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フォルクスワーゲンとは、ドイツ・ニーダーザクセン州のヴォルフスブルクに本社を置く自動車メーカー「フォルクスワーゲン株式会社」(Volkswagen AG)、及び同社が製造する自動車ブランドの一つ。
狭義には、同社初の生産車であり、半世紀以上に渡って2152万台が生産されて世界的ベストセラーとなった小型乗用車『フォルクスワーゲン・タイプ1』を指す場合もある。
同社は8つの自動車ブランド、19ヶ国に44工場を所有する。また、サービス拠点、販売拠点を多数維持するほか金融部門も運営する。ルノーやフィアットと並び、ヨーロッパを代表する大手自動車メーカーである。
世界でのグループの販売台数はGM、トヨタ、フォード、ルノー・日産アライアンスに次ぎ第5位の規模を持つ。前述4グループとダイムラー・クライスラーグループと共に世界6大グループの一角。詳細はフォルクスワーゲングループの項を参照のこと。現在グループ会長は元フォルクスワーゲン社長のフェルディナント・ピエヒ、経営の実質的トップは前アウディ社長のマーティン・ヴィンターコーンCEO。
目次 |
旧フォルクスワーゲン製造会社は第二次世界大戦前にナチス政権の国策企業として設立された。フォルクスワーゲン社自身による年表でも1937年設立となっているが、会社としては第二次世界大戦終戦後のイギリス軍管理下で改組されたもので、工場と製品設計のみを継承した形となっている。
その後西ドイツ政府へ移管され、1960年までは国営。そのため「フォルクスワーゲン法」という特別な法律が制定された。この法律により、投資家はどんなに株を買っても議決権の20%までしか保有できないようになっているほか、筆頭株主がニーダーザクセン州であるなど、通常の一般企業とは異なる面をもつ。
なお、フォルクスワーゲン法は欧州委員会から欧州連合の法令に違反していると指摘されたために、廃止される方向である。このため、安定株主を確保する必要に迫られたフォルクスワーゲン社は、歴史的に繋がりが深く、業務提携関係にあるポルシェに株式提携を要請。2005年9月、ポルシェはフォルクスワーゲン社の株式の20%を取得し、筆頭株主になると発表した。
乗用車ビジネスはフォルクスワーゲンおよびアウディの2ブランド制をとっており、フォルクスワーゲン・ブランドには、シュコダ(Skoda)、ベントレー(Bentley)、ブガッティ(Bugatti)が含まれ、アウディ・ブランドにはアウディ(Audi)、セアト(SEAT)、ランボルギーニ(Lamborghini)が含まれる。それぞれのブランドは市場で独自のアイデンティティを持ち、また独立した企業運営がなされている。
商用車ビジネスには別途のブランドとして商用車部門(Volkswagen Commercial Vehcles Company)が設けられ、トラック、バス、バン、キャンピングカーを含む。
8つのブランド全体を指す場合、ドイツ語で Volkswagen-Konzern (フォルクスヴァーゲン・コンツェルン)、英語でThe Volkswagen Group(フォルクスワーゲン・グループ)という表現をフォルクスワーゲン社自らがよく使用している。
フォルクスワーゲン(Volkswagen)は、ドイツ語で「国民車」または「(ドイツ)民族の乗用車」の意 (英語への直訳"People's car")。
"Volkswagen"のドイツ語発音は 「フォルクスヴァーゲン」、英語発音は 「ヴォルクスワグン」であり、日本では "Volks" 部分をドイツ語読み、"wagen" 部分をローマ字読みした、輸入会社「ヤナセ」考案の「フォルクスワーゲン」という呼び方が慣例的に用いられていた。
フォルクスワーゲン社の日本法人が1983年7月に『フォルクスワーゲン 株式会社』として設立されたことにより、ドイツ語と日本流ローマ字読みの混合名称は公式に追認された形である。現在はフォルクスワーゲン グループ ジャパン株式会社に改名している。
日本では『フォルクスワーゲン』およびその短縮形の『ワーゲン』は長い間、同社の『フォルクスワーゲン・タイプ1』を指す愛称として用いられてきた。本国ドイツではこれを「カブトムシ」を意味する『ケーファー(Käfer)』と呼び、英語圏では同意の『ビートル(Beetle)』の呼称が広く用いられた。日本でも「ビートル」の愛称はよく知られている。アメリカでは単に『虫(バグ、Bug)』とも愛称されるが、日本ではビートルを趣味の対象とするマニア内の用語に留まっている。
アドルフ・ヒトラーが1934年のベルリンモーターショウで提唱した国民車(フォルクスワーゲン)計画に従い、著名な自動車設計者であるフェルディナント・ポルシェによって、進歩的なメカニズムを備えた流線型のリアエンジン小型車が開発された。後のフォルクスワーゲン・タイプ1となる車である。1936年に最初の試作車を完成、1938年に発表された。
当初、ヒトラーはこの車を「フォルクスワーゲン(国民車)」と称していたが、最終的に1938年に、「KdF-Wagen(歓喜力行団の車)」と命名した。歓喜力行団とは、ドイツ労働戦線の一部局で労働者の余暇活動を活性化させる組織を指し、文字通り「ナチス政権下の国民車」としての意義を強調するものであった。
生産のために1937年5月28日 Gesellschaft zur Vorbereitung des Deutschen Volkswagens GmbH(フォルクスワーゲン準備会社)が創立され、1938年9月16日 Volkswagenwerk GmbH(フォルクスワーゲン製造会社)と名称変更。この国民車の大量生産を期し、歓喜力行団の車を生産する街 (Stadt des KdF-Wagens) までもが新しく建設された。
しかし、1939年9月に第二次世界大戦が始まると、フォルクスワーゲン製造会社は軍需生産に移行、歓喜力行団の車をベースにしたキューベルワーゲン等の軍用車両を生産、民需のフォルクスワーゲンを生産することはなかった。フォルクスワーゲンを購入するために労働者は余暇活動組織 歓喜力行団を通じて積立金を支払っていたのであるが、民需生産の中止により、実際の納車はなされなかった。
戦時中のフォルクスワーゲン製造会社の生産ラインには、ポーランド、ウクライナ、ロシア、ベラルーシ、イスラエル、オランダ、フランス、オーストリアなど、近隣諸国からの約2万人もの(フォルクスワーゲン社史より)強制労働者、戦争捕虜、のちにはアウシュヴィッツ収容所の収容者が送り込まれ、日々死に直面しながら、過酷な労働を強いられた(そして実際に死に至る者も多かった)。
設計者であるポルシェも、キューベルワーゲン、シュビムワーゲン以外にティーガー戦車を含めた軍用車輌開発に従事していた。そのような情勢で、フォルクスワーゲン計画は立ち消えた形になったのである。
現在のフォルクスワーゲン社は、戦前のフォルクスワーゲン製造会社とは別会社ではあるが、ドイツ政府とは別に、1998年に一企業として戦争補償プログラムをはじめた。フォルクスワーゲンの長い歴史においては、このような光と影の両面を理解する必要がある。
第二次世界大戦の欧州戦がドイツの降伏によって終結すると、ドイツ全土は連合軍の占領下におかれた。KdF工場はソ連に接収され、やがて撤去されようとしていたが、重要性に気づいたイギリス軍が最終的に管理下においた。工場所在地の「KdF市」というナチスじみた地名も、近くにある城の名前に因んでヴォルフスブルク(狼の城)と改名された。
KdF車は、戦後のイギリスの主要自動車メーカーからも調査の対象となったが、その進歩性・合理性を、保守的な英国車メーカーの技術者たちは理解できず、「評価に値しない車」として看過された。このため、却ってイギリスに設計を収奪されるような事態が起こらなかったことは、フォルクスワーゲンにとって幸運であった。
フォルクスワーゲンにとっての更なる幸運は、理解あるイギリス軍少佐のアイヴァン・ハーストが工場管理者となったことであった。ハーストはKdF車の将来性と、ドイツ人労働者の高い資質を見抜き、リーダーシップを取って、戦禍によって廃墟同然となった工場を復興させた。その結果、1945年中にはフォルクスワーゲン社が改組され、KdFも「フォルクスワーゲン・タイプ1」に車名を変更して生産を再開、1947年からは輸出も開始したのである。
1948年1月、戦前にドイツ最大の自動車メーカー・オペルの幹部であったハインリッヒ・ノルトホフがフォルクスワーゲン社長に任命された。就任にあたり、ノルトホフは工場の労働者に自身の信念を語っている。
爾来、辣腕のノルトホフに率いられたフォルクスワーゲン社は、ヒトラーの数少ない「正の遺産」である「タイプ1」を中心に、その言葉の通り戦後の社業を拡大して行くことになった。
主力モデルである「タイプ1」は、その耐久性と経済性、そして優れたアフターサービス体制で世界の市場から圧倒的な支持を得ることに成功した。「ビートル」の愛称で広く親しまれたこの古風な流線型車は、アメリカをはじめ全世界に大量輸出され、貴重な外貨を獲得して西ドイツの戦後復興に貢献した。2003年のメキシコ工場における生産終了時点までに生産された台数は2,152万台以上に上り、モデルチェンジなしでの1車種としては未曾有の量産記録となっている。おそらく今後もこれを破る記録は現れないであろう。
フォルクスワーゲンはタイプ1の設計をベースとした派生車種を多く送り出したが、中でも1950年に発表したキャブオーバー・ワンボックス車の「タイプ2」は、貨客搭載力と乗り心地を両立させた優秀な汎用車として大人気を博した。
1965年には、生産体制強化のために従来ダイムラー・ベンツ傘下にあったアウトウニオン社(Auto Union GmbH)を買収。今日のアウディAGの前身である。
だがビートルの余りに大きすぎた成功は、後継モデル開発の妨げともなった。「フォルクスワーゲンすなわちビートル」というイメージの強さ、空冷リアエンジン方式というレイアウトが1960年代に陳腐化したにも関わらず、根本的変更が遅れたことなどが災いし、新型車を世に問うても決定打を欠くという低迷期が、1960年代後半以降長く続いた。
フォルクスワーゲンは、傘下としたアウトウニオン(アウディ)系の前輪駆動技術をも応用して、1970年以降の新型車について前輪駆動化への動きを進めた。
1974年に至り、スペース効率に優れた前輪駆動のハッチバック車ゴルフを開発し、その機能性が市場に受け容れられてベストセラーとなった。ようやくビートルを代替できるモデルを得たのである(タイプ1シリーズはドイツ本国での生産を1978年に終了した)。以来、その延長線上に各種の機能的な小型車を多数送り出し、ヨーロッパを代表する大衆車メーカーとしての地位を確立した。
1980年代以降は、それ以前の南米などへの工場展開のみならず、既存メーカーの買収をも進めるようになっている。1984年には、上海汽車(Shanghai Automotive Industry Corporation)との提携で中国市場へ参入。また1991年にはチェコの老舗メーカーであるシュコダ社(Skoda)、1996年にはかつてフィアット系だったスペインのセアト社(SEAT S.A.)を傘下に入れ、東欧・南欧での拠点をも確保した。
2002年から、グループの乗用車ビジネスはフォルクスワーゲンブランドおよびアウディブランドの2系列となっている。
2007年時点では、本国ドイツの他、メキシコ・ブラジル・中国などに生産拠点を置き、VWと同格位置づけの会社としてアウディが存在するほか、フォルクスワーゲン傘下のグループ企業として・シュコダ(チェコ)・セアト(スペイン)・ベントレー(イギリス)、及びアウディ傘下のランボルギーニなどのブランドを抱える多国籍企業となっている。
また近年では高級SUVであるトゥアレグや高級セダンフェートンなどを発売し、社名そのものの大衆車メーカーから、高級車も手がけるブランドへと変貌を図っている。
2004年度の段階で、フォルクスワーゲンは日本において最も売上台数の多い輸入車ブランドとなっている。
2005年9月、創業時から関係の深いポルシェがフォルクスワーゲンAGの株式を買収、筆頭株主となった。
詳細はフォルクスワーゲン グループ ジャパンを参照
中国では、業界1、2位を争う大手の上海汽車、第一汽車双方と生産・販売協定を行っている。フォルクスワーゲンは中国において国外の自動車メーカーで最初に合弁企業を設立した会社である。また部品工場も保有する。ちなみに中国での商標は、「フォルクスワーゲン=人々の車」の意を表現し、(もはやVWは大衆車ではないにもかかわらず)「大衆」で、中国語で表記すると「大众」となる。また、「众(衆)」の字はVWのロゴマークとよく似ている。
なお、2008年開催予定の北京オリンピックの(中国国内でのみ権利のある)ローカルスポンサー(公式パートナー)となっている。
フォルクスワーゲングループ・ジャパンが総輸入元となり、国内販売ディーラーにはフォルクスワーゲングループ・ジャパンが展開している「Volkswagen」店「ファーレン」店と、販売提携先のトヨタ自動車のディーラーが手がけている「DUO」店がある。取り扱い車種に違いはない。