組み合わせによる後輪カンチレバー式サスペンションは悪路に弱く、悪路に入ると後席の乗客が頭を打ちつけてしまうということもあったという。「振動でフロントガラスにヒビが入る」「雨漏りがする」という噂まで流れ「コロナは弱い」というイメージが広がり、またしてもダットサン・ブルーバードの後慶を拝することとなってしまった。
この対策として、1961年3月にニューコロナ1500デラックス(RT20)としてマイナーチェンジし、エンジンをR型1453ccに強化、リヤサスペンションを通常のリーフスプリングに変更した。1963年5月には第1回日本グランプリ、ツーリングカー1300~1600クラス「C-5」に出場し1位から3位までを独占した。
2代続けてコロナが売れないことに頭を抱えたトヨタ自動車販売(トヨタ自販)では、耐久性を訴えるため、「トーチャー・キャンペーン」(トーチャーとは『拷問にかける』という意味)を行った。1962年に放映されたテレビCMでは、コロナが「砂塵を上げながらドラム缶を蹴散らす」という実写映像でお茶の間に耐久性をアピールした。このCMは日本で最初にカラーで製作されたCMとしても知られている。カラー放送を意識してか、赤・青・黄色のドラム缶が並べられ、その上をコロナが走るというシーンもあった。
この他にも「スタント・ドライブシリーズ」として何本かが作られ「ジャンプ台を15mジャンプする」「崖を転がり落ちても平気で走り去る」「コロナでボールを蹴るサッカー試合」といったスタントCMが放送された。
これらのCMを現代の目で見るとかなりあり得ない描写だが、この当時は耐久性・信頼性のアピールとしてまかり通っていた。CMをきっかけにコロナも徐々に人気を取り戻す。
CMは当然、CGはなく全て実写で撮影されているため、まさに命を賭けての撮影だったという。最初の「ドラム缶」バージョンではトヨタ自販の社員が自ら志願してヘルメットを被り、サラシをシートに巻きつけ体を固定した状態で運転したり、「ジャンプ台」バージョンではドライバーを襷(たすき)でシートに固定して撮影した、といったエピソードが旧車雑誌「ノスタルジック・ヒーロー」で語られた。
バリエーションにはオートマチックトランスミッション「トヨグライド」装備仕様や、サキソマット(自動クラッチ)付き仕様もあった。ライトバンおよびピックアップトラックは「コロナライン」の名で、輸出仕様は「ティアラ」(クラウンの『王冠』と意味を重ねたネーミング)の名で発売されていた。
このモデルでトヨタが味わった苦い教訓は、のちにTOC運動として展開され、全社挙げて品質管理に取り組む契機となる。そして、その後のRT40型の成功へとつながっていく。
1964年9月登場。通称「アローラインコロナ」「バリカンコロナ」。「歴代コロナの中では最高傑作」と言われるほどの60年代を代表する名車である。
ボディバリエーションは当初、4ドアセダン(1500cc・1200cc)とバン・ピックアップのみの設定。トヨグライドは完全自動式となった。エンジンはクラウンのR型を改良した2R(OHV 1490cc70馬力)と2P(OHV 1198cc55馬力)。型式はセダン1500が「RT40」、セダン1200が「PT40」。燃料タンクを45lとクラス最大にするなど、高速性を重視した改良が随所に行われている。これにより、最高速度はコンスタントに140kmを記録した。
外観上の特徴は、何といっても「アローライン」と呼ばれる直線基調の美しいスタイル。このスタイルは万人向きで、各世代から高い評価を得ることになる。 単にデザイン的な美しさを追求したものではなく、本格的な高速セダンとしての性能をフルに発揮できるよう、空力性能を徹底的に追求したデザインとなっている。フロントマスクを当時の主流だった垂直ではなくスラントさせたその姿から「電気カミソリ」や「ブタッ鼻」という通称も生まれた。
40系コロナのデザインを担当したのは、当時トヨタのカーデザイナーとして活躍していた畔柳俊雄(くろやなぎ・としを)。他にも初代センチュリー、初代セリカなどを手がけている。またこの車種と2000GTのデザインを手がけたスタッフは同じであり、コロナのデザインで得た新しい技術が生かされた。
外観の美しさだけではなく、全幅を1495mmから1550mmに広げ、先代に比べホイールベースを延長したことにより生まれた当時の1500ccクラスでは最大級の広い室内や、長距離ドライブが快適に楽しめる豪華な装備も魅力の1つだった。この点は新聞広告でも「コロナは長距離ドライブ設計」とアピールされ、家族でドライブを楽しみながら「長距離ドライブ設計」のよさを紹介するというものもあった。
耐久性をアピールすべく、同年に開通したばかりの名神高速道路で「10万キロ連続走行公開テスト」を行った。一宮ICと西宮ICの間を往復しながら連続で走り続け、2ヶ月間で276往復10万kmを走破した。新聞広告では「地球の2周半にあたるこの距離を新型コロナはわずか58日で走り切り、エンジンはますます快調というすばらしさでした」と伝え、この試みは大成功を収めるとともに「頑丈で速い車」のイメージが定着した。
前述したスタイリングの美しさや広く快適な室内空間に加え、このクラスの車種の中では群を抜いた静粛性の高さ、ハイウェイ時代にマッチする優れた耐久性などが人気を呼び、トヨタ初のベストセラー車となった。このモデル以降、コロナは生産・輸出の両面でトヨタの看板車種となり、ファミリーカーとして不動の地位を築くことになる。
同時期のダットサン・ブルーバードとの熾烈な販売競争が「BC戦争」とマスコミに呼ばれはじめた最初のモデルでもある。このモデルで初めて宿敵ブルーバードを販売台数で追い抜き、見事国内販売台数1位の栄冠に輝くこととなった。
1965年4月、「1600S」と呼ばれるスポーティーグレードが追加される。エンジンは「4R」(OHV1587cc・SUツインキャブレター・90馬力)。前輪ディスクブレーキ、4速フロアシフトなどの他に、内装にはタコメーター、フルリクライニングのバケットシートなどスポーティー感を演出する装備が採用された。
1965年7月、国産初の2ドアハードトップを追加。形式は「RT50」。
1965年11月、5ドアセダン(ハッチバックセダン)「RT56」を追加。歴代コロナでは最初の5ドアである。欧州で人気が出始めていた5ドアをいち早く取り入れたが、一般人には「バンみたい」とそっぽを向かれ、販売は振るわなかった。
海外への輸出もこの年から始まり、「ティアラ」から「コロナ」に改められている。コロナは海外でも好評をもって迎えられ、国産車の技術レベルが国際水準に達したことが証明された。(輸出仕様の姓はトヨペットではなくトヨタ)
1966年6月、マイナーチェンジ。ホーンリング、フロントグリルなどが変更された。同時に2ドアハードトップにも「1600S」が登場した。
1966年7月、DXに4速フロアシフト車が追加される。
1967年6月、マイナーチェンジ。フロントマスクのフェイスリフトやバンパー・リアコンビネーションランプの形状変更が行われ、イメージを一新した。1200cc「2P」にかわって、1350cc「3P」を搭載。ステアリングギヤがウォーム&セクター・ローラーから、リサーキュレーティング・ボール(ボールナット)へと変更。
1967年8月、2ドアハードトップのボディを用いた「トヨタ・1600GT」が登場。エンジンは「9R」DOHC・1600ccツインキャブ。4速フロアシフトの「GT4」と5速フロアシフトの「GT5」が混在する。
同年9月、トヨタは月産8万台を達成。そのうち3万台を40系コロナが占めている。
1968年3月、マイナーチェンジ。安全対策を施した。
1968年4月、ゴールデンシリーズ発売。エンジンはコロナとしては初のSOHC・1600cc(「7R」シングルキャブレター・85PS/「7R-B」SUツインキャブレター・100ps)ガソリンエンジンを搭載。
1968年9月、コロナとクラウンの中間車種として「コロナ・マークII」が登場。コロナは2Rエンジン搭載のセダン(スタンダード・デラックス)のみとなる。ゴールデンシリーズ、セダンの1350ccエンジン搭載車は生産中止。この機会にコロナの大幅値下げも行われた。
CMにはイギリス出身のモデル、ツィッギーが出演していた時期(1967年)もあった。 なお、このモデルは韓国の新進自動車(現:GM大宇)でもノックダウン生産された。 [1]
ちなみに映画「007は二度死ぬ」では、中盤のカーチェイスシーンに一瞬だけRT40コロナが登場する。
1970年2月登場。通称は中期型・後期型のキャッチコピーから「ブラボー・コロナ」。3代目コロナの優れた一般性能、耐久性、信頼性、快適性のすべてをベースにし、その後の新技術を取り入れ、スタイルを一新して登場した。
発売当初のグレードは1500スタンダード・1500DX・1600DX・1600SL。初期型は「シルエット70」(セブンティ)と呼ばれた。当初は4ドアセダンのみの設定で、5ドアセダンは消滅している。型式記号がT50からいきなりT80に飛んでいるのは、T50の後に登場した初代コロナマークIIにT60/T70の型式名を与えたためである。
三角窓が廃され、「サンダーウェーブ」と名付けられた、シンプルでありながらボディ側面の窓下に抑揚を効かせたスタイルを特徴とした。エンジンは1500ccが「2R(シングルキャブ)」型OHV、1600ccが「7R(シングルキャブ)」型SOHCおよび「7R-B(ツインキャブ)」型SOHC。また1600デラックスには電子制御の3速AT「EAT」(コロナ史上初。のちの「ECT」の始まりとなった)も選択できた。(東京・名古屋・大阪地区のみ)グレードは1500にスタンダードとデラックス・1600にデラックスとツインキャブのSL。
CMソングは「ふれ合う世界/If you will speak with love」で、日本語版の作詞は阿久悠、作曲は小林亜星、歌は日本語版が布施明、英語版がボビー・ウィリアムス。日本の他に、海外でも撮影が行われている。またサブキャッチコピーは「いいものに国境はない」であった。
1970年8月、2ドアハードトップを発表。型式:1500cc「RT90」【2R・OHV】、1700cc「RT94」【6R・SOHC、SLのみ6R-B】。
1970年9月、セダン1700DX・セダン1700SLを発売。型式は「RT84」。エンジンはDXが「6R」型、SLが「6R-B」型。
1971年2月 1600復活。従来の1500の排気量アップである。型式はセダンが「RT81」。ハードトップが「RT91」,エンジンは「12R」型OHV。
1971年8月、最初のマイナーチェンジ。エクステリア前後デザインおよびインテリアデザインがかなり大幅に刷新。
1972年8月、二度目のマイナーチェンジ。フロントグリル等のデザイン変更。2ドアハードトップのみ2000ccモデル(形式「RT95」、エンジンは「18R-B」型【SOHC・ツインキャブ】および「18R-E」型【SOHC・EFI・コロナ史上初】)を追加。 ハードトップには2000SRも追加。
1973年4月、48年排出ガス規制対策を実施。
1973年8月31日発売。4ドアセダン、2ドアハードトップ、5ドアバンを設定。先代のスタイル重視指向を改め、地味で落ち着いたデザインを採用していた。これは、社内で試作車のあらゆる面を手で触れて、危険な突起物がないかを確認するテストの結果でもあった。安全性を重視したことを特徴としていたため、通称「安全コロナ」。
ライト、ワイパーのスイッチ類は集中一体式スイッチとなり、ステアリングコラムに取り付けられた。その他のスイッチ類も3点式シートベルトを装着した状態でも手が届くように配置された。「衝撃吸収バンパー(5マイル・バンパー)」を1800GL・1800SL・2000SL・2000GTにオプション設定。これはシリコン・ゴムを封入したショックアブソーバーをバンパーステーとして使用したもので、8km/h(5mile/h)以下の速度なら衝突しても、衝撃を吸収し、車体の損傷を防ぐ。『OKモニター』(運行前点検の補助装置)を1800GL・2000GTに標準装備(1800SL・2000SLにオプション設定)。ワイヤーにより鏡面の調整ができる『可倒式タルボ型リモコンミラー』を1800GLに標準装備(1600GLに注文装備)、2000GTはタルボ型だがリモコン機能は無し。フロントウインドガラスとバックウインドガラスはチオコールによる接着式(バンのバックウインドガラスは除く)。エンジンフードのヒンジはバランスヒンジ。時計はSTD・SRを除く全車に標準装備(セダン1600DX・バン1600DXは電子式、その他の車種は音叉式)。ハードトップの後部座席の背もたれは前方に倒せるが、燃料タンクがトランクルームの前方に配置された為、室内とトランクルームの連結は不可能。
1973年10月、2ドアセダン追加。4ドア車と比べて、車両重量は15kg軽く、ドアは21.3cm長く、室内幅はセンターピラー部が1㎝狭い。助手席のシートは記憶装置付きウォークイン機構を採用。ちなみに歴代のコロナとしては最初で最後の2ドアセダンだった。
型式・エンジン・グレード
1600:TT100・2T・「1600」「1600DX」「1600GL」
1800:RT102・16R-B・「1800SR」
2000:RT104・18R-E・「2000SR」
ミッション 1600全車が4速MT「W40」のみ 1800SR・2000SRが5速MT「W50」のみ。
1973年12月、タクシー仕様車に2車種追加(STD/3速コラムAT『RT100-NTFP』、DX/3速コラムMT『RT100-YHFP』)。なお、1800DXにも個人タクシー仕様がオプション設定されていた(3速コラムMT、4速MT、3速ATに設定、リヤシートをヘッドレスト付きへ変更、フロントシートのスライド範囲の縮小、等)。
1974年7月、GL・SL・SR・GTの左右リヤフェンダーのグレードマーク、1600GL・1800全車・GTを除く2000全車のフロントグリル左のグレードマーク、後部ナンバープレート横の「Automatic」マーク、廃止。1800GL・2000SL・2000SR・2000GTの助手席側ベンチレーター上側のグレードマークのネームプレートは廃止、ネームプレートとルーバーが別々の部品であったのが一体化された部品に変更され、ネームプレートの部分の文字は全車「Corona」となった。
1974年12月、4ドアセダン(1600DX、1600GL、1800DX、1800GL)に「ED(Economy Drive)モニター」(バキューム圧を利用した省燃費計)と呼ばれる計器が標準装備の5速MT車追加(メーターパネルの時計の位置に装備された為、EDモニター付車には時計が装備されない)。SLにラジアルタイヤが標準装備となる。
1975年2月、本田技研工業の「CVCCエンジン」と同様の技術(複合渦流燃焼方式)を用いて50年排出ガス規制に適合する「TTC-V」(“V”はVortex(渦流)の略)エンジン「19R」(OHC・1,968cc・シングルキャブレター・80ps)を搭載の4ドアセダン2000DXを発売(生産開始は1974年12月)。型式は「A-RT103」。ミッションは4速フロアMT(W40)と5速フロアMT(W50)。仕様は1800DXを基本とするが、一部変更が有る。外観は排気量のエンブレムがGTと同じ「2000」になり、リヤウインドガラス下部中央に“CLEAN ENGINE”のステッカーを追加。3ジョイント2分割プロペラシャフトを採用。衝撃吸収バンパー/サイドプロテクションモール/リモコンミラーをオプション設定、EDモニターの設定無し、寒冷地向けのオプションにリダクション・スターターを設定、等。
1975年3月、保安基準改正に伴う安全対策を実施。STD車にデフロスターを装備、後席2点式シートベルトを装備、等。
1975年10月、1600・2000、50年排出ガス規制(A-)適合。1600は2T-U(90PS)/12R-U(LPG仕様70PS)、2000は18R-GU(130PS)。18R-E搭載車(2000SL・2000SR)は廃止。18R-GU車には従来マークIIGSSに使用されていたフルトランジスタ点火装置を採用。型式:1600セダン「A-RT100(12R-U搭載車)/A-TT100(2T-U搭載車)」、2000セダン「A-RT104」、1600ハードトップ「A-TT110」、2000ハードトップ「A-RT114」。
1975年11月、1800、50年排出ガス規制適合。エンジンは16R-U(95ps)。SUツインキャブ仕様は廃止。1800SLはシングルキャブレター仕様に変更。2ドアセダン1800SRは廃止。型式:セダン「A-RT102」、ハードトップ「A-RT112」。
1975年11月、バン1600、バン1800、50年排出ガス規制適合。エンジンは1600が2T-J(93PS)、1800が16R-J(95PS)。12Rエンジン搭載車は廃止。STDは2T-J搭載となった。型式:バン1600「H-TT106V」、バン1800「H-RT108V」。
排気ガス浄化対策の実施と同時に一部仕様変更。 セダン・バンの前席シートベルトを連続ウェビング式に変更。燃料残量警告灯の廃止(代わりにその位置には排気温警告灯を新設/バン及びTTC-V車は触媒が無い為、その位置は空欄)。ブレーキオイル残量警告灯を新設(パーキングブレーキ警告灯にその機能を追加)。バン1800DXカスタムを設定。ハードトップのDX・GLにEDモニター付の5速MT車を設定。EDモニター付車にはコンソールボックスに時計が装備されるようになる。4ドアセダン・バンのドアロックボタンの形状を変更。エンジンルームインスペクションランプの廃止。燃料タンクの容量の変更(55L→60L)、フューエルキャップを変更、等。
1976年3月、TTC-V(19R)、51年排出ガス規制適合。最高出力は従来の80psから88psに向上。従来からの4ドアセダンDXに加え、4ドアセダンTTC-V・GL、2ドアハードトップTTC-V・GLを発売。セダン、ハードトップともに型式は「C-RT123」。GLはサイドプロテクションモール、間欠ワイパーを標準装備。トランクの「2000」マーク廃止、「TTC-V」マークがトランクの左に取り付けられた。
1976年5月、1600、51年排出ガス規制適合。セダン、ハードトップともに型式は「B-TT120(等価慣性重量1トン以下の車両)/C-TT120(等価慣性重量1トンを超える車両)」。
1976年6月、触媒方式(TTC-C)による51年排出ガス規制適合の2000シリーズを発売。セダン、ハードトップともに型式は「C-RT122」。エンジンは「18R-U」(OHC・1,968cc・シングルキャブレター・100ps)。グレードはDX、GL、SL。2000シリーズ全車にはサイドプロテクションモールが標準装備。
1976年10月、1973年12月から1976年10月まで、35ヶ月連続ベストセラーとなる。(小型乗用車市場1400-2000cc・小型国内販売登録台数・自販連調べ)。
1977年1月、マイナーチェンジ。外観、内装を大幅に変更。フロントグリル・リヤランプを一新(バンのリヤはリムの意匠変更のみで、レンズは変更無し)。フロントフェンダーの内側にフェンダーライナーが取り付けられた。フロントバランスパネルの形状をエアカットフラップ型に変更(タクシー仕様車を除く全車)。ダッシュボードの変更が行われ、助手席側が縮小された。シートベルトはELR式となった(1600STDを除く)。空調の操作レバーが変更され、内気循環⇔外気導入の切り替えレバー、ブロアースイッチが独立。サイドデフロスターを新設。オドメーターが10万kmの単位まで表示されるように変更。フロアAT車のセレクターレバーのボタンが引き上げ式から横押し式へ変更。OKモニターの位置はオーバーヘッドコンソールから、GLはコンソールボックス、SL・GTはメーターパネルへ変更。GLのフロントシートはローバックシートを採用。ハードトップの後部座席は固定式に変更。フロアカーペットが分割式から一枚ものに変更。豪華な内装の「エクストラインテリア」をGL(セダン・ハードトップ)にオプション設定。ブレーキマスターシリンダーのリザーバタンクを2個から1個に変更。タクシー仕様車、2000GTが51年排出ガス規制適合。タクシー仕様車にN40型トランスミッション(オーバードライブ付きコラムシフト)を追加、1600DX(バンを除く)のフロントブレーキはドラムブレーキからディスクブレーキに変更。バン1800GLを設定(OKモニターの設定無し)、個人タクシー仕様の設定を1800DXから2000DX(18R-U車のみ)に適用変更、等。
1977年2月、4ドアセダン、2ドアハードトップに51年排出ガス規制適合の1800発売。エンジンは従来の「16R-U」に替えて「3T-U」(OHV・1,770cc・シングルキャブレター・98PS)となる。型式「B-TT121(等価慣性重量1トン以下の車両)/C-TT121(等価慣性重量1トンを超える車両)」。
1977年8月、1600、53年排出ガス規制適合。エンジンは「12T-U(OHV・1,588cc・シングルキャブレター・88ps)」。型式はセダン、ハードトップともに「E-TT125」(※1600STD・1600DXの3速コラムMTと3速フロアAT・1600GLの3速フロアAT・1600SLは従来どおり51年排出ガス規制適合)。
コロナ誕生20周年を記念した限定車「コロナ・リミテッド・エディション」(全国限定1000台)を発売。セダン1800SL・セダン2000SL・セダン2000GT・HT1800SL・HT2000SL・HT2000GTの6車種で全車5速フロアシフトのみの設定。ブラックメタリックのボディカラー、20周年記念マーク入りのフロアマットやトップロード、マスコットキー、等を装備。
1977年10月、マイナーチェンジ。セダン及びハードトップの1800のMT車が53年排出ガス規制適合。型式はセダン・ハードトップともに「E-TT126」。エンジンは「13T-U(OHV・1,770cc・シングルキャブレター・95PS)」。サイドプロテクションモールが1600STD・1600DXを除く全車に標準装備。セダン・バンのフードトップモールの巾が広くなる。セダンのリヤコンビネーションランプのモールを変更。ハードトップのリヤコンビネーションランプの意匠を変更。フロントグリル中央のマークの塗色を変更(STDを除く)。SL・GTの衝撃吸収バンパーはガード付となる。ワイパーが黒塗りとなる(STDを除く)。バン1800(H-RT108V)に衝撃吸収バンパー(ガード無し)をオプション設定。SL・GTにアルミホイール(5.5JJ×14)をオプション設定、等。
CMキャラクターは、田宮二郎が務めていた(1977年以降)。
TVドラマ太陽にほえろ!ではカースタントシーンでよく破壊されていたのもこの6代目コロナの前期型モデルも多かった。
1978年9月登場。4ドアセダンと2ドアハードトップを設定。2ドアセダンは消滅。デザインは5代目の基本テーマを継承したもの。当初採用された角形4灯式ヘッドライト(バンとセダンのタクシー仕様は丸型4灯)が新しさを見せていた。『5マイル・バンパー』は同年代の2代目セリカ(1977-80年)が採用していた新設計のウレタンバンパーに代替された。エンジンは1600、1800、2000で全車53年排出ガス規制に適合。フロントサスペンションはストラット式コイルスプリング、リヤサスペンションはトレーリングリンク車軸式コイルスプリングに変更(但しセダンのLPGタクシー仕様とバンはリーフスプリング)。ブレーキは全車に前輪ディスクブレーキを装備、1800SLツーリング・2000SL・2000GTには後輪ディスクブレーキ、9インチ大型ブレーキブースターを装備。オーバードライブ付4速ATを2000CXに設定。
初期のキャッチフレーズは「ゆとり安全」。
1978年10月、40系以来の5ドアセダンである「リフトバック」を追加。
1979年8月、1800SLにAT車追加/トランク右側の「TOYOTA」エンブレム大型化。
1980年8月、マイナーチェンジでスラントノーズ化。ハードトップとリフトバックのヘッドライトは異形角形2灯式に変更。セダン1800GLに3速コラムAT車追加。1800cc全車(E-TT131型)にパワーステアリングを標準装備。1800CXサルーンを追加。(セダン/ハードトップ/リフトバック)その他60項目に及ぶマイナーチェンジを実施。セダンの3速マニュアルコラムシフト車はLPGタクシー仕様のみへ。LPGタクシー仕様の2000STD・DX(5R-U)に3速フロアAT車追加。
マイナーチェンジ後のCMキャラクターは、長嶋茂雄が担当していた。
猿岩石のアルバム『まぐれ』に付属の写真集で猿岩石の2人が潰されたコロナの屋根の上に乗っているシーンがあり、この6代目コロナ4ドアセダンと思われる。
1982年1月登場。外観はやや丸みがかった形状から直線的なスタイルへと変貌されスタイリッシュなイメージとなった。タクシー仕様は当初はディーゼルのみ発売され(LPGは130系を継続生産)、同年9月にLPG車もフルモデルチェンジされた。コロナ最後のFRモデル(この代からプラットフォームをカリーナ/セリカと共有化)。4ドアセダンと2ドアハードトップを設定。5ドアセダンは一旦消滅(150系で復活)。
1982年10月、それまでの2000GT(18R-GEU型エンジン搭載)に代わり、1800ccツインカムターボの3T-GTE型エンジンを搭載したGT-T・GT-TRが登場。それに伴い2000GTは消滅となる。 また、一部では2ドアハードトップはプアマンズ・ソアラと称される程スタイル面で好評を得ていた。
1983年10月、FF4ドアセダン(150系)登場に伴い、車種を整理。同時にマイナーチェンジ。4A-GEU型エンジン搭載の1600GTを追加。カリーナ/セリカに設定されていたGT-Rは設定されず、GTのみの設定だが、「スポーツ7仕様」なるスポーツ・パッケージが設定されていた。
バンのガソリンエンジンが1600㏄の12T-Jから1500ccの5K-Jに変更。
1985年8月、2ドアハードトップ廃止(コロナクーペにモデルチェンジ)。GTシリーズはFFセダンへ移行。
1986年12月、タクシー仕様車がビッグマイナーチェンジ。フロントドア以外の外板がすべて変更され(フロントグリルはA60カリーナバンのものを流用、その他にもフェンダー等にA60カリーナセダンのものを流用し全長が切り詰められる。)、同時にディーゼル車のエンジンが1800㏄の1C型から2000㏄の2C型に換装された(バンのディーゼルは1Cのまま)。またディーゼル車の足回りも変更され、リヤサスペンションは4リンク式コイルリジッドサスからLPG車と同じリーフリジッドサスへと変更、操舵方式はボールナット式からラック&ピニオン式に変更された。また一般ユーザー向けのセダンも引き続き継続販売(こちらは外板の変更はなし)。
1987年12月、一般ユーザー向けのセダンが生産終了、バンはフルモデルチェンジされタクシー仕様車のみの販売となる。
1991年11月、ディーゼルが廃止、LPG(2Y-P)車のみの販売となる。
1998年4月、原設計が古いため安全対策が困難なため生産終了。
このモデルは「BC戦争」が最も激化したモデルで、発売当時最大のライバルである910型ブルーバードが大ヒットを飛ばしており、ブルーバードのキャッチコピー「ザ・スーパースター」に対して、CMキャラクターにロジャー・ムーアを起用し、「スーパーヒーローより愛をこめて」「舞台は、主役を待っていた」というキャッチコピーで対抗。さらには新開発エンジンに「レーザー (Laser)」と名づければ、日産は「プラズマ (Plasma)」と名づけるほど、BC戦争は激化していた。
モデル生産終了後も、タクシー仕様は1986年末にビッグマイナーチェンジを行って外観を一変させたうえで引き続き生産されていた。小型タクシーの居住性改善の動きに合せて、徐々にマークIIに切り替えるタクシー事業者が増加し、販売台数が減少していったが、1995年にコンフォートが登場した後も、1998年まで生産が続けられていた(末期はトヨタ車体が生産を担当)。競合車種の910型ブルーバードと共に、中型タクシーが中心の都心よりも、小型タクシーが中心の地方に多い車種であった。
1983年1月登場。駆動方式にコロナとしては初のFFを採用する。それまでのモデルに対して、モダンで垢抜けた印象のデザインが特徴で、当初は5ドアセダンのみの設定でエンジンは1800ccガソリンの1S-LU型のみの設定。FRの140系と併売された。
1983年10月、4ドアセダンを追加。こちらも5ドアセダンに劣らないモダンなデザインだった。6ライトウィンドウを採用している。エンジンは1800cc1S-ELU型と1S-iLU型、1500cc3A-LU型のガソリンと2000cc2C-L型ディーゼルを搭載。同時に5ドア車も一部改良を受け1800ccエンジンが1S-ELU及び1S-iLUに変更、1500㏄が追加され更にこれまで3速でしか用意されていなかったATが4速も選べるようになった。キャッチコピーは「僕らに、引力、コロナの、引力」。
1985年8月、マイナーチェンジ。セダンにDOHCエンジン搭載車(3S-GELU型、2.0GT、2.0GT-R)を追加。140系2ドアハードトップ(FR)の後継車として「コロナクーペ」(FF)が登場。キャッチコピーは「ふつうに愛せる」「コロナとならば、いつまでも」。これと同時にFRの2ドアハードトップとGTシリーズの製造が中止された(セダンのツインカムモデルとクーペの型式はT160系となっている)。
CMには、作曲家の加藤和彦、イラストレーターの秋山育、随筆家の松山猛 、明治学院大学教授の肥田日出生、ブルータス編集者のジミー・ネルソンらが出演していた。前期(83-85年)のCMソングは、直井秀樹の「お前は、引力」及び梶ヶ谷仁の「クラリ、引力」(両曲とも東芝EMIよりEPのみ発売、廃盤)が起用されていた。
1987年12月登場。4ドアセダンと5ドアセダンを設定。5ドアセダンには「SF」というサブネームが付いた。SFとは「センセーショナル・フィール」の頭文字である。
共にスタイルは先代と比べて、クリーンだが地味な印象を受けた。エンジンは2000cc3S-GE型と3S-FE型、1800cc4S-Fi型、1500cc5A-F型のガソリンと2000cc2C型ディーゼルを用意。また同時にバンもフルモデルチェンジされFF化となる。バンのエンジンは1500㏄3E型ガソリンと2000㏄2C型ディーゼルの設定。キャッチコピーは「誰よりも君、なによりもコロナ」。
1989年9月、コロナクーペの後継車として、4ドアハードトップの「コロナEXiV」が登場。
1988年8月、セダンに4WD(1600cc4A-FE型)が追加される。既存車はATシフトロックを追加。
1989年11月、マイナーチェンジ。外観は、フロントグリルのルーバーが横型から縦型になり、高級感が増した(バンのフロントは変更なし)。また、テールランプが横一文字タイプになり、リアナンバープレートがバンパーに移された。このリアの意匠は、次の190系前期モデルまで継承される。エンジンは1800と1500がEFI化され4S-FE型、5A-FE型に換装された。
1990年5月、トヨペット店累計販売1000万台達成記念車「コロナスーパールーミー (Corona Super Roomy) 」を追加。4ドアセダンの全長を210mm延長したストレッチリムジンで、500台限定販売。後部座席の広さはセルシオをも上回ったが、庶民的なコロナをリムジンにしてしまうという、バブル期の象徴のような車であった。しかも5ナンバー枠に収まっている。
尚、セダン/SFが1992年2月にフルモデルチェンジした後もバンは同年11月のカルディナ登場まで生産された。
1992年2月登場。4ドアセダンと5ドアセダンの「SF」を設定。ハイメカツインカム、1500ccの5A-FE型エンジン搭載グレードおよびスポーツツインカムの2000cc、3S-GE型エンジン搭載する2.0GT系グレードは廃止し、エンジンラインナップは、1600ccの4A-FE、1800ccの4S-FE、2000ccの3S-FEと、2000ccディーゼルの2Cの4タイプとなった。カリーナEとしてヨーロッパで売られる事をかなり意識したのか、曲線的かつクリーンな印象のデザインだった。室内も先代からさらに拡大され、前席で190cmの人が運転姿勢を取った時、後席に180cmの人が楽に座れるというクラストップレベルの広さを誇った。グレードは、GX(1.6/1.8/2.0 4WD/2.0ディーゼル/2.0ディーゼル4WD)、セレクトサルーン(1.6/1.8/2.0 4WD/2.0ディーゼル/2.0ディーゼル4WD)、EXサルーン(1.6/1.8/2.0/2.0 4WD/2.0ディーゼル/2.0ディーゼル4WD)、EXサルーンG(1.8/2.0)。また、メーカーから教習車仕様も設定されていたが、コロナではなく、トヨタ教習車として発売されていた(コロナエンブレムがトヨタエンブレムになっている)。
CMキャラクターは中村雅俊(コロナオーナーの教師役「T・コロナ氏」であった)。
1992年11月、190系のボディをベースにしたステーションワゴン「カルディナ」が登場。ただし、こちらには3S-GEを搭載したグレードも用意されている。
1994年2月、マイナーチェンジ。外観は、フロントグリルをカラード化(車体と同色化)し、前後バンパーにプロテクションモールを装着。また、横一文字だったテールランプが分割され、リアナンバープレートをバンパーからトランクリッドに移した。
1996年1月登場。車名にサブネームが付き、「コロナプレミオ (Corona Premio) 」となる。先代を直線的にした印象の4ドアセダンを設定。5ドアセダンは消滅。なお、バブル崩壊後の経済状況を反映して、ドアパネル等の部品を同時期のカリーナと共用するなど、コスト削減に留意された。明らかに原価の低い木目模様のプラスチックが多用され、車体・インテリアのカラーバリエーションも少なく、質感は従来モデルから大幅に低下した。その一方で助手席エアバッグや「GOA」と呼ばれる衝突安全設計のボディをアピールした。
ちなみにCMで、発売初期では「やる気だな!」、後に「ぶつけんなよ! 飛ばすなよ! そのクルマはオレのだぞ」と言っていたのは俳優の緒形拳である。なお、後期型のCMキャラクターには俳優の小林稔侍が起用されている。
なお、このモデルでは全車に乗車定員(5名)分の3点式シートベルトを標準装備すると共に、寒冷地仕様車にはリア・フォグランプを標準装備。
また、このモデルでは環境や燃費を意識したエンジンラインナップが設定された。用意されたエンジンは、1600cc(4A-FE)、1800cc(7A-FE)、2000cc(3S-FE)、そして2000ccディーゼル(2C)。このうち、ディーゼルはマイナーチェンジで2200ccターボ(3C-TE型)に変更され、ディーゼル4WD車についてはトランスミッションが5速MTのみの設定から4速ATのみの設定へと変更された。また、トヨタ初の直噴エンジン「D-4(Direct Injection 4-Stroke)」3S-FSE型(2000cc/145ps/20.0kgm)も登場。前期型では特別仕様車として試験的に販売(本革シートなども装備されていた)したが、後期型では正式にカタロググレードとして2000ccモデルに採用された。しかし、4WD車は継続して直噴ではない3S-FE型を搭載していた。
2001年12月、生産終了。その後継車として「プレミオ」が登場。44年5ヶ月のコロナの歴史に幕を下ろした。競合車種の日産・ブルーバードが歴史に幕を下ろしてから4ヶ月後のことであった。
英語の「太陽冠」から。
ちなみに、クラウンは「王冠」、ティアラは女王冠、カムリは「冠」(「かんむり」からの造語)、カローラは「花冠」。