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| 種類 | 株式会社(非上場) |
|---|---|
| 本社所在地 | 〒106-0032 東京都港区六本木5-14-35 ビーイング鳥居坂ビル2F (大阪本社:大阪府大阪市西区北堀江1-3-20) |
| 設立 | 1978年11月1日 |
| 業種 | サービス |
| 事業内容 | 音楽コンテンツ制作、 音楽ソフト製造、 音楽コンテンツ配信 |
| 代表者 | 升田年則 |
| 資本金 | 1,000万円 |
| 売上高 | 69億円(2005年3月期) |
| 従業員数 | 単体50名 |
| 決算期 | 3月31日 |
| 主要子会社 | ビーインググループ一覧参照 |
| 関係する人物 | 長戸大幸 |
| 外部リンク | http://www.beinggiza.com/ |
ビーイング(Being,Inc.)は1978年に東京都港区に設立された、大手の音楽制作会社である。創業者は長戸大幸。ビーインググループと呼ばれる関連企業約60社を傘下にもつ[1]。
目次 |
B'zや倉木麻衣などの大物アーティストが所属する、1990年代前半に一世を風靡した音楽プロダクションである[2]。 当初は小さなマンションの中にある音楽事務所であったが[3]、関連企業約60社を持つ企業に成長した。1993年においては、不況のさなかビーイング系アーティスト(B'z、ZARD、WANDSなど)は450億円前後を売上げ、業界の7%を占めた[4]。ただし、こうした中でも大半のアーティストのテレビへの出演を断っていたという[5]。
1998年頃からは音楽事業からの資金を元手に不動産投資事業に参入、「ビープラネッツ」をはじめとした不動産子会社が大阪市西区北堀江周辺に30棟以上のビル・マンションを取得・保有し、hills パン工場の「THURSDAY LIVE」などによって北堀江を若者の街に変化させた[2]。その後不動産事業を拡大させ、関西地区で「オーク四ツ橋ビル」などビル・マンションを2006年までに約100棟取得、2008年3月には大阪市福島区(大阪大学病院跡地)に高級賃貸マンションと多目的ホールを完成させる予定であると報じられている[6]。
以下のように作詞家・作曲家・アレンジャーが多数所属している(いた)。
B'zやZARDの曲に大黒摩季、生沢佑一(TWINZER)がコーラスで参加するなど、グループ内での交流が盛んであった。BAADの大田紳一郎(現doa)はZARDの曲で味わいのある男声コーラスをしている。また本人コーラスの多重録音をロック系サウンドに乗せるといったJ-POPへの普及は、自ら作曲しコーラスアレンジも手がける生沢佑一、大田紳一郎、大黒摩季と宇徳敬子から始まったと言われ、後のビーイング内外への女性アーティストへの影響も大きい。
1993年当時、ビーイングの拠点は六本木にあり、そのスタジオでの様子をセピア調のジャケットや歌詞カードにして、TV露出を行わないながらアーティストイメージを印象付けた。レコーディング用マイクの前、ミキサー卓での作業風景、ギターやベースの楽器を持つ、ドラムセットに座るなどの姿を採用しているケースが多い。しかし、1997年頃からこのような写真はあまり使われなくなっていく。
外部側がビーイング系の楽曲製作では、松井五郎、秋元康、湯川れい子、大津あきら、ジョー・リノイエ、馬飼野康二などが該当する。更に、GLAYのTAKUROが松本孝弘のソロ作品で共同制作をしたことがあった。最近では、葉山たけしが脱退後も、ZARDなどの楽曲を製作している。
上記とは逆に、織田哲郎が、MAGIC、相川七瀬のプロデュースを手がけた事があり、更には、松本孝弘が、宇都宮隆、MISIA、KAT-TUNを、大島こうすけがZweiを、後藤康二が伊藤由奈の楽曲を手がけた。
楽曲の参加では、ZARDが楠瀬誠志郎と、織田哲郎が美久月千晴と、RidingがTHE ALFEEの坂崎幸之助とのレコーディングでのコラボレートを実現した。逆に、DIMENSIONでは、結成以前から誰彼構わず主義であり、ジャニーズ事務所所属歌手のレコーディングに参加している。
アニメ作品のOP/EDテーマを提供するタイアップ戦略で、好きな作品の関連商品に対する出費を惜しまないアニメファンへのアピールも積極的に行っている。その代表格といえるのが『スラムダンク』で、番組開始から終了まで一貫してビーイング系アーティストがOPとEDを担当。楽曲が作品内容にマッチしていた事もあって高い支持を得た。
ここ最近は小学館発行のマンガを原作とする作品との繋がりが強く、『名探偵コナン』や『結界師』、既に放送を終了しているものでも『格闘美神 武龍』『PROJECT ARMS』『メルヘヴン』などに放送開始時から楽曲を提供している(ちなみにこれらの作品の版権管理は、小学館プロダクションが行っている)。なお「ビーイング系サウンド」のヒット以前には、キングレコードが音盤を発売していたアニメ『超攻速ガルビオン』の音楽プロデュース/音楽制作等も担当していた。
アニメ以外でもビーイング系アーティストのリリースする曲の大半はCMやドラマなどのタイアップがついており、メディア出演をしないでも多くの人が自然と耳にするようになっていた。
1997年から、所属アーティストの全体的な売り上げが下降気味になり、1999年以降90年代のビーイングを支えてきた織田哲郎、栗林誠一郎、大黒摩季、DEENらがビーイングから移籍し、WANDS、T-BOLAN、FIELD OF VIEWらの解散が続きブームが終焉、90年代から実質引き続き残ったのはB'z、ZARD、TUBEだけになった。
1998年前後から、大阪心斎橋に拠点を移し、GIZA studioがメインとなる。以前のビーイングサウンドよりR&B寄りやUKロック的な音楽を指向するようになり、他社のアーティストと明確な楽曲やアレンジ上の差異は1993年前後に比べて少なくなったが、アニメ・ゲームタイアップで活動する手法は変わっていない。
1998年~2000年の間に、小松未歩のブレイク、倉木麻衣の大ヒット、名探偵コナンタイアップ作品で愛内里菜がスマッシュヒットをとばすなど、一時期女性アーティストの柱が立ったが、近年の音楽市場低迷で、安易なタイアップではヒットが出せなくなっており、稲葉浩志のソロ活動、新人歌手を稲葉浩志、増崎孝司にプロデュースさせるなどバーター手法を多用している。
2002年以降はB'z、ZARD、倉木麻衣、愛内里菜らが着実に売り上げを確保していたが、最近は4アーティストとも全盛期より売り上げを激減させている。また、2007年にはZARDの坂井泉水が死去したため、ファンなどにより今後がさらに不安視されているが、東京にNORTHERN MUSIC(倉木麻衣、スパークリング☆ポイント、滴草由実がGIZA studioから移籍)を設立し、再起を図っている。
2007年からは、従来のR&B寄りやUKロック的な音楽は基より、ジャズやボサノバなどに力を入れるようになり、2007年9月現在まででGIZA studioから4組(Gulliver Get、早川えみ、小泉ニロ、中島紅音)がデビューしており、比較的年齢層の高いファンを獲得しようとしている。
ビーインググループ一覧を参照
など。
直接、ビーイング所属ではないがビーイングに所属している人物がプロデュースしたことのあるアーティストなど。ただし、該当人物がビーイングに所属する前やビーイングから移籍・解散した後などビーイングと無関係な期間は除く。
| グループ企業 |
|---|
| ビーイング - Ading - B-VISION - GIZAクリエイターズスクール - hills パン工場 - J-DISC Being - LOOP - VERMILLION - White Dream - ZAIN ARTISTS - エムアールエム - 泉水 |
| レーベル |
| :VERMILLION RECORDS - B-Gram RECORDS - ZAIN RECORDS - NORTHERN MUSIC - GIZA studio - BERG レーベル |
| その他 |
| 長戸大幸 - at the BEING studio - COUNTDOWN BEING - ビーイングブーム |