トヨタ・ランドクルーザー (Land Cruiser) とは、トヨタ自動車が製造する四輪駆動の自動車。
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日本のクロスカントリー型四輪駆動車の先駆けとなる車両である。その耐久性は世界中で高い評価を受けており、「紛争あるところにランクルあり」と言われるほどである。
NHKをはじめ各放送局の取材車や中継車としても利用されている。なお、同タイプの日本メーカー製車両としては三菱ジープや、日産パトロール(現・サファリ)がある。
「ランドクルーザー」という車名は、1954年6月より使用されており、2007年11月現在、一つの車名で継続生産されている日本製の自動車としてはもっとも長い歴史をもつ。(クラウン、トヨエースよりも古い。)
通称は「ランクル」。
「ステーションワゴン」、業務用途の「ヘビー系(ヘビーデューティー)」、そして、70系の派生車種であった、「ライト系(ライトデューティー)」と呼ばれるランドクルーザーII から発展した、「ランドクルーザープラド」の、車格も仕様もまったく異なる、三系列のシリーズが並行して生産、販売されている。
現在、ステーションワゴンは、日本製SUVで初めてV型8気筒エンジンを搭載した100系であり、直6ディーゼルエンジンや電動ウィンチなどが選べるランドクルーザー100(欧州名 アマゾン Amazon)と、元来レクサスLX470として開発された、スタイリッシュで高級志向の強いランドクルーザーシグナスとがある。
ランドクルーザーの源流は、ワークホースとしてのヘビー系にあり、現行モデル70系では長大な車体を持つ78と79のみ生産が続けられている。世界各国に輸出されているが、日本国内では貨物登録(1、4ナンバー)であり、NOx規制法およびPM規制条例により、2004年7月に販売を終了した。
ランドクルーザープラドは、タコマ、ハイラックスサーフとシャーシやエンジン、ドライブトレインの多くを共有するモデルで、2ドアのショートと4ドアのロングのバリエーションを持ち、V6ガソリンエンジンと、直4のガソリン、ディーゼルエンジンを積む。ランクルワゴンの伝統に則り、乗用車なみの装備を持つワゴンと、業務用途の簡素なバンをラインナップしている。欧州やアフリカでの名称には「プラド」は使われず、ランドクルーザーのみである。
ランドクルーザーシグナスは海外のレクサスブランドでLX470として販売されていたものを日本国内販売したものである。ランドクルーザープラドも北米ではレクサスブランドからGX470として販売されている。シグナスおよびプラドはV型8気筒・4700ccの2UZ-FEを搭載している。
戦時中、トヨタによって少数が生産された、日本陸軍四式小型貨物車こと「AK10型」四輪駆動車は、フィリピンで鹵獲された通称「バンタム・ジープ」をコピーして設計された。その際、軍部から、識別のため「外観はジープに似せない事」とする旨の指示があった。機能がそのまま外観に表れるジープでは、それは容易なことではなかったが、生産型は資材の窮乏も伴い、簡易外装に一つ目ライトの、いわゆる「戦時型」となり、結果的にまったく別物の外観となった。
「AK10型」はフロントにリーディング・アームのサスペンションを持ち、AE型乗用車のC型エンジン(初代 4気筒 2.585cc)と3速T/M、2速T/Fを組み合わせていることからも判るとおり、BJ型以降のランクルと直接のつながりは無い。
また、トヨタは、KYC型トラックと、それをベースとした水陸両用トラックの陸軍「スキ」(1943年から198台生産)でも4輪駆動(総輪駆動)車を手がけた経験があり、AK10型に比べ、これらの構成の方がBJ型に通ずるものがある。
警察予備隊(現・自衛隊)への納入を狙い、トヨタ・ジープBJ型として開発され、1951年に試作車が完成した。
シャーシは小型トラックSB型の梯子形フレームを改良して四輪駆動とし、エンジンは当時の6tトラック用に用いられていた6気筒OHV、3,400ccの初代B型ガソリンエンジンを採用、トランスミッションもトラック用を流用した。粘り強く、出力に余裕のあるエンジン特性と、ギアリングが低いことから、トランスファーは1速で済ませている。「B型」エンジンを搭載した「Jeep」型車ということで、型式は「BJ型」となった。
当時のトヨタには、ウイリス・ジープに匹敵する性能の4気筒エンジンがなかったため、やむを得ず大きな6気筒を搭載したが、そのことで、かえって強力になり、重量、燃費以外の性能では、当時のウイリス・ジープを凌ぐ結果となった。
警察予備隊の入札では、三菱がライセンス生産するウイリス・ジープが採用された。米軍との間に密約があり、出来レースであったとの噂もあるが、第二次世界大戦での実績が示すように、ウィリス・ジープは軽量なうえ、トータルバランスに優れており、頑丈さと強馬力が取り柄の、重く、未成熟な当時のBJ型には及ばない点が多い。
トヨタとしては当初の目的は果たせなかったが、国家地方警察(国警:こっけい)のパトロールカーとして採用、納入され、好評を得ることとなる。
基本型の「BJT型」(ツーリング)、無線連絡車の「BJR型」(ラヂオ)、消防用シャーシの「BJJ型」(略号Jの意味は不明)の3タイプがカタログモデルとされ、その他の「変り型」は特装扱いとした。
1960年1月発売開始。20系のフルモデルチェンジ版として登場した。
すでに20系が30番台の数字を使っていたため、型式は40とされた。
40系は1984年11月に70系にフルモデルチェンジされるまで、24年にわたり販売され続け、超ロングセラーモデルとなった。
そのため、世界各国で業務用として今なお現役のものも多く、また、趣味の世界でも、「ヨンマル」、「フォーティー」などの愛称で親しまれ、多くの愛好家に大切にされている。
など、主に高速走行を重視した快適性の向上と乗用車の雰囲気を盛り込むことが設計の主眼とされた。
乗用車ムードあふれるユニークなボディースタイル、4輪駆動車という特異な車であるにもかかわらず、乗用車を上回る安全性。高出力エンジンと理想的な車両重量配分と抜群の高速性能、と当時の解説書にはある。
北米市場を強く意識したモデルで、ランドクルーザーシリーズとしては初めて、工業デザイナー(社内)によるスタイリングを採用している。
北米でムース(へら鹿)とあだ名されることとなったフロントまわりや、大きくへこんだスライド式(電動、または手動の下降式)のリアウインドウなど、それまでの常識にとらわれない独特のスタイルとなった。
しかし現場経験の無い若手が担当したことから、パネル割りに不慣れな部分が多く、生産開始後も、ライン上でハンマーによる修正が必要となり、品質が安定するまでには多くの月日を要する結果となった。
北米の保安安基準に適合させるため、インストゥルメントパネルは発泡ウレタンのパッドで覆われ、ステアリングホイール中央にも大型パッドが設けられた。
パワートレインは40系と全く同じで、125馬力のF型ガソリンエンジンと、オフセット式の2速トランスファーに、コラムシフトの3速マニュアルトランスミッションが標準の組み合わせで、オプションでフロアシフトの3速と4速M/Tが選べた。ファイナルレシオ(デフの減速比)は3.700が標準とされた。3速M/Tは1速とリバースがノンシンクロであった。
その後、1969年にエンジン出力は130馬力に向上した。
北米以外の仕向け地についても、トヨタは55型にディーゼルエンジンを最後まで与えなかった。その点にこのモデルのポジショニングが良く表れている。
より実用的なモデルが必要な仕向け地には、H型ディーゼルエンジン搭載のHJ45(1967年~1980年 二代目FJ45と同じ、ホイールベース2950mmで2ドアのモデル)の各タイプが用意され、それを補っていた。
当初の予定どおり、生産台数の大半が北米をはじめとする海外へ輸出された。
国内では、高価であったこと、小型車枠を超えていたこと、ディーゼルエンジンが無かったことがネックであったと言われ、販売面では振るわなかった。
50「系」の開発計画は当初、ショートホイールベースの2ドアハードトップと、ロングホイールベースの4ドアステーション・ワゴンの二本立てであり、その時点では名実ともに50「系」であった。
2ドアモデルは1/10クレイモデルによるスタイリング検討まで行われており、このモデルが生産されていれば、FJ50型を名乗るはずであった。しかし、北米での販売が好調であったFJ40とのバッティングの可能性、販売価格、荒川車体の生産能力などを考慮した結果、2ドアモデルの計画は中止されることになった。
現在50番台の55、56型が50「系」ではなく、「型」と呼ばれる理由はここにある。
ちなみに、50「系」はブラジル・トヨタが生産する、ランドクルーザーのノックダウンから発展した「バンデランテ(Toyota Bandeirante)OJ、BJ50系(1954年~2001年11月)が名乗っている。
この区別はランクルに詳しい者以外にとっては非常に分かりづらいため、一般的には55、56「型」をまとめて50「系」、OJ、BJ50系は「バンデランテ」と車名で呼ばれることが多い。
1980年、ステーションワゴン、55型の後継車種として登場。
ガソリンエンジンは55型から変わらず6気筒、4.2Lの2F型であったが、新たに6気筒、4.0Lの2H型(国内は1982年から)と4気筒、3.4Lの3B型の2種のディーゼルエンジンが設定される。
ステーションワゴンのラインナップに初めてディーゼルエンジンが加わった。
消防車仕様は山間部を中心に配備されており、現在でも見ることができる。
1984年11月、それまでの40系に代わりデビュー。しかし40系のデザインとはかけ離れていたため、日本国内においては非難される事も多く、海外でも「ランクルは女になった」などと言われた。 足回りは前後共にリーフスプリングとリジッドアクスルの組み合わせだったが、1999年のマイナーチェンジにおいて前軸のみコイルスプリングに変更された。 2007年3月オーストラリアを皮切りにフロント周りの意匠を大幅変更した新型がデビューした。 これは新型のV型8気筒ディーゼルエンジン(4,461cc、インタークーラーターボ)を今までの狭いエンジンベイに収めるにあたり、余裕がなかったためと思われる。 ちなみに1984年のデビュー以降、フロントマスクの変更は3度行われたが、全体が大きく変更されたのは今回が初めてとなる。
またWAGONが新たに設定され、かつては日本国内専用であったセミロングホイールベースが、再びカタログモデルとなった。
なお以降の説明は日本国内向けを中心として行うが、一部海外向けの記述も時系列上載せている。
70系のライトデューティー版派生種として、1984年11月に登場(国内は1985年10月)。
エンジン、トランスミッション、デフなどをハイラックス/ハイラックスサーフと共用、サスペンションとスプリングは国産4輪駆動車初の、4輪コイルリジッドとなる。
仕向け地により、ランドクルーザー、ランドクルーザーII(2)、ランドクルーザーワゴン、バンデラの名を使い分ける。
1990年4月、4ドア・セミロングボディーの追加に伴い、「PRADO」(プラド)のサブネームが与えられる。(トヨタ・ランドクルーザープラドも参照)
ランドクルーザー80
エンジンに、3F-E(1990~1992)、1FZ-FE(1992~1997)、1HD-T(1990~1995)、1HD-FT(1995~1997)、1HZ(1990~1997)を採用
1989年10月、60系がフルモデルチェンジされ、80系が登場。ボディサイズが一回り大きくなりメインマーケットが北米やオーストラリア向けに開発されたモデルとなる。 一番の変更点はパワートレインで60系のパートタイム方式からセンターデフロック付のフルタイム方式へと変更、但しバンの一部グレードにはパートタイム4WD(スタンダード、GX)も用意されていた。サスペンションは、前後共にコイルスプリングを採用したリジッドアクスル。8人乗りのワゴンと5人乗りのバンが用意されており、エンジンはワゴンがガソリン、バンはディーゼルを搭載していた。 80系へと進化したことにより装備もゴージャス化されSUV化され始めたモデルであったが、オフロード性能はランクルの名に恥じない走りを見せた。100系はオンロード重視となりオフロード性能が落ちた為、あえて80系に乗り続けるユーザーも少なくない。バンではキャンピングカーに改造された車も見られ、メーカー純正のキャンピングカー仕様車「アクティブヴァケーション」も設定されていた。
バックドアは、スタンダード(1989年~1993年)とGX(1993年~1998年)が70系同様、左右の幅が異なる観音開き、VXとVXリミテッドが上下開きを採用した。尚、スタンダードにはオーバーフェンダーが装着されなかったが、GXについては後期型(1996年~1998年)のワゴン及びバンのディーゼルターボに装着されていた。
1995年にマイナーチェンジされた時は、テレビ及びラジオコマーシャルが放映された(CMソングは白鳥英美子が担当、使用車両はバンVXリミテッド)。
オーストラリアでは、地元においてアトラクションツアー用に改造された、荷物室を窓1つ分延ばし、後ろの車軸を2軸とした、6輪車が存在した(後後軸にはデフは装備されていない)。
プラド専用形式のため省略、トヨタ・ランドクルーザープラドを参照
ランドクルーザー100にはワゴンとバンの使用があり、グレードは下からVX,VX Limited, VX Limited G selection。そして途中追加されたレクサスLX470の国内版のランドクルーザーシグナスがある。シグナスは4灯ヘッドライト、大径クロームメッキホイールという外観の違いがある。エンジンには当時の国産車ではセンチュリーを除き事実上量産車最大排気量となるV8,4700cc,DOHCの2UZ-FEを採用。バンは4.2リッターディーゼルターボのみ。前期型バンのVXには5速MTが設定されていたが、2002年8月のマイナーチェンジを期に廃止されている。月刊販売台数は常に2000台以上を維持しており、ライバル車の日産サファリ、三菱パジェロを大きく突き放し好調な売り上げを維持していた。
1998年1月フルモデルチェンジで100系に進化。キャッチフレーズは「Made in Earth」。
2002年8月にマイナーチェンジを実施。ATが5速化され、エンジンの馬力向上、内外装が変更された。また大径アルミホイールを全車に標準装備。バンVXは廃止された。又、バン全車は、同年10月より施行された「自動車NOx・PM法」の規制対象車となったため、規制対象地域では、購入する事が出来なくなった。
2005年にはテールランプがLED化され、背面スペアタイヤが廃止された。これはミニバン全盛期となって90年代のRVブームの時のような格好がもてはやされなくなったためである。
平成17年排出ガス規制に適合しないことを理由に、2007年7月に日本国内向けの生産を終了し後の200系へとバトンタッチされた。
80系との一番の変更点はフロントの足回りであり、コイル・リジッドサスからトーションバー・ダブルウィッシュボーン式独立懸架サスへと変更、操舵方式もボールナット式からラック&ピニオン式へと変化を遂げ、より操安性重視となった。このことによりオフロードでの走行性能が下がったとの指摘が専門家やマニアたちの間であったが、エアサスによるハイトコントロール機能などが設定されており「ランクル」ブランドの名に恥じることのない走破性能を維持していた。その内装の豪華さ、V8エンジンの静粛性は発売後から好評で、「オフロードのセルシオ」とまで言われた。
だが一方で前述のようにエアサスが装備されたり(Gセレクションには標準装備)、多くの機械が電子制御化されて本格派オフローダーとしては走行面での信頼性が下がるなどし、また海外(特に東南アジア)での高級乗用車としての需要度が高まり、ランドクルーザー100だけを狙った窃盗団による窃盗の被害が続出し、高級化路線を狙ったことによる弊害もあった。
また途中追加されたシグナスは100系の中の一部のグレードなのか、それとも全く別の車なのかということでユーザーの混乱を招いた。シグナスにはGセレクションと同じ装備に加えレクサスLX 専用装備となる電動リアサイドガラスオープナー、エンジンフードやドア内部の防音装備の強化などが計られていた。そのような小さな差異だったゆえ、シグナスを100Gセレクションの単なる顔違いだと思っていたユーザーは数多い。
コルゲーテッドロード(corrugated road)を多く持つオーストラリアからの強い要望で、80系のコイル&リジッドのフロント足回りを100系に移植させた「105系」と呼ばれるモデルが設定され、主にオーストラリア向けとして生産されていた。5MTとディーゼル(ターボ無し)のみの設定で、サイドガーニッシュも付いておらず「バン」を強く意識したモデルだったが、そのランクルらしいたたずまいを好んだ一部の愛好家からは少量であるが逆輸入されていた。
北米向けはLX470を含めライトデューティー仕様となっており、アイシンAW製の乗用車用4A/Tを積んでおり、その他の仕向け地用のアイシン精機製のライトトラック用4A/Tを持つものに比べ、重量が40kgほど軽くなっていた。後に5A/Tに変更されている。
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ラリーレイド仕様車 |
| トヨタ・ランドクルーザー200系 | |
|---|---|
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| 製造期間 | 2007年 - |
| ボディタイプ | 5ドアSUV |
| エンジン | 2UZ-FE型 4.7L V8 DOHC 288ps/45.7kgm |
| トランスミッション | 5速AT |
| サスペンション | 前:ダブルウィッシュボーン 後:トレーリングリンク車軸式 |
| 駆動方式 | 4WD |
| 全長 | 4950mm |
| 全幅 | 1970mm |
| 全高 | 1880mm |
| ホイールベース | 2850mm |
| 車両重量 | 2900 - 2940kg |
| 乗車定員 | 8人 |
| 先代 | トヨタ・ランドクルーザー100系 |
| 姉妹車/OEM | レクサスLX570 |
2007年4月4日に、レクサス版である「LX570」がニューヨーク国際オートショーで発表されたのちの、同年9月18日に200系にフルモデルチェンジ。国内版200系はレクサス版のものとは外観が大幅に変更されており、歴代のランドクルーザーを意識させるデザインとなった。
レクサスLX570はATが6速化され、ガソリンV8エンジンは車名が表す通り、2007年モデルのタンドラとともに発表された5.7Lの「3UR-FE」が設定された。
日本国内向けの200系は100系に採用されていた2UZ-FE型をVVT-i化し出力を向上させたものを搭載し、ATも5速、ディスチャージヘッドランプやサンルーフも装備されないままとなった。
この決定は日本国内におけるトヨタブランドとレクサスブランドの住み分けを明確に示すためだと思われる[要出典]。また5.7Lという大排気量エンジンは日産タイタン、アルマーダ(インフィニティQX56)などの北米でのライバルと対等に戦うための戦略であり、実際に日本国内ではそこまでの大きなエンジンは必要がない上に、税制面でのディスアドバンテージが大きいためであり、好調な販売台数が維持できないためであると見られている[要出典]。
※東京トヨタディーゼルは1980年1月に解散されたため、以後は東京トヨタで販売。
※大阪トヨタディーゼルは1972年にトヨタカローラ大阪に組織変更されたため、以後は大阪トヨペットで販売。
※名古屋トヨタディーゼルは1989年にトヨタカローラ名都に組織変更されたため、以後は愛知トヨタで販売。
※福岡トヨタディーゼルは1970年にトヨタカローラ福岡に組織変更されたため、以後は福岡トヨタで販売。
※宮城トヨタディーゼルは1969年にトヨタカローラ宮城に組織変更されたため、以後は宮城トヨタで販売。
※静岡トヨタディーゼルは1969年にトヨタカローラ東海に組織変更されたため、以後は静岡トヨタで販売。
※札幌トヨタディーゼルは1973年にトヨタカローラ北海に組織変更されたため、以後は札幌トヨタで販売。
※神戸トヨタディーゼルは1970年にトヨタカローラ兵庫に組織変更されたため、以後は兵庫トヨタで販売。
※横浜トヨタディーゼルは1970年にトヨタカローラ東急に組織変更されたため、以後は神奈川トヨタで販売。
※埼玉トヨタディーゼルは1969年にトヨタカローラ新埼玉に組織変更されたため、以後は埼玉トヨタで販売。
※千葉トヨタディーゼルは1969年にトヨタカローラ京葉に組織変更されたため、以後は千葉トヨタで販売。