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与謝野馨

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(最終更新 2007年11月18日 (日) 08:42。)
衆議院議員 与謝野 馨
生年月日 1938年8月22日
出生地 東京都千代田区
出身校 東京大学
学位・資格 法学士
前職 日本原子力発電社員
所属委員会
内閣役職
衆・決算行政監視委員会委員
世襲
選出選挙区 東京1区
当選回数 9回
所属党派 自由民主党(無派閥)
党役職 党・国際競争力調査会最高顧問
党・税制調査会小委員長
財政改革研究会会長
会館部屋番号 衆・第一議員会館222号室
ウェブサイト 与謝野馨 Official Web Site


与謝野 馨(よさの かおる、1938年8月22日 - )は、日本政治家衆議院議員文部大臣(第117代)、内閣官房副長官通商産業大臣(第63代)、内閣官房長官(第74代)を歴任。歌人与謝野鉄幹晶子夫妻の孫。特技は囲碁(アマチュア7段)。

目次

概要

1938年8月22日、東京都千代田区に与謝野秀(しげる)・道子の長男として生まれる。父の秀は鉄幹の次男で外交官であった。麻布中学校・高等学校を経て1963年東京大学法学部を卒業し、中曽根康弘の紹介で日本原子力発電に入社、同社の労組と繋がりのある民社党書記長佐々木良作と良好な関係を築く。1968年日本原子力発電を退職し、中曽根の秘書となる。

1972年12月の第33回衆議院議員総選挙東京1区(旧)から自由民主党公認で立候補するが落選。1976年12月の第34回衆議院議員総選挙に東京1区から立候補し初当選(同期当選者に島村宜伸渡辺秀央等)するが、1979年第35回衆議院議員総選挙大平正芳が打ち出した一般消費税による逆風を受け落選する。1980年の衆参同日選挙では、日本社会党委員長の飛鳥田一雄を抜きトップ当選し返り咲く。以後、科学技術・通商産業関係を皮切りに、通商産業政務次官、自由民主党商工部会長、衆議院商工委員長などを歴任し、商工族、政策通として頭角を現す。また、中曽根派に所属しながらも、商工族の実力者であった、梶山静六の門下ともいうべき関係を形成。1994年、自由民主党が政権復帰した村山内閣で文部大臣として初入閣した。

1996年第2次橋本内閣では、師事していた梶山が内閣官房長官を務めており、他派閥ながら内閣官房副長官(政務)として、橋本政権を支えた。 1998年小渕内閣で通商産業大臣に就任。通商産業大臣でありながら、所轄外の(法務省管轄の)通信傍受法成立に力を注ぎ、『噂の真相』などに「盗聴法成立の黒幕」と批判された。

2000年(平成12年)4月の第42回衆議院議員総選挙民主党海江田万里に敗れ、落選。自由民主党は民主党に都市部を中心に議席を奪われ、「1区現象」と呼ばれる事態に陥ったが、与謝野もこの落選により危機感を覚え、派閥を離脱する(当時、所属派閥であった志帥会における亀井静香との権力抗争での敗北と言う事情もあった)。2003年第43回衆議院議員総選挙で選挙区で海江田に敗れたが、比例区復活当選を果たした。

2004年自民党政調会長に就任して、小泉純一郎の進める郵政民営化に尽力する。翌年9月に行われた第44回衆議院議員総選挙では、海江田に対して比例区での復活を許さないほどの圧倒的な勝利を収めた。

2005年発足の第3次小泉改造内閣では、内閣府特命担当大臣(金融・経済財政政策担当)に就任。

2006年9月26日に発足した安倍政権のもとで自由民主党税制調査会会長に就任するが、10月に口内に痛みを覚えるなどしたため入院し、11月には税制調査会会長を辞任。安倍晋三とは、通信傍受法の成立に当たって協力したほか、財界との勉強会である「四季の会」を通して親交がある。2007年1月初旬に退院した後は自宅療養を続け、同年4月13日の衆院本会議に出席し政治活動を再開した。同年6月8日に発売された文芸春秋7月号に寄せた随筆「告知」にて、喉頭癌による入院だったことを公表した。そして同年10月、再度自民党税制調査会の小委員長に就任。

2007年8月27日の安倍改造内閣において内閣官房長官に就任した。与謝野は無派閥(元江藤・亀井派)であるため、内閣官房長官は前任の塩崎恭久(古賀派)と同じく、首相出身派閥(町村派)以外からの起用となった。 2007年9月4日自民党参院議員が辞任した事に触れて、「意図せざるところで起きた事柄で、責任を取らなければならないのは一体どういうことか」と述べ、公選法の連座制緩和を検討すべきとの考えを示した。

2007年9月12日、所信表明演説直後に突如安倍が辞任表明し、同年9月26日福田康夫内閣発足に伴い内閣官房長官を退任。

政策

政界唯一の「法務族」議員である。この他、経済政策・財政に精通しており、自民党屈指の政策通と言われるが、国対や議運の経験も長く、本人は調整型政治家としての自負を持っているという。かねてから経済成長(法人税の減税による国際間競争力の強化)だけでなく消費税増税による財政再建に言及しており、谷垣禎一柳澤伯夫同様、自民党内屈指の増税論者である。

パーソナリティ

信仰

敬虔なカトリック信徒である。ちなみに、選挙では宿敵同士となる海江田も、与謝野と同じくカトリック信徒である。

趣味

趣味はゴルフ、自作パソコン、囲碁、カメラ、天体観測、釣りなど多岐にわたっている。

囲碁
囲碁の腕前はアマ七段で、政界最強とも評されている。2007年10月に同じく囲碁の実力者、民主党の小沢一郎と勝負した。
パソコン
Linuxオープンソースの動向など情報技術に造詣が深い。自作パソコンを毎年数台作っており、そのうちの一台ではMicrosoft Windows 2000Microsoft Windows XPTurbolinux等のOSを使い分けている。与謝野はパソコン自作のスキルについて「部品が梱包から解かれて机の上においてあると、1時間くらいで組み立てられちゃって、OSのインストールまで2時間くらいでできてしまう」[1]と語っている。

著作

単行本

  • 与謝野晶子著『みだれ髪』(与謝野馨編、主婦の友社、1973年)
みだれ髪』(与謝野晶子著、伊藤文友館、1901年刊)の復刊

論文・雑誌経済記事

  • 「大塚論文"中曽根民活批判"を駁す」『中央公論』1987年2月号
  • 「国際競争力の回復と財政の健全化」『月刊自由民主』1996年8月号
  • 「これだけは言っておく! 自民党広報本部長(衆院議員)与謝野馨の激白!『社民は今,先祖返りしている』」『月刊官界』1997年12月号
  • 「4つの課題」『LA international』1999年2月号
  • 「これからの日本経済」『日経調資料』2001年7月号
  • 「この国を考える(46)いまこそ責任政党に恥じない政策選択を!」『月刊自由民主』2004年4月号
  • 「私の読書遍歴(28)与謝野馨 自民党下野時代に読み耽った二十冊の量子力学の本」『文學界』2005年10月号
  • 「ポスト小泉が直面する重要課題」『正論』2006年7月号
  • 「千鳥ヶ淵で全国戦没者追悼式を行おう」『中央公論』2006年8月号

脚注

  1. ^ 高橋信頼「『Linuxの振興を支援する』---自民党政調会長衆議院議員与謝野馨氏」『「Linuxの振興を支援する」---自民党政調会長 衆議院議員 与謝野馨氏:ITpro日経BP社2005年3月8日

関連項目

外部リンク

先代:
塩崎恭久
内閣官房長官
第74代: 2007年
次代:
町村信孝
先代:
伊藤達也
特命担当大臣(金融)
2005年 - 2006年
次代:
山本有二
先代:
竹中平蔵
特命担当大臣(経済財政)
2005年 - 2006年
次代:
大田弘子
先代:
額賀福志郎
自民党政務調査会長
第46代: 2004年 - 2005年
次代:
中川秀直
先代:
堀内光雄
通商産業大臣
第63代: 1998年 - 1999年
次代:
深谷隆司
先代:
赤松良子
文部大臣
第117代:1994年 - 1995年
次代:
島村宜伸
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