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土屋圭市

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(最終更新 2007年11月3日 (土) 05:36。)

土屋 圭市(つちや けいいち、1956年1月30日 - )は、長野県小県郡東部町(現:東御市)出身のレーシングドライバー。血液型B型。埴生高等学校卒業。ドリフト走行を多用するそのドライビングスタイルから「ドリキン」(ドリフトキングの略)とも呼ばれる。また、そのキャラクター性から「レーシングコメディアン」と呼ばれることもある。愛車はAE86NSXタイプR

目次

概要

かつてはヨコハマタイヤ専属ドライバーで、1984年富士フレッシュマンレースでのADVANトレノは開幕6連勝を果たし土屋圭市の名前を有名にした。当時の土屋が残した「ADVANには足を向けて寝られない」という言葉は非常に有名である。後にブリヂストンへ移籍し、「BS(ブリヂストン)を履いて戦うということは、表彰台が約束されているということに他ならない」という言葉を残し2003年に現役引退を表明。

1995年には高橋国光率いるチーム国光飯田章と共にル・マン24時間レースに参戦し、HONDA NSX GT2でGT2クラス優勝を果たした。1999年にはTOYOTA GT-One TS020で総合2位の成績を残した。このレースでナイトセッションのトップタイムを出し、夜やレインコンディションに強い峠の走り屋の片鱗を示した。また、GT-ONEは電気系のトラブルで突然ヘッドライトが消えるというトラブルを抱えていたため殆どのスティントを担当した。

レーシングドライバーの他にも1987年に創刊されたビデオマガジン「ベストモータリング」「ホットバージョン」のキャスター、ラジオDJを務めるなど活動の場は広く、タレント活動をするレーシングドライバーの元祖とも言われている。交友関係も清原和博などの他ジャンルのスポーツ選手にとどまらず、河村隆一B'z松本孝弘らミュージシャン関係と幅広い。

現役を退いた翌2004年よりARTAのチーム運営に携わり、2004年は全日本GT選手権(現・SUPER GT)GT500、GT300両クラスのチーム監督、2005年はGT300クラスのチーム監督を務めた。2006年は当初監督から外れ、J SPORTSのSUPER GT中継に解説者として登場していたが、セパンサーキットで行われた第4戦以降、再びARTAの監督代行を務めており、依然ARTAとの関係は続いている。

現役時代からD1グランプリの審査委員長として活躍している。自らを「D1グランプリのバーニー・エクレストン」と称している。

2006年9月に日本でロードショーされたワイルドスピードX3 TOKYO DRIFTでは出演者の代わりに車に乗り込み撮影に参加。埠頭でのドリフト練習の音だけで、主人公の上達ぶりをハンドリングの是非をスキール音のみで聞き分けるドリフト仙人的な釣り人役でもカメオ出演しており、さらにハリウッドデビューも果たしている(同映画がD1人気によるドリフトを題材にした映画の為)。

エピソード

  • 少年時代に当時トップドライバーだった高橋国光のレースを見て以来(ホンダ・ダックスで当時住んでいた長野県から富士スピードウェイのある静岡県まで自走していったと自伝「ドリキン伝説」に記述がある)、高橋を師と仰ぎ、息子の名前を「国光」と名づけるほど尊敬しているといわれる。
  • 当初は歌手を目指していたといわれ、業界ではなかなかの歌い手とされる。
  • 学生時代はサッカー部に所属。
  • 青年時代は家業の金型工場などで働き、金型の配達でドライビングの基礎ともいえる荷重移動を覚えた逸話がある。また、青年時代は碓氷峠に通いつめていた走り屋だった(夫人には「週10日走りに行っている」などと言われた事がある)。
  • 過去に峠アタックのビデオ(「ザ・峠」)を発売したが、後に暴走行為を煽るなどと問題になりビデオは発売禁止処分となり、JAFよりライセンスを剥奪されかけた。
  • ル・マン24時間レース出場の為の練習として、中央自動車道を夜間無灯火で走行していた事をフジテレビジャンクスポーツに出演した鈴木亜久里に暴露されてしまった。鈴木の話によると、六本木へと土屋を誘った鈴木に対し、「今山梨だけどスグ着くから大丈夫」と、制限速度を遥かに超過する速度で走行していたと思われる受け答えをしていたと言う。これらが事実なら、夜間の高速道路を無灯火にて制限速度超過の上、携帯電話で通話しながら運転するという極めて危険な行為をしていた事になる。
  • 峠の走り屋を更生させるというテレビ番組の企画にて、走り屋代表の若者とカートによる一対一の勝負をしたが、先行する若者の背中にカートで乗り上げるという極めて危険な追い越しを仕掛けるも抜く事が出来ず、あっさり負けてしまった。
  • 自著「PRIDE」によれば、ル・マンに出場した際、夜のレースで雨のコンディショニングで全く前方が見えずにアクセルを踏めなかった時、すでに亡くなっていた母親に「助けて」とすがったという。すると不思議と視界が開けてきたという。
  • 2002年フェアレディZが登場した際、雑誌等ではフェアレディZを絶賛していたにも関らず、日本カー・オブ・ザ・イヤー(COTY)では当時所属していたレースチームを支援していたホンダが発売したアコードに、大人の事情で満点を投じたことは記憶に新しいところ。投票理由に「運転支援システムという発想の素晴らしさ」をあげていたが、その前年には同様のシステムを提案した日産・シーマに対し「運転の楽しさを奪い取る」として酷評していた。この事について、Optionで連載しているコラムでは「シーマは1000Rまでしか対応していないが、アコードは260Rまで対応し、高速道路をどこでも走れるようになった」とその技術を褒める一方、フェアレディZに対しては「確かにすごいけど、技術は何も無い。以前の車の延長線上」との発言を残している(この年、土屋はフェアレディZを購入したが、アコードは購入していない)。この時はオフィシャルサイトの掲示板が大炎上し、「男芸者」「ホンダの飼い犬」等と手厳しい書込みが殺到した。これらに対する反応からか、同年を最後にCOTY選考委員を退いている。
  • 2003年10月の鈴鹿サーキットでレーシングドライバーとしての引退式が行われ、そこでのパレードランが行われたときに、脇阪寿一本山哲道上龍ら後輩レーサーが土屋の乗るパレードカー(ホンダ・S2000)に殺到し、最後は定員大オーバーとなった。
  • もうひとりの師匠ともいえる稲田大二郎の事を尊敬しており、レース活動を引退するとき「俺には帰る場所があった、稲田大二郎っていう場所がね」のコメントを残している。また、稲田大二郎は引退セレモニーの最後に「お帰りなさい、土屋圭市」の幕を渡している。また、前述の「ザ・峠」発禁処分事件でも土屋を真っ先に助けたのは稲田で、JAFや同業者たちへの働きかけ等によって土屋のライセンス剥奪を防いだ逸話もある。
  • 走行中にスピンやコースアウトをする直前にワイパーを動かす技を持ち、ファンにはパニックワイパーと呼ばれ土屋の得意技の一つに数えられている。
  • 1989年から1992年までF3に参戦したものの目立った結果は残せず、最高位は1991年6月の筑波サーキットでの2位(参戦中唯一の表彰台)。1990年のインターF3リーグでは、若き日のミハエル・シューマッハミカ・ハッキネンが一緒に出場している。
  • 1994年及び1995年全日本ツーリングカー選手権(JTCC)にシビックで参戦した。しかし、ライバル車とのポテンシャルの差が大きくかなりの苦戦を強いられ、目立った結果は残せず、最高位は1994年5月のスポーツランドSUGOと8月の筑波サーキットでの4位であった。
  • 土屋は1990年~1994年までの間にR32GTRを計4台所有していた。内1台は限定版GTR NISMO。その後R33GTRも2台所有した。
  • 歌手の河村隆一とはレーシングドライバーとして師弟関係にあり、河村は土屋が現役時代に着用していたレーシングスーツで雑誌等の媒体にしばしば登場している。しかし、土屋自身が審査委員長を務めるドリフト選手権において、素人目に見ても下手糞な河村隆一を決勝戦まで進出させるというあからさまな身内贔屓を行いドリフトファンから大顰蹙を買った。

『頭文字D』との関わり

1995年に連載が始まった漫画「頭文字D」を、土屋は自らのラジオ番組で絶賛したことから、1997年に雑誌の対談から作者のしげの秀一との親交が始まり、翌1998年から始まったアニメ版「頭文字D」では、バトルシーンにおける監修を務め、登場する車の走行音を自ら運転して収録するなど、製作で深く関わっている。

自らも第23話で声優として特別出演したほか(電話を通しての声のみ)、同作のドラマCD『ドリキン青春グラフティー』でも、半ばノンフィクションなストーリーで主人公として出演し(若き日の土屋役は声優の上田祐司(現・うえだゆうじ))、アニマックスで放送の特別編やDVDの特典映像にも司会者兼解説者として出演している。ちなみにアニメ版における土屋は、主人公・藤原拓海の父、藤原文太の旧友という設定である。

出演声優との交流では、藤原拓海役の三木眞一郎や武内樹役の岩田光央、高橋涼介役の子安武人らと同乗走行をしたことがあり、この時にもともと車酔いを起こしやすい体質の子安が土屋の運転のすごさに悶絶したといわれている。また、藤原文太役の石塚運昇と「圭市&文太」としてユニットを組み、「86」と言う題名の先述のドラマCDのイメージソングを歌っている。

出演

テレビ番組

ラジオ番組

  • ADVAN サウンドコックピット ~土屋圭市のレーシング・ダイヤリー~(TOKYO FM)- 1990年代前半から2002年6月まで。
  • Bridgestone Automobile RadioJ-WAVE) - 現在放送中。

映画

ビデオ

CM

関連項目

外部リンク

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