PocketPetとは?

トヨタ・ランドクルーザー

について
関連サイト ランドクルーザー ランドクルーザー

ウィキペディア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(最終更新 2007年11月21日 (水) 12:29。)
Disambiguation この項目ではトヨタ・ランドクルーザーについて記述しています。プラドについてはトヨタ・ランドクルーザープラドをご覧ください。

トヨタ・ランドクルーザー (Land Cruiser) とは、トヨタ自動車が製造する四輪駆動自動車

目次

概要

日本のクロスカントリー型四輪駆動車の先駆けとなる車両である。その耐久性は世界中で高い評価を受けており、「紛争あるところにランクルあり」と言われるほどである。

NHKをはじめ各放送局の取材車や中継車としても利用されている。なお、同タイプの日本メーカー製車両としては三菱ジープや、日産パトロール(現・サファリ)がある。

「ランドクルーザー」という車名は、1954年6月より使用されており、2007年11月現在、一つの車名で継続生産されている日本製の自動車としてはもっとも長い歴史をもつ。(クラウントヨエースよりも古い。)

通称は「ランクル」

ステーションワゴン」、業務用途の「ヘビー系(ヘビーデューティー)」、そして、70系の派生車種であった、「ライト系(ライトデューティー)」と呼ばれるランドクルーザーII から発展した、「ランドクルーザープラド」の、車格も仕様もまったく異なる、三系列のシリーズが並行して生産、販売されている。

現在、ステーションワゴンは、日本製SUVで初めてV型8気筒エンジンを搭載した100系であり、直6ディーゼルエンジンや電動ウィンチなどが選べるランドクルーザー100(欧州名 アマゾン Amazon)と、元来レクサスLX470として開発された、スタイリッシュで高級志向の強いランドクルーザーシグナスとがある。

ランドクルーザーの源流は、ワークホースとしてのヘビー系にあり、現行モデル70系では長大な車体を持つ7879のみ生産が続けられている。世界各国に輸出されているが、日本国内では貨物登録(1、4ナンバー)であり、NOx規制法およびPM規制条例により、2004年7月に販売を終了した。

ランドクルーザープラドは、タコマハイラックスサーフとシャーシやエンジン、ドライブトレインの多くを共有するモデルで、2ドアのショートと4ドアのロングのバリエーションを持ち、V6ガソリンエンジンと、直4のガソリン、ディーゼルエンジンを積む。ランクルワゴンの伝統に則り、乗用車なみの装備を持つワゴンと、業務用途の簡素なバンをラインナップしている。欧州アフリカでの名称には「プラド」は使われず、ランドクルーザーのみである。

ランドクルーザーシグナスは海外のレクサスブランドでLX470として販売されていたものを日本国内販売したものである。ランドクルーザープラドも北米ではレクサスブランドからGX470として販売されている。シグナスおよびプラドはV型8気筒・4700ccの2UZ-FEを搭載している。

前史

戦時中、トヨタによって少数が生産された、日本陸軍四式小型貨物車こと「AK10型」四輪駆動車は、フィリピンで鹵獲された通称「バンタム・ジープ」をコピーして設計された。その際、軍部から、識別のため「外観はジープに似せない事」とする旨の指示があった。機能がそのまま外観に表れるジープでは、それは容易なことではなかったが、生産型は資材の窮乏も伴い、簡易外装に一つ目ライトの、いわゆる「戦時型」となり、結果的にまったく別物の外観となった。

「AK10型」はフロントにリーディング・アームのサスペンションを持ち、AE型乗用車C型エンジン(初代 4気筒 2.585cc)と3速T/M、2速T/Fを組み合わせていることからも判るとおり、BJ型以降のランクルと直接のつながりは無い。

また、トヨタは、KYC型トラックと、それをベースとした水陸両用トラックの陸軍「スキ」(1943年から198台生産)でも4輪駆動(総輪駆動)車を手がけた経験があり、AK10型に比べ、これらの構成の方がBJ型に通ずるものがある。

BJ、FJ型(1951年-1955年)

警察予備隊(現・自衛隊)への納入を狙い、トヨタ・ジープBJ型として開発され、1951年に試作車が完成した。

シャーシは小型トラックSB型の梯子形フレームを改良して四輪駆動とし、エンジンは当時の6tトラック用に用いられていた6気筒OHV、3,400ccの初代B型ガソリンエンジンを採用、トランスミッションもトラック用を流用した。粘り強く、出力に余裕のあるエンジン特性と、ギアリングが低いことから、トランスファーは1速で済ませている。「B型」エンジンを搭載した「Jeep」型車ということで、型式は「BJ型」となった。

当時のトヨタには、ウイリス・ジープに匹敵する性能の4気筒エンジンがなかったため、やむを得ず大きな6気筒を搭載したが、そのことで、かえって強力になり、重量、燃費以外の性能では、当時のウイリス・ジープを凌ぐ結果となった。

警察予備隊の入札では、三菱がライセンス生産するウイリス・ジープが採用された。米軍との間に密約があり、出来レースであったとの噂もあるが、第二次世界大戦での実績が示すように、ウィリス・ジープは軽量なうえ、トータルバランスに優れており、頑丈さと強馬力が取り柄の、重く、未成熟な当時のBJ型には及ばない点が多い。

トヨタとしては当初の目的は果たせなかったが、国家地方警察(国警:こっけい)のパトロールカーとして採用、納入され、好評を得ることとなる。

基本型の「BJT型」(ツーリング)、無線連絡車の「BJR型」(ラヂオ)、消防用シャーシの「BJJ型」(略号Jの意味は不明)の3タイプがカタログモデルとされ、その他の「変り型」は特装扱いとした。

  • 1951年 8月1日、試作車完成。富士山6合目までの登山試験にも成功、路外でも優秀な成績を収めたが、警察予備隊の入札では、実績のあるウィリス・ジープのライセンス生産車である三菱・ジープに敗れた。
  • 1953年、本格生産開始。シャーシ組み立てはトヨタ本社工場、車体および最終組み立ては荒川鈑金工業
  • 1954年、高負荷運転となる消防ポンプ車用に、より強力なF型エンジンを追加。これはB型同様大型トラック用のエンジンで、以後ランクルとは切っても切れない関係となるが、この時期はまだ、消防用シャーシ「FJJ型」専用であった。

20系(1955年-1960年)

  • 1955年8月、ランドクルーザーは初めてのモデルチェンジを受け、20系となった。
  • ホイールベースはショート(#J25、21等)と、やや長いミドルの(#J28、24等)の二種類でスタート、後にロング(FJ35V)が追加される。
    • ショート  2,285mm
    • ミドル   2,430mm
    • ロング   2,650mm
  • エンジンは従来のB型(初代)F型ガソリンエンジンで、ほとんどの車種に両方のエンジンが設定された。
    • B型(初代) 水冷 直列6気筒 OHV ガソリンエンジン 3,386cc
    • F型      水冷 直列6気筒 OHV ガソリンエンジン 3,870cc 120~135HP/3,200rpm 28,0~30.0kgm/2,000rpm
  • トランスミッションは4速マニュアル、トランスファーはセンタースルーの2速で、どちらもフロアシフトとされた。
  • ボディーのバリエーションは、ソフトトップ、ハードトップと、ピックアップ、バン、消防用シャーシとされ、後にロングの4ドア ステーションワゴンが加わった。
    これら以外の変り型については特装とされた。
    • ソフトトップ        ショート、ミドル
    • ハードトップ        ショート、ミドル
    • ピックアップ        ミドル
    • バン            ミドル
    • 消防用シャーシ     ミドル
    • ステーションワゴン   ロング
  • 国家警察用のパトロールカーをはじめ、ラインナップの約半数が2輪駆動であることも20系の特徴であった。
  • この20系より各国に見本車を送り、本格的に輸出を開始した。
    特に北米では、市場に適合せず、評判の優れなかったクラウンに代わり、米国トヨタの経営を支えた。
  • モデル末期の1959年、輸出の好調を受け、ランクル初の本格ステーションワゴンが追加されることになった。
    ホイールベースはさらに延長され2,650mmとなり、4ドアボディを与えられ、エンジンは「F型」とされた。
    形式は、20番台はすでに全て使い切られていたため、30番台でロングホールベースを表すFJ35Vとされた。
    40系へのモデルチェンジまで一年を切ったこの時期に投入されたFJ35Vは、実質的には40系のFJ45V(初代)の前倒し生産といえるもので、海外の旺盛な需要の前に、逼迫した当時の状況が現れている。

40系(1960年-1984年)

BJ40LV-KC西ドイツ以外の欧州向けモデル
BJ40LV-KC
西ドイツ以外の欧州向けモデル

1960年1月発売開始。20系のフルモデルチェンジ版として登場した。

すでに20系が30番台の数字を使っていたため、型式は40とされた。

40系1984年11月に70系にフルモデルチェンジされるまで、24年にわたり販売され続け、超ロングセラーモデルとなった。

そのため、世界各国で業務用として今なお現役のものも多く、また、趣味の世界でも、「ヨンマル」、「フォーティー」などの愛称で親しまれ、多くの愛好家に大切にされている。

  • 当初のコンセプトは、20系に対する北米市場の要求から、
    • T/Mを4速からワイドレシオの3速に
    • シフトレバーをフロアからコラムへ(北米以外は従来の4速フロアと3速フロアも選べた)
    • T/Fを1速から2速へ(リアもセンタースルーからオフセットへ変更された)
    • T/Fレバーをフロアからインパネへ
    • ファイナル(アクスルデフ)のギアリングを高く(5.555から3.300または3.700へ)
    • エンジン特性を高回転寄りに
    • サスペンションスプリングをソフトライドに
    • ソフトトップの着脱を容易に
    • ラジエターグリルをフォード・トラック風のオーバル形に

など、主に高速走行を重視した快適性の向上と乗用車の雰囲気を盛り込むことが設計の主眼とされた。

  • ホイールベース
ホイールベースはショートの40と、やや長いミドルの43、ロングの初代45でスタート、後にフレームを300mm延長した、45(B)が追加され、その後、延長形に一本化され、45(2代目)に変更された。
    • ショート     2285mm 
    • ミドル      2430mm 
    • ロング初代   2650mm 
    • ロング(B)   2950mm 
    • ロング2代目  2950mn ロング(B)を名称変更 
  • ボディーバリエーション
    • ソフトトップ       ショート、ミドル、ロング(2代目)
    • ハードトップ      ショート、ミドル、ロング(2代目)
    • ピックアップ      ロング(初代)、ロング(B)、ロング(2代目)
    • ステーションワゴン  ロング(初代)
    • 消防用シャーシ    ロング(初代)
    • キャブシャーシ     ロング(初代)、ロング(B)、ロング(2代目)

第1期

  • 1960年1月生産開始。輸出が優先された結果、国内のハードトップモデル(バン FJ40V)は遅れて登場する。
  • 遅れて45(B)シリーズ登場。荷台の狭さが指摘されていたピックアップとキャブシャーシ用に、ホイールベースを2950mmとした、45(B)と呼ばれるスーパーロングが追加される。ピックアップの型式はFJ45PからFJ45P(B)に切り替わる。

第2期

  • 1967年7月55型の生産開始に伴い、4ドアステーションワゴンのFJ45Vは生産終了。同時にロングのホイールベースを2950mmへ統一、45(B)は再び、単に45と呼ばれることになる。同じ型式で長さと形態が異なるモデルが混在するため、趣味上の分類としては、1967年以前の45初代、それ以降を2代目としている。
    • 45(初代)  W/B 2650mm
    • 45(B)    W/B 2950mm
    • 45(2代目) W/B 2950mm
    • ショートのハードトップとバックドアを設計変更。屋根を鋼板プレスからFRPのモールド品に変更。クォーター ウインドウ、バックドア ウインドウを拡大、リア コーナー ウインドウを新設、後方視界の改善を図った。
  • 1973年、海外向けのロングホイールベースモデル(2950mm 2代目45シリーズ)に、直6 3.6L 3576c OHV 90HPの、H型ディーゼルエンジン搭載のHJ45を追加。
  • 1974年B型(2代目)ディーゼルエンジンが投入され、長い40の歴史上でのターニングポイントとなる。
    • ショートとミドルモデルにダイナ(BU10)用として好評を博していた、4気筒、3000ccのB型(2代目)と呼ばれるディーゼルエンジンが搭載された。ディーゼル、4気筒共にランドクルーザーとしては初めてとなる。
      BJ40BJ43と呼ばれるこのモデルは、ファイナル ギア レシオをFJ40の3.700から4.111にたった1割下げた以外(実際、ピ二オンギアの歯数が一山少ないだけ)はT/Mも含めFJ40と同じであったが、ディーゼルエンジンの特性から、その走行性能はF型との馬力差(125PSと85PS)を感じさせない、遜色の無いものであり、4気筒のためエンジンの搭載位置が後退したことで、車両の重量バランスやハンドリングが改善される効果も生んだ。
      日本では小型登録(4ナンバー)できることもあって好評をもって迎えられたが、その優れた経済性と卓越した性能は、もとより備わっていた高い耐久性と相まって世界的なヒットとなり、販売台数は飛躍的に増えることとなった。
      2種類のディーゼルエンジンの追加により、全てのボディータイプでディーゼルエンジンが選べるようになる。
      もともとはオイルショックが招いた流れではあったが、これ以降、ディーゼルエンジンはランクルの主流となって行く。
  • 1975年1月
    • ワイパーのピボットをウインドシールド フレームの上部から下部に変更、ワイパー モーター カバーが車外に露出した。
    • ハードトップのドアを組み立て式サッシからフルプレスに変更。
    • それまで固定式であったリア クォーター ウインドウを引き違い式と後端フリップアウト式の2種類へ変更。換気性能が大幅に向上し、後席の快適性が改善された。
  • 1976年8月アウター リア ビュー ミラー(バックミラー)の位置がカウルサイドからドアに変更となり、国内ボンネット型車では初のドアミラーとなり、乗用車(1980年)より一足早い登場となった。その後、乗用車からの乗り換えユーザーが急増し、車両感覚がつかみづらいとの声が多かったことと、幌モデルでドアを取り外した場合、ミラーも一緒に無くなってしまうことから、1980年7月、国内モデルのみフェンダーミラーへ変更された。
  • ここまでをビンテージモデルとすることが多い。

第3期

  • 1979年2月
    • ボディーを大幅に設計変更。大型プレス材を多用し、パネル枚数の削減と組み立て行程の短縮を図った。また、鋼板のゲージも下げられた(薄くなった)。
    • 20系以来、室内に置かれていた燃料タンクを室外(床下)配置に変更し、懸案だった安全性と容量不足が改善された(65Lから95Lに拡大)。
    • ラジエターグリルがオーバルから短形になり、ヘッドランプの間隔も広げられた。
    • 日本国内のみ排ガス対策のため、ディーゼルエンジンをB型から3200ccの2B型に変更、形式もBJ41BJ44となる。
      数字のうえではパワーアップであったが、進角特性の変更でマイルドな味付けとなり、燃費も若干悪化することになる。
    • フロント ベンチレーテッドディスクブレーキとリアLSDがオプション設定される。
    • 室内のトリムカラーが黒からグレーに変更される。
    • ファブリック内装に対する市場の反応を見るため、初めての限定車が発表される(国内)。ボディーカラーはダークブルー、シートトリムはダークブルーとグレーの細いストライプであった。
  • 同年12月バンパーなどのメッキ装飾や、トラック丸出しのリング式ながら白く塗られたホイールで差別化された外観と、室内には紅白のコントラストが鮮やかなファブリックシートを持った、「L パッケージ」が登場。
    ランクル史上初めてグレード設定となる。これ以降、乗用車からの乗り換えユーザーが一段と増えることになる。

第4期

45LV (II)
45LV (II)
  • 1980年7月
    • 60系のデビューに合わせ、エンジン、T/M、T/F、ブレーキなど主要部品が60系と共通化される。
    • ロングホイールベースのディーゼルエンジンをH型から6気筒、4000ccの2H型と4気筒、3400ccの3B型に変更、60系と共通化され、それぞれHJ47BJ45となった。B2B型も合わせて改良された。HJ47は主にオーストラリア(略号 ARL)向け、BJ45はそれ以外の地域向(欧州 EUR、ジェネラルカントリー GEN)けとされた。
    • マニュアル・フリーハブが日本国内向けにも装備され、それを車幅内に収めるため、樹脂製スペーサーによりフロントフェンダーの取り付け幅が広げられる。
  • 1981年5月限定車の第2段として「ザ・マイティー」が登場(国内)、通称は「マイティーBJ」「マイティー ブラック」。ブラックのボディーにゴールドの子持ちラインを持ったえんじのストライプと、えんじとグレーの室内トリムの組み合わせであった。
  • 1981年8月インパネのデザインを変更。センタークラスタータイプとなるが、シンプルでクリーンな印象は無くなり、評判は芳しくなかった。また、日本国内でもラジアルタイヤが選べるようになり、その対策としてリヤフェンダーにエクステンションが追加される。
    パワーステアリングとタコメーター、専用の室内トリムを持った「LX」が追加される。
  • 1982年2月最後の限定車となる「ザ・マイティー II」が登場(国内)。「マイティー BJ」と同様のカラー、トリムであったが、パワーステアリングとタコメーターを装備し、「LX」同様の装備となる。
  • 1982年日本国内は排ガス対策で2B型から3400ccの3B型にエンジンが変更された。
  • 1984年10月70系へモデルチェンジ。国内での生産を終了。

55、56型(1967年4月-1980年7月)

画像:Landcruiser-FJ56V.jpg
FJ56V-KC
日本国内モデル

乗用車ムードあふれるユニークなボディースタイル、4輪駆動車という特異な車であるにもかかわらず、乗用車を上回る安全性。高出力エンジンと理想的な車両重量配分と抜群の高速性能、と当時の解説書にはある。

北米市場を強く意識したモデルで、ランドクルーザーシリーズとしては初めて、工業デザイナー(社内)によるスタイリングを採用している。

北米でムース(へら鹿)とあだ名されることとなったフロントまわりや、大きくへこんだスライド式(電動、または手動の下降式)のリアウインドウなど、それまでの常識にとらわれない独特のスタイルとなった。
しかし現場経験の無い若手が担当したことから、パネル割りに不慣れな部分が多く、生産開始後も、ライン上でハンマーによる修正が必要となり、品質が安定するまでには多くの月日を要する結果となった。

北米の保安安基準に適合させるため、インストゥルメントパネルは発泡ウレタンのパッドで覆われ、ステアリングホイール中央にも大型パッドが設けられた。

パワートレインは40系と全く同じで、125馬力のF型ガソリンエンジンと、オフセット式の2速トランスファーに、コラムシフトの3速マニュアルトランスミッションが標準の組み合わせで、オプションでフロアシフトの3速と4速M/Tが選べた。ファイナルレシオ(デフの減速比)は3.700が標準とされた。3速M/Tは1速とリバースがノンシンクロであった。
その後、1969年にエンジン出力は130馬力に向上した。

  • 1967年7月FJ45V(初代・4ドア)の後継車として登場。バックドアはスライディングウインドウ(パワーまたはマニュアルの下降式)を持つテールゲート(下開き)とスイングアウトドア(観音開き)の二種類が設定された。
    45(初代)で好評だった消防車用シャーシ(国内向け)も55ベースに代わった。
  • 1972年4月ステアリングギアをウオーム&ローラーからリサーキュレーテッドボール(ボールナット)に変更。
  • 1973年2月バックアップランプを大型化し、輝度も上げられた。(安全対策)
  • 1973年9月エンジンを無鉛仕様に変更。(環境対策)
  • 1975年1月排ガス対策に適合させるため、全モデルが4200cc、135psの2F型ガソリンエンジンに変更となり、3速M/Tが廃止された。エンジンの変更で、型式認定の都合上、国内のみ形式がFJ56Vとなった。
  • 1977年5月フロントドアガラスとサッシの前側の角の形状をR付きに変更(安全対策)。
  • 1977年9月アウターリアビューミラー(バックミラー)が可倒式に、リアコンビネーションランプ(テールランプ)が縦長の大きなものになり、位置も低くされた(安全対策)。すでに60系の設計が始まっていたため、それに似た形状となった。
  • 1979年4月ロッカーアームプッシュロッドを軽量化、ロッカーアームカバーを鋼板プレスからアルミダイキャストに変更。
    この改良は、次期モデルの60系2F型を引き続き搭載するにあたり、騒音対策の一つとして行われたもの。エンジン音が乗用車風になったため、旧来からのファンを嘆かせることになった。

北米以外の仕向け地についても、トヨタは55型にディーゼルエンジンを最後まで与えなかった。その点にこのモデルのポジショニングが良く表れている。
より実用的なモデルが必要な仕向け地には、H型ディーゼルエンジン搭載のHJ45(1967年~1980年 二代目FJ45と同じ、ホイールベース2950mmで2ドアのモデル)の各タイプが用意され、それを補っていた。

当初の予定どおり、生産台数の大半が北米をはじめとする海外へ輸出された。
国内では、高価であったこと、小型車枠を超えていたこと、ディーゼルエンジンが無かったことがネックであったと言われ、販売面では振るわなかった。

  • まぼろしの50「系」

50「系」の開発計画は当初、ショートホイールベースの2ドアハードトップと、ロングホイールベースの4ドアステーション・ワゴンの二本立てであり、その時点では名実ともに50「系」であった。
2ドアモデルは1/10クレイモデルによるスタイリング検討まで行われており、このモデルが生産されていれば、FJ50型を名乗るはずであった。しかし、北米での販売が好調であったFJ40とのバッティングの可能性、販売価格、荒川車体の生産能力などを考慮した結果、2ドアモデルの計画は中止されることになった。
現在50番台の5556型50「系」ではなく、「型」と呼ばれる理由はここにある。

ちなみに、50「系」はブラジル・トヨタが生産する、ランドクルーザーのノックダウンから発展した「バンデランテ(Toyota Bandeirante)OJBJ50系(1954年~2001年11月)が名乗っている。
この区別はランクルに詳しい者以外にとっては非常に分かりづらいため、一般的には5556「型」をまとめて50「系」OJBJ50系「バンデランテ」と車名で呼ばれることが多い。

60系(1980年 - 1989年)

60系の消防車FJ60V-KCHQ4またはFJ61V-KCH4
60系の消防車
FJ60V-KCHQ4または
FJ61V-KCH4
FJ62LG-PMUSモデル 
FJ62LG-PM
USモデル 

1980年、ステーションワゴン、55型の後継車種として登場。

ガソリンエンジンは55型から変わらず6気筒、4.2Lの2F型であったが、新たに6気筒、4.0Lの2H型(国内は1982年から)と4気筒、3.4Lの3B型の2種のディーゼルエンジンが設定される。
ステーションワゴンのラインナップに初めてディーゼルエンジンが加わった。

消防車仕様は山間部を中心に配備されており、現在でも見ることができる。

  • 1980年国内モデルのバックドアは観音開き(形式記号 C、カタログ特徴記号 VKC)のみ。グレードはビニールシートとセミトリムのスタンダード(STD)と、ファブリックシートとフルトリムの「G パッケージ」が選べた。
  • 1981年10月
    • 海外のみであった上下開き式バックドア(型式記号 M、カタログ特徴記号 VLS)を国内にも設定。
    • パワーステアリングを国内にも設定。
    • ソフトライドスプリングを国内にも採用。
  • 1982年10月
    • 国内モデルにも6気筒、4,000ccの2H型ディーゼルエンジンを搭載したバン4000GX(HJ60V-MMZ ハイルーフのみ)が追加された。
    • 5速M/Tを新設(ディーゼルモデルのみ)。
    • ハイルーフを追加(ディーゼルモデルのみ)。
    • GXグレードを国内にも新設(ディーゼルモデルのみ)。
    • 電動リモコン フェンダーミラーをGXに採用(国内)。
  • 1984年11月、70系のデビューに合わせマイナーチェンジ。
    • ガソリンエンジンを4000ccの3F型に変更。ショートストローク化とフライホイールの軽量化など、高回転寄りの設定となったことと、排ガス対策のため、力強さは失われた。
    • ガソリン車にも5速M/Tを設定。
    • リアバンパーを分割し、ステップを新設。
  • 1985年10月
    • ディーゼルにターボモデルを追加。国内では最上級グレードのバン4000VX(HJ61V-MMZX)のみに限られた。2H型を直噴化した12H-T型を搭載した。このモデルにはデフロックがオプションで設定された。
    • 4速A/Tを搭載(12H-T2Hモデルのみ)。
    • サスペンションシートを設定(フロア形状変更)。
  • 1986年8月
    • 3B型エンジン廃止。
    • VXのトリムを変更。
  • 1987年8月マイナーチェンジ。
    • コストダウンのため部品点数を削減。
    • 収益性アップ(値上げ)のため見栄え向上をはかる。
      • ヘッドランプを角型4灯に変更。
      • インストゥルメントパネルを変更と同時にオーディオスペースを2DIN化。
      • 国内にもワイドタイヤ(31X10.50R15 LT)とオーバーフェンダーを設定(バンVXのみ)。
        これらの変更は当時開発が進んでいた80への買い替えをスムーズに促すためのデザインとされた。
  • 1988年8月ガソリンエンジンの3F型を電子制御化した3F-E型を搭載した、70ワゴンに続く乗用車登録モデルとなる、ワゴン4000VX(FJ62G-PEZE)を追加。
当初80系への切り替えは1989年の10月を予定していたが、新機構満載の80系はトヨタとアラコにとって、共に未経験の部分が多く、その解決に多くの時間を要すこととなり、その後11月に延期されるも生産立ち上がりは遅れに遅れ、最終的には年明けの1990年1月にずれ込んだ。
そのため60系は同月まで生産が続けられることになった。

70系(1984年 -)

画像:Landcruiser77 later.jpg
HZJ76HV
ヘビー系 セミロング

ヘビー系

1984年11月、それまでの40系に代わりデビュー。しかし40系のデザインとはかけ離れていたため、日本国内においては非難される事も多く、海外でも「ランクルは女になった」などと言われた。 足回りは前後共にリーフスプリングとリジッドアクスルの組み合わせだったが、1999年のマイナーチェンジにおいて前軸のみコイルスプリングに変更された。 2007年3月オーストラリアを皮切りにフロント周りの意匠を大幅変更した新型がデビューした。 これは新型のV型8気筒ディーゼルエンジン(4,461cc、インタークーラーターボ)を今までの狭いエンジンベイに収めるにあたり、余裕がなかったためと思われる。 ちなみに1984年のデビュー以降、フロントマスクの変更は3度行われたが、全体が大きく変更されたのは今回が初めてとなる。

またWAGONが新たに設定され、かつては日本国内専用であったセミロングホイールベースが、再びカタログモデルとなった。

なお以降の説明は日本国内向けを中心として行うが、一部海外向けの記述も時系列上載せている。

  • ホイールベース
    • ショート      2310mm (70,71)
    • ミドル       2600mm (73,74)
    • セミロング     2730mm (77,76)
    • ロング       2980mm (75,78 海外向けおよび日本国内消防用シャーシ)
    • スーパーロング 3180mm (79 海外向けおよび日本国内消防用シャーシ)
  • エンジン
    • ガソリンエンジン
      • 3F (直列6気筒 OHV 3955cc 1984 - 1989 国内では消防用シャーシのみ)
      • 1FZ (直列6気筒 DOHC 4477cc 1990 - 2006 海外向けのみ)
    • ディーゼルエンジン
      • 3B (直列4気筒 OHV 過流室式 3431cc 1984 - 1989)
      • 13B-T (直列4気筒 OHV 直噴式 過給器付き 3431cc 1984 - 1989)
      • 2H (直列6気筒 OHV 過流室式 3980cc 1984 - 1989 日本国内は設定なし)
      • 1PZ (直列5気筒 OHC 過流室式 3470cc 1990 - 1994)
      • 1HZ (直列6気筒 OHC 過流室式 4164cc 1990 - 2006)
      • 1HD-FTE (直列6気筒 OHC 直噴式 過給器付き 4164cc 200? - 2006) 海外向け
      • 1VD-FTV (V型8気筒 DOHC 直噴式 インタークーラーターボ 4461cc 2007-) 海外向け
  • ボディー
    • 2ドアハードトップ (ショート)
    • 2ドアソフトトップ (ショート、ミドル)
    • 2ドアFRPトップ (ミドル)
    • 4ドア試作車 (ミドル BJ73V改、74V改 リアドア形状は2種類ある 名古屋トヨタディーゼルを通じて販売された)
    • 4ドア (セミロング)
    • 2ドアハードトップ トゥループキャリア (ロング)
    • ピックアップ (ロング、スーパーロング)
    • キャブシャーシー (ロング、スーパーロング)

ライト系

LJ71RVライト系 ショート
LJ71RV
ライト系 ショート

70系のライトデューティー版派生種として、1984年11月に登場(国内は1985年10月)。

エンジン、トランスミッションデフなどをハイラックス/ハイラックスサーフと共用、サスペンションスプリングは国産4輪駆動車初の、4輪コイルリジッドとなる。

仕向け地により、ランドクルーザー、ランドクルーザーII(2)、ランドクルーザーワゴン、バンデラの名を使い分ける。

1990年4月、4ドア・セミロングボディーの追加に伴い、「PRADO」(プラド)のサブネームが与えられる。(トヨタ・ランドクルーザープラドも参照)

  • ホイールベース
    • ショート       2,310mm (70,71)
    • ミドル (日本国内向は設定なし) 2,600mm (73,74)
    • セミロング     2,730mm (77,76)
  • ボディー
  • エンジン
    • ガソリンエンジン (日本国内向は設定なし)
    • ディーゼルエンジン
      • 2L (日本国内向は設定なし)
      • 2L-T
      • 2L-T II
      • 2L-TE
      • 3L (日本国内向は設定なし)
      • 1KZ-T
      • 1KZ-TE

80系(1989年-1998年)

80系(前期型・USモデル)
80系(前期型・USモデル)
画像:Landcruiser80-JOLF.jpg
80系(後期型)
画像:Toyota Land Cruiser 80 Van 001.jpg
80系 バンGX
観音開きバックドア

ランドクルーザー80
エンジンに、3F-E(1990~1992)、1FZ-FE(1992~1997)、1HD-T(1990~1995)、1HD-FT(1995~1997)、1HZ(1990~1997)を採用

1989年10月、60系がフルモデルチェンジされ、80系が登場。ボディサイズが一回り大きくなりメインマーケットが北米やオーストラリア向けに開発されたモデルとなる。 一番の変更点はパワートレインで60系のパートタイム方式からセンターデフロック付のフルタイム方式へと変更、但しバンの一部グレードにはパートタイム4WD(スタンダード、GX)も用意されていた。サスペンションは、前後共にコイルスプリングを採用したリジッドアクスル。8人乗りのワゴンと5人乗りのバンが用意されており、エンジンはワゴンがガソリン、バンはディーゼルを搭載していた。 80系へと進化したことにより装備もゴージャス化されSUV化され始めたモデルであったが、オフロード性能はランクルの名に恥じない走りを見せた。100系はオンロード重視となりオフロード性能が落ちた為、あえて80系に乗り続けるユーザーも少なくない。バンではキャンピングカーに改造された車も見られ、メーカー純正のキャンピングカー仕様車「アクティブヴァケーション」も設定されていた。

バックドアは、スタンダード(1989年~1993年)とGX(1993年~1998年)が70系同様、左右の幅が異なる観音開き、VXとVXリミテッドが上下開きを採用した。尚、スタンダードにはオーバーフェンダーが装着されなかったが、GXについては後期型(1996年~1998年)のワゴン及びバンのディーゼルターボに装着されていた。

1995年にマイナーチェンジされた時は、テレビ及びラジオコマーシャルが放映された(CMソングは白鳥英美子が担当、使用車両はバンVXリミテッド)。

オーストラリアでは、地元においてアトラクションツアー用に改造された、荷物室を窓1つ分延ばし、後ろの車軸を2軸とした、6輪車が存在した(後後軸にはデフは装備されていない)。

90系

プラド専用形式のため省略、トヨタ・ランドクルーザープラドを参照

100系(1998年- 2007年)

100系 2004 USモデルUZJ100LW
100系 2004 USモデル
UZJ100LW
ランドクルーザーシグナス
ランドクルーザーシグナス
  • 概要

ランドクルーザー100にはワゴンとバンの使用があり、グレードは下からVX,VX Limited, VX Limited G selection。そして途中追加されたレクサスLX470の国内版のランドクルーザーシグナスがある。シグナスは4灯ヘッドライト、大径クロームメッキホイールという外観の違いがある。エンジンには当時の国産車ではセンチュリーを除き事実上量産車最大排気量となるV8,4700cc,DOHCの2UZ-FEを採用。バンは4.2リッターディーゼルターボのみ。前期型バンのVXには5速MTが設定されていたが、2002年8月のマイナーチェンジを期に廃止されている。月刊販売台数は常に2000台以上を維持しており、ライバル車の日産サファリ、三菱パジェロを大きく突き放し好調な売り上げを維持していた。


  • 略歴

1998年1月フルモデルチェンジで100系に進化。キャッチフレーズは「Made in Earth」。

2002年8月にマイナーチェンジを実施。ATが5速化され、エンジンの馬力向上、内外装が変更された。また大径アルミホイールを全車に標準装備。バンVXは廃止された。又、バン全車は、同年10月より施行された「自動車NOx・PM法」の規制対象車となったため、規制対象地域では、購入する事が出来なくなった。

2005年にはテールランプがLED化され、背面スペアタイヤが廃止された。これはミニバン全盛期となって90年代のRVブームの時のような格好がもてはやされなくなったためである。

平成17年排出ガス規制に適合しないことを理由に、2007年7月に日本国内向けの生産を終了し後の200系へとバトンタッチされた。


  • 100系の主な特徴

80系との一番の変更点はフロントの足回りであり、コイル・リジッドサスからトーションバーダブルウィッシュボーン式独立懸架サスへと変更、操舵方式もボールナット式からラック&ピニオン式へと変化を遂げ、より操安性重視となった。このことによりオフロードでの走行性能が下がったとの指摘が専門家やマニアたちの間であったが、エアサスによるハイトコントロール機能などが設定されており「ランクル」ブランドの名に恥じることのない走破性能を維持していた。その内装の豪華さ、V8エンジンの静粛性は発売後から好評で、「オフロードのセルシオ」とまで言われた。

だが一方で前述のようにエアサスが装備されたり(Gセレクションには標準装備)、多くの機械が電子制御化されて本格派オフローダーとしては走行面での信頼性が下がるなどし、また海外(特に東南アジア)での高級乗用車としての需要度が高まり、ランドクルーザー100だけを狙った窃盗団による窃盗の被害が続出し、高級化路線を狙ったことによる弊害もあった。

また途中追加されたシグナスは100系の中の一部のグレードなのか、それとも全く別の車なのかということでユーザーの混乱を招いた。シグナスにはGセレクションと同じ装備に加えレクサスLX 専用装備となる電動リアサイドガラスオープナー、エンジンフードやドア内部の防音装備の強化などが計られていた。そのような小さな差異だったゆえ、シグナスを100Gセレクションの単なる顔違いだと思っていたユーザーは数多い。

コルゲーテッドロード(corrugated road)を多く持つオーストラリアからの強い要望で、80系のコイル&リジッドのフロント足回りを100系に移植させた「105系」と呼ばれるモデルが設定され、主にオーストラリア向けとして生産されていた。5MTとディーゼル(ターボ無し)のみの設定で、サイドガーニッシュも付いておらず「バン」を強く意識したモデルだったが、そのランクルらしいたたずまいを好んだ一部の愛好家からは少量であるが逆輸入されていた。

北米向けはLX470を含めライトデューティー仕様となっており、アイシンAW製の乗用車用4A/Tを積んでおり、その他の仕向け地用のアイシン精機製のライトトラック用4A/Tを持つものに比べ、重量が40kgほど軽くなっていた。後に5A/Tに変更されている。


200系(2007年 -)

トヨタ・ランドクルーザー200系
製造期間 2007年 -
ボディタイプ 5ドアSUV
エンジン 2UZ-FE型 4.7L V8 DOHC 288ps/45.7kgm
トランスミッション 5速AT
サスペンション 前:ダブルウィッシュボーン
後:トレーリングリンク車軸式
駆動方式 4WD
全長 4950mm
全幅 1970mm
全高 1880mm
ホイールベース 2850mm
車両重量 2900 - 2940kg
乗車定員 8人
先代 トヨタ・ランドクルーザー100系
姉妹車/OEM レクサスLX570

2007年4月4日に、レクサス版である「LX570」がニューヨーク国際オートショーで発表されたのちの、同年9月18日に200系にフルモデルチェンジ。国内版200系はレクサス版のものとは外観が大幅に変更されており、歴代のランドクルーザーを意識させるデザインとなった。

レクサスLX570はATが6速化され、ガソリンV8エンジンは車名が表す通り、2007年モデルのタンドラとともに発表された5.7Lの「3UR-FE」が設定された。

日本国内向けの200系は100系に採用されていた2UZ-FE型をVVT-i化し出力を向上させたものを搭載し、ATも5速、ディスチャージヘッドランプサンルーフも装備されないままとなった。

この決定は日本国内におけるトヨタブランドレクサスブランドの住み分けを明確に示すためだと思われる[要出典]。また5.7Lという大排気量エンジンは日産タイタンアルマーダインフィニティQX56)などの北米でのライバルと対等に戦うための戦略であり、実際に日本国内ではそこまでの大きなエンジンは必要がない上に、税制面でのディスアドバンテージが大きいためであり、好調な販売台数が維持できないためであると見られている[要出典]

ランドクルーザーが登場する作品

TV・映画

  • GOOD LUCK!!』-(TV)-2003年TBS系-主人公の新海 元(木村拓哉)の愛車としてBJ40が登場。
  • 華麗なる一族』-(TV)-2007年TBS系-阪神特殊製鋼の構内連絡車としてFJ43が登場。
  • 牛に願いを』-(TV)-2007年フジテレビ系-獣医・加藤明(中村獅童)の巡回車としてHJ60V(ハイルーフ)が登場。
  • エンジン』-(TV)-2004年フジテレビ系-最終回で、主人公の神崎 次郎(木村拓哉)がフォーミュラーからラリーに転身した時にマシンとして100系が登場。
  • 60セカンズ』-(映画)-(Gone in Sixty Seconds, 2000年)-劇中で警察官が使用する車にLX450が登場。
  • 運命の女 』-(映画)-(Unfaithful, 2002年)-ダイアン・レイン扮するニューヨークの有閑マダムの愛車が100系。

ゲーム

  • 『グランド・セフト・オートIII』-プレイステーション2-100系登場。
  • 『チョロQ HG4』-プレイステーション2-40系登場。
  • 『エンスージア』-プレイステーション2-100系登場。

販売店


※東京トヨタディーゼルは1980年1月に解散されたため、以後は東京トヨタで販売。
※大阪トヨタディーゼルは1972年にトヨタカローラ大阪に組織変更されたため、以後は大阪トヨペットで販売。
※名古屋トヨタディーゼルは1989年にトヨタカローラ名都に組織変更されたため、以後は愛知トヨタで販売。
※福岡トヨタディーゼルは1970年にトヨタカローラ福岡に組織変更されたため、以後は福岡トヨタで販売。
※宮城トヨタディーゼルは1969年にトヨタカローラ宮城に組織変更されたため、以後は宮城トヨタで販売。
※静岡トヨタディーゼルは1969年にトヨタカローラ東海に組織変更されたため、以後は静岡トヨタで販売。
※札幌トヨタディーゼルは1973年にトヨタカローラ北海に組織変更されたため、以後は札幌トヨタで販売。
※神戸トヨタディーゼルは1970年にトヨタカローラ兵庫に組織変更されたため、以後は兵庫トヨタで販売。
※横浜トヨタディーゼルは1970年にトヨタカローラ東急に組織変更されたため、以後は神奈川トヨタで販売。
※埼玉トヨタディーゼルは1969年にトヨタカローラ新埼玉に組織変更されたため、以後は埼玉トヨタで販売。
※千葉トヨタディーゼルは1969年にトヨタカローラ京葉に組織変更されたため、以後は千葉トヨタで販売。

  • トヨタ店
    • トヨタディーゼル店が設置されなかった地域では、その地域のトヨタ店が登場時から取り扱っていた。
    • 名古屋トヨタディーゼルが長らく存続していた都合で愛知県(愛知トヨタ)のみ1989年1月(60系/70系)から。
    • 大阪地区でも大阪トヨタが取り扱っていたが、2006年8月8日の社名変更により、現在は大阪トヨペットで取り扱う。

関連項目

外部リンク

ウィキペディアでの『トヨタ・ランドクルーザー』の改訂履歴
Text is available under GNU Free Documentation License

今日の旬ワード

1. 遊助
4. AKB48
5. Cocco