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山井大介

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(最終更新 2007年11月21日 (水) 12:32。)
山井大介

山井大介
投球する山井大介(2007年)

現在 現役選手
所属球団 中日ドラゴンズ
国籍 日本
出身地 大阪府豊中市
誕生日 1978年5月10日(29歳)
身長
体重
177 cm
81 kg
血液型 A型
守備位置 投手
投球打席 右投右打
背番号 29
英語表記 YAMAI
初出場 2002年4月27日
経歴 神戸弘陵高校-
奈良産業大学-
河合楽器-中日ドラゴンズ
テンプレート


山井 大介やまい だいすけ1978年5月10日 - )は、プロ野球セントラル・リーグ中日ドラゴンズ所属のプロ野球選手投手)。右投げ右打ち。背番号29番。

目次

人物

大阪府豊中市出身。少年時代は日本少年野球連盟の「箕面スカイラーク」[1]に所属。 神戸弘陵学園高等学校奈良産業大学を経て、河合楽器に入社し、硬式野球部で活躍。 高校時代の同級生には、中日でも同僚となる玉野宏昌がいる。大学時代からドラフト候補に挙がっていた存在。 2001年のドラフト(6巡目)で中日ドラゴンズに入団。かつて下位指名ながら鈴木孝政与田剛前田幸長が付けていた背番号29を与えられる サングラスを着用している風貌がウルトラセブンにそっくりなため、ネット上ではそれがそのまま愛称となっている。また、投手ではあるが打席に入る時の音楽がウルトラセブンのテーマだった(2006年まで)。現在のテーマは『勇者ライディーン』である。

球種は少ないがスライダーのキレには定評があり、直球と組み合わせてコントロールよく投げ込む。2006年12月に結婚[2]。山井の父は地元の大阪府豊中市の「大阪ドラゴンズ少年野団」の団長・総監督を務めている[3]

来歴

  • 2001年 河合楽器野球部時代、都市対抗野球の準決勝で初勝利を挙げるなど、同社の都市対抗初優勝に貢献する。しかしその年の野球部の休部に伴い、社会人1年目ながら特例措置で同僚の久本祐一とともにドラフト6巡目指名で中日に入団。
  • 2002年 オーバースローサイドスローを併用する変則投法で、1年目ながらシーズン31試合に登板、6勝(3敗)を挙げる。
  • 2003年 サイドスロー固定を図ったが、逆にピッチング・フォームを崩してしまいシーズン4試合の登板に終わる。ファーム(ウエスタン・リーグ)では最多勝を獲得。
  • 2004年 シーズン後半、オーバースローに固定して一軍に復帰(9月12日の広島戦でのシーズン1勝目がプロ入り初完封勝利。なお、首脳陣はこの日の先発投手を長峰昌司とのじゃんけんで争わせ、パーの長峰に対してチョキを出した山井が勝った。この一件から山井は“ジャンケン男”と呼ばれている)。同年の日本シリーズ第4戦において、高速スライダーを主とした投球で西武相手に無失点の快投をした。
  • 2005年 シーズン中は一軍と二軍を行き来。序盤は先発登板が多かったものの結果を残せなかったが、後半戦では主にリリーフに回り、抜群の安定感を発揮した。
  • 2006年 右肩の痛みから1軍登板は無し。同年オフ、幼馴染との結婚を発表。ちなみに結婚相手は、山井の父親が監督であり山井自身も所属していた少年野球チーム「大阪ドラゴンズ」のマネージャーだった。
  • 2007年 山本昌の不調からローテーションの一角を任されるが、援護が少なく長らく勝ち星から見放されていた。また、序盤から突然崩れることも目立ち、波に乗れなかった。8月21日の対巨人戦に登板し、またも初回からピンチを招くが、1失点で切り抜けるとその後は無得点に抑え、2年ぶりとなるシーズン初勝利を挙げた。その後は調子も安定し、まれにみる巨人および阪神との優勝争いの中、9月には登板5試合で4勝1敗、防御率3.00の好成績を上げ、自身初のセ・リーグの月間MVPを受賞した。2007年のクライマックスシリーズでは第2ステージ第1戦での先発予定も右肩痛再発のため回避したが、日本シリーズでは第5戦に登板し、8回を完全に抑えた。先発投手の8回パーフェクトピッチングは日本シリーズの新記録(過去の最高記録は村山実(阪神)、佐々岡真司(広島)が樹立した7回1/3)である。また、9回は岩瀬が三者凡退で抑え、レギュラーシーズン中も含めて史上初の継投による完全試合を達成(ただし投手1人による完投ではないので参考記録扱い)した。

完全試合で日本一寸前の投手交代

2007年の日本シリーズ#落合監督の采配への賛否も参照

2007年、日本ハムとの日本シリーズで、中日の3勝1敗で迎えた第5戦に先発登板した山井は、8回までパーフェクトピッチングという快投を見せ、最終回を3人で抑えれば、シリーズ史上で初の完全試合で日本シリーズ優勝を決めるという可能性があった。

9回表、球場の中日ファンから山井の続投を望む山井コールが湧き起こっていた中、落合監督は、ストッパー岩瀬仁紀への継投策を取った。

この采配に対し賛否両論が巻き起こった(→詳しくは2007年の日本シリーズ#落合監督の采配への賛否)。この交代について、山井自身は個人の記録達成は眼中になかったこと、4回にマメ(肉刺)がつぶれたことや握力が低下していたことに加え、「最後は岩瀬さんに投げてほしい」という気持から自ら降板を申し出たことを明らかにした[4]。また、落合監督自身も完全試合を見たかったが、手のマメをつぶしたことと右肩痛が再発してクライマックスシリーズへの登板を回避していたことから交代させたと中日スポーツの取材やスポーツうるぐすへの番組出演などで発言している[5]

年度別投球成績

年度


































2002年 中日 31 6 3 0 0 0 0 372 84.2 92 7 34 7 68 8 0 40 37 3.93
2003年 4 0 0 0 0 0 0 27 5.2 11 0 1 0 3 0 0 5 3 4.76
2004年 8 2 1 0 1 1 0 117 27.0 29 4 16 0 31 1 0 10 10 3.33
2005年 27 3 5 1 0 0 0 440 106.2 102 14 31 5 90 3 1 53 49 4.13
2006年 一軍登板なし
2007年 14 6 4 0 1 0 0 353 83.0 75 6 32 1 56 1 0 36 31 3.36
通算成績 84 17 13 1 2 1 0 1309 307.0 309 31 114 13 248 13 1 144 130 3.81

タイトル・表彰・記録

  • 月間MVP:1回(2007年9月)
  • 日本シリーズ優秀選手:1回(2007年)
  • 日本シリーズ個人投手最多連続無走者記録:24人(2007年11月1日、第5戦)
  • 日本シリーズ個人投手先発連続無走者新記録:24人(2007年11月1日、第5戦)
  • 日本シリーズ個人投手先発最多投球回無安打新記録:8回(2007年11月1日、第5戦)

脚注

  1. ^ 日本少年野球連盟出身選手
  2. ^中日スポーツ』2006年12月11日付 3面[1]
  3. ^ [2](「大阪ドラゴンズ少年野団」)
  4. ^ 山井にナゴヤ心酔! 圧投24アウト(中日スポーツ2007年11月2日付[3])、山井、シリーズ新の8回パーフェクト!九回は自ら「代わります」(サンケイスポーツ2007年11月2日付[4])など
  5. ^ 落合監督激白「完全試合オレだって見たかった」(中日スポーツ2007年11月3日付[5]) 紙面には、山井のユニフォームに血の着いている写真が掲載された。
    山井にマメがなくても岩瀬に代えていた!中日・落合監督が激白(サンケイスポーツ2007年11月5日付[6]

関連項目

先代:
A.ラミレス
朝倉健太
セ・リーグ月間MVP(投手)
2007年9月
A.ラミレス(野手)
次代:
-
中日ドラゴンズ
2001年ドラフト指名選手
1巡目:前田章宏 / 3巡目:田上秀則 / 4巡目:久本祐一 / 5巡目:前田新悟
6巡目:山井大介 / 7巡目:都築克幸 / 8巡目:高橋聡文
ウィキペディアでの『山井大介』の改訂履歴
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