スターレット (STARLET) は、トヨタ自動車で生産されていた3ドアと5ドアのハッチバックボディを持つ自動車である。EP71型からターボチャージャー付きのエンジンを搭載し、「韋駄天」「かっ跳び」など走りのコンパクトとしての異名を持つ。
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1973年4月に2代目パブリカのクーペモデルとして、パブリカ・スターレットの名でデビュー。初代セリカで好評であった「フルチョイスシステム」に倣った「フリーチョイスシステム」を採用していた。公表はされていないが、エクステリアデザインの原案をジウジアーロが担当しており、直線的なデザインは曲面主体の当時の国産車にあっては新鮮なものだった。同年10月、4ドアモデルが追加された。
搭載エンジンは、パブリカと共通の2K型1000ccと3K型1200ccの2種で、1200ccにはさらにシングルキャブとツインキャブの2種が用意されていた。1976年には昭和50年排気ガス規制を乗り切るため、1000ccとツインキャブを廃止、1200ccのシングルキャブのみとなった。
1982年5月1日に放送された「8時だョ!全員集合」のコントで、家の上を飛んでいくパトカーとしてクーペが使用されたシーンが有名だが、コントに実際に使われた車はスターレットではなく姉妹車のコンソルテクーペである。
またレースでも活躍しており、富士スピードウェイでのマイナーツーリングレースではサニー(B110型)、シビック(SB1型)との熾烈なバトルが繰り広げられた。
1978年2月のモデルチェンジでハッチバックボディに転換し、スターレットに車名変更。駆動方式は後輪駆動のままだった。エンジンはOHVである4K型へ変更された(当時のカタログには砂漠を片輪走行するシーンがある。現在のトヨタF1チームの監督オベ・アンダーソンが運転していた)。なお、ハッチバックボディのほかにパブリカバンの後継として、ボディ後部を延長した4ドアバン(KP62V)も存在した。
営業車グレードのDX-Aに、自動でアイドリングストップする「エコランシステム」があった。1980年から中期型、1982年から後期型へとマイナーチェンジするが、中期型はヘッドライトが前期型の丸型2灯から角型2灯になり、更に後期型は車幅灯がヘッドライトの側面に付くようになり、ハッチバックの開閉面積が拡大されたため、前期型と後期型では同じKP6#系でも印象が大きく異なっていた。また、後期型ではスポーツグレード「S」にキャブレター式から電子燃料噴射方式(EFI)とした「Si」が追加された。ただ、走りについては吹け上がりなどでキャブレター式である「S」の方が実力は高く、またSi以外はエンジンスペックが全く同じであったので、競技用として使うには廉価グレードであったDXやスタンダードが好まれた。余計な装備が無く軽量であり、改造にも向いていたからである。ヘラジカ風のエンブレムを冠した最後のモデルである。
後輪駆動であるため、ドリフト天国誌にユーザー制作のドリ車が登場した事がある。
1984年にフルモデルチェンジ。前輪駆動方式に転換。キャッチコピーは「かっとびスターレット」。CMソングに藤山一郎の「丘を越えて」が起用されていた。1986年には、ターボモデルを追加。キャッチコピーは「韋駄天ターボ」(なお、モデル末期のターボモデルのキャッチコピーは「ピリッと辛口ターボ」)。さらにモデル末期の1988年には、キャンバストップ仕様を追加。キャッチコピーは「甘口キャンバストップ」だった。又、CMソングには藤山一郎の「青い山脈」が起用されていた。バンモデル(EP76V)も存在したが、先代と異なり乗用モデルの3ドア車と同じ車体であった。この代を以ってスターレットの商用モデルは消滅し、スプリンターバンへ移行した。
エンジンは2E系1300ccで、直列4気筒SOHC12バルブ方式を採用。デラックスには受注生産でリーンバーンエンジンの低燃費スペシャル「パーシャルリーンシステム仕様」が設定されていた。また、1987年には1N型1500ccディーゼルも追加。
前輪駆動となってからも、Ri(自然吸気)・ターボRというモータースポーツ専用グレードが用意されていた。元々のスポーツグレードであるSi・ターボSに比べると、バンパー未塗装、商用グレードの内装など快適装備類が削られ、より競技車輌への改造が容易になっていた。KP型の後を継いで、サーキットレースをはじめ、ジムカーナやダートトライアルまで幅広い競技にエントリーした人気車種であった。異色で5ドアのターボモデルも販売されていたがあまり知られてない。ちなみに、最量販グレードは充実装備のリーズナブルな実用グレードの「ソレイユ」だった。
現在では車両価格の安さ、軽さ、4Eエンジン換装の手軽さなどから耐久レースなどで活用されている。
1989年12月にフルモデルチェンジ。1300ccエンジンはSOHC12バルブからDOHC16バルブとなる(最高出力はキャブレター仕様が82ps、EFIが100ps、ターボが135ps)。スターレット初の4輪ディスクブレーキをGTに搭載し、オプションのABSはクラス初である。型式名は、前輪駆動モデルはEP82、四輪駆動モデルはEP85、ディーゼルエンジンモデルはNP80。
1992年1月のマイナーチェンジで、全てのエンジンがインジェクション仕様となる。SRSエアバッグも用意される。
先代のSOHCターボが好評だったが、DOHC化されたターボエンジンは先代と比較すると非常にオーバースペックで、「ネズミ花火ハンドリング」とも呼ばれるようなじゃじゃ馬振りだったが、マイナーチェンジで足回りやハンドリング部分の改良が行われ、最後期型ではライト部分を円形に見せるなど、スポーティーハッチバックらしい風貌と高ハンドリングに改良された。
4WDモデル改FRドリ車仕様がドリフト天国誌によって制作された。モチーフは前述の61系のドリ車でフェンダーミラーがついている。
| トヨタ・5代目スターレット | |
|---|---|
| 欧州向け ルフレ | |
| 製造期間 | 1995年 - 1999年 |
| ボディタイプ | 3ドアハッチバック 5ドアハッチバック |
| エンジン | 4E-FE/4E-FTE/1N |
| トランスミッション | 3AT/4AT/4MT/5MT |
| サスペンション | F:マクファーソンストラット式コイルスプリング R:トレーリングツイストビーム(4WDはトレーリング車軸式) |
| 駆動方式 | FF/4WD |
| 全長 | 3740mm - 3790mm |
| 全幅 | 1625mm |
| 全高 | 1400mm |
| ホイールベース | 2300mm |
| 車両重量 | 810kg - 1020kg |
| 乗車定員 | 5人 |
1995年12月にフルモデルチェンジ。衝突安全ボディ"GOA"を採用する。型式名は前輪駆動モデルはEP91、四輪駆動モデルはEP95、ディーゼルエンジンモデルはNP90。前期型、後期型共にCMキャラクターは加藤紀子(グランツァシリーズを除く)と蛭子能収。
スポーティーな外観を持つモデルはそれぞれ、4E-FE型エンジン(1331cc)を搭載した自然吸気モデル"グランツァS (Glanza S) "、4E-FTE型エンジン(1331cc)を搭載したターボモデル"グランツァV (Glanza V) "という名称になり、3ドアのみラインナップされた。ターボモデルには本格的なスポーツ走行を目的とし、快適な装備を省いたモータースポーツパッケージ (MSP) も用意された。ただしEP91系ターボモデルでは、初心者による運転を意識したためか、1速(発進時)でターボを強く働かせない機構が追加されている。
4E-FE型エンジンを搭載した自然吸気通常モデルは"ルフレ(Reflet /f/x) "という名称になり、3ドアと5ドアがラインナップされた。EP82系搭載のEFIエンジンと同型式ではあるが、環境性能・操作性などを重視したチューンにより出力が下がっている。1997年12月のマイナーチェンジで自然吸気エンジン全車にTDI(Toyota Direct Ignition System)を採用した。なお上位モデルのルフレxは、内・外装デザイン以外の性能は自然吸気スポーツモデルのグランツァSと同等であった。
1997年のマイナーチェンジで、クラシック風のドレスアップモデルとして"カラット (Carat) "、特別仕様車として1998年にはカジュアルRV仕様車の"リミックス (Remix) "(5ドアのみ)もラインナップされた。
1999年1月末、ターセル、コルサと統合した後継車といえるヴィッツの登場によりモデル廃止となった。しかし、ヴィッツの登場後もしばらく併売された。
このEP91型ターボモデルは、グランツーリスモシリーズや首都高バトル01といったレースゲームに登場している。
1999年8月生産・販売終了となった。
トヨタ自動車には、スターレットと類似形状・同型系エンジン搭載の車種(カローラII、コルサ、ターセル3ドアハッチバックなど。共に型式はL)が複数存在したが、スターレットは単独の車種型式"P"を持つため、姉妹車は無い。型式表記の仕方はトヨタの通例どおりで、"EP##"、"KP##"である。最初のアルファベットはエンジン型式、後のアルファベットの"P"は車種「スターレット」を意味する。"P"は初代モデルであるパブリカスターレット、およびその先代パブリカから来ている。
英語で「小さな星」の意味の名詞、starletから。