| ホンダ・1300 | |
|---|---|
| 99 S | |
| クーペ9 S | |
| 製造期間 | 1969年-1974年 |
| ボディタイプ | 4ドアセダン・2ドアクーペ |
| エンジン | DDAC 直4 SOHC 1,296cc(115PS/7,500rpm 12.05kgm/5,500rpm) |
| トランスミッション | 4速MT |
| サスペンション | 前 マクファーソンストラットコイルバネ 後 半楕円リーフリジッド 板バネ |
| 駆動方式 | FF |
| 全長 | 3,885mm (セダン) 4,140mm (クーペ) |
| 全幅 | 1,465mm (セダン) 1,495mm (クーペ) |
| 全高 | 1,345mm (セダン) 1,320mm (クーペ) |
| ホイールベース | 2,250mm |
| 車両重量 | 885-895kg (セダン) 895-900kg (クーペ) |
| 乗車定員 | 5名 |
| 後継 | ホンダ・145 |
ホンダ・1300(せんさんびゃく)は本田技研工業がかつて生産していた4ドアセダンおよびクーペ型の自動車。
マイナーチェンジで1,450cc水冷エンジンを得て「ホンダ・145」という名称に変わったが、基本的には同じ車である。 駆動方式はフロントエンジン・フロントドライブ。
目次 |
1300開発時にあった有名な出来事は、エンジンの冷却方法について対立したことであった。「水でエンジンを冷やしても、その水を空気で冷やすのだから、最初から直接 空気でエンジンを冷やしたほうが無駄がない」という宗一郎の主張と、「水冷のほうがエンジン温度を制御しやすい」という若手技術者の主張がぶつかり合い、当時技術者だった久米是志(後の3代目社長)は辞表を残して出社拒否をしたほどであった。あくまで空冷にこだわる宗一郎に対して技術者達は、副社長の藤沢武夫に、宗一郎に水冷エンジンにしてくれるよう説得を頼み、藤沢は電話で宗一郎に「あなたは社長なのか、技術者なのか、どちらなんだ?」と問いただされ、宗一郎は自分が社長ということを改めて認識し、若手技術者の主張を認めることとなり、145では水冷エンジンが搭載されることになった。