戦闘機(せんとうき)とは、敵航空機の撃墜および撃退を行う軍用機である。主に空対空戦闘を想定して設計されており、制空権の確保と防衛を主任務とする。
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戦闘機は敵航空機との空戦を想定して、高い機動性能と対空攻撃力を保有する。一般的に攻撃機や爆撃機と比較すると小型軽量であり、機体の大きさの割に強力なエンジンを搭載する。運動性・操縦性などの機動性能に優れ、俊敏軽快に飛行できる。乗員数は、大半の機は1-2名程度である。 以下に、戦闘機の性能を計る際、注目すべき点を挙げる。
以下に、戦闘機の分類を列挙する。ただし、時代や注目する性能によって分類に差異がある。
詳細は制空戦闘機を参照
制空権(ただし近年、「制空権」は「航空優勢」と改称された)の確保を主任務とし、空戦において敵戦闘機を撃墜する事を第一に設計される 。古くは「征空戦闘機」とも呼称された。現在の制空戦闘機の多くは、制空のみならず、要撃や対地攻撃なども一通り遂行可能である。代表的なものは、F-15、Su-27など。米空軍のF-22は、空中のみならず陸上も制圧可能な存在という意味で、航空支配戦闘機(Air dominance fighter)と呼ばれている。
詳細は要撃機を参照
要撃戦闘機、迎撃(戦闘)機、防空戦闘機などとも呼ばれる。常用漢字外の表記では邀撃(戦闘)機とも。友軍地上施設などの防空を主任務とし、味方の基地・艦隊へ来襲する敵攻撃機、都市等へ戦略爆撃を行う敵爆撃機、及び偵察機などを撃墜する事を第一に設計される。第二次大戦期の物は、戦闘機に比べ大型で耐久力のある爆撃機を攻撃する為に強力な武装(機銃・ロケットなど)を搭載していた。
敵機の存在の探知と同時に、直ちに基地から急発進する必要があるため、高い速力・上昇力が求められる。このため、機体の大きさに比べて強力なエンジンを搭載する。反面、敵戦闘機との交戦や長距離侵攻、対地攻撃などは必要性が低く、対地攻撃任務を想定していない機体も多い。レシプロ機時代では、戦略爆撃機の飛行高度で行動するために、高高度性能も重視された(空気の薄い高空ではレシプロエンジンの能力が低下するため、過給機などの装備が必要になった)。
代表的なものは、F-106、MiG-25、MiG-31、トーネードADVなど。
味方爆撃機などの護衛を主任務とする。敵戦闘機の攻撃から、味方爆撃機を護衛する事が第一の目的である。 長距離を侵攻して敵都市などを攻撃する爆撃機を護衛する必要があるため、前述の制空戦闘機の場合と異なり、長大な航続能力が求められ、より大型の機体である場合が多い。ただし、味方爆撃機の安全のために制空権を確保するという意味では、前述の制空戦闘機と任務的・分類的には重なるものである。現在は戦闘機の任務の多用途化により、戦闘機を含め軍用機全般の区別が曖昧になり、護衛戦闘機という分類は特にされなくなった。代表的なものは、P-38、P-51など。
レシプロ機時代の一時期、爆撃機の航続距離の増大によって、単発戦闘機の航続力では護衛が困難となったために、双発の大型機が護衛戦闘機として開発された事がある。ただしそれら双発機は、単発の小型戦闘機に比べて鈍重であり、結局その目的には使用不可能であり、多くが後述する夜間戦闘機として使用された。
護衛戦闘機の一種に、味方爆撃機に搭載・曳航されて敵領空まで飛行する事で航続能力の向上を計った、パラサイト・ファイター(寄生戦闘機)と呼ばれるものも存在した。代表的なものに、XF-85がある。実用化されたものとしてはズヴェノーがあるが、これは爆撃機として用いられた。
詳細は戦闘爆撃機を参照
戦闘機本来の役割である制空任務の他に、対地・対艦攻撃なども主任務とする。レシプロ機時代は専用に開発された機体は無く、通常の戦闘機にそのまま、或いは小改良を施して爆装し、対地・対艦任務を行った。
ジェット機時代になり、対地・対艦攻撃の能力を重視し、当初よりその目的で開発された戦闘爆撃機が増えてきた。そういった戦闘爆撃機は、爆弾倉、地形マッピング用の合成開口レーダー、爆撃管制電算機などの本格的な攻撃機・爆撃機としての装備を搭載する。対地攻撃の際は乗員が一人だけでは負担が大きいので、操縦手の他に兵装操作官も搭乗させて、複座にしている場合もある。代表的なものは、F-15Eストライクイーグル、Su-24など。
詳細はマルチロール機を参照
時代が経つにつれて戦闘機の開発・製造コストが上昇していったため、任務に応じて個別の機体を開発するのは経済的負担が厳しくなっていた。同時に、技術の進化に伴って一機種で多数の任務をこなせる万能機の開発が可能になった。そのため、上記のような区分を統合し、一機種で制空・防空・対地攻撃・偵察などあらゆる任務を遂行可能な万能機が開発されるようになった。こうして誕生したのがマルチロールファイター(Multirole fighter,MRF)である。多任務戦闘機、多目的戦闘機とも呼称される。 現在、明確にMRFといえる戦闘機は、JAS39グリペン、F-35などである。だが別に現代の戦闘機ならば、それ以外の機体でも、かなり多くの任務を遂行可能である。 元より偵察機としては専用の機体が開発される例は少なく、大抵が既存の戦闘機の改修型ないし偵察装備を取り付けたものがほとんどである。戦闘機のほとんどは爆弾やロケット弾・空対地ミサイルの搭載が可能である。
主に前線での制空任務、敵基地・艦船などへの攻撃・爆撃任務を行う戦闘機。旧ソ連においては前線戦闘機と称した。いわゆる敵国都市や工場への爆撃といった「戦略任務」には用いられない戦闘機という事である。戦略爆撃に用いるには航続距離や搭載量が不足する戦闘爆撃機、戦略爆撃を行う爆撃機に随伴したり、敵国上空の制空権確保には航続距離が不足している制空戦闘機が、戦術戦闘機と称される(逆に戦略任務に用いる戦闘機であっても、戦術任務に用いる事は不可能ではないので、特に「戦略戦闘機」とは呼ばないのが普通である)。代表的なものは、F-104、MiG-21など。
文字通り昼間のみ戦闘する戦闘機。戦闘機というものが登場して以来、空中戦闘は昼間のみで行われていたのであり、つまり全ての戦闘機が昼間戦闘機であった。後に夜間戦闘機が登場するに至って、従来の戦闘機を区別して昼間戦闘機と呼ぶようになった。戦闘機にレーダー搭載が当たり前になると、あえてレーダーを搭載しない廉価な戦闘機を昼間戦闘機と呼ぶ事になるが、現代では廉価な戦闘機でもレーダーを搭載しており、昼間戦闘機は消滅した。つまり旧式戦闘機のみが昼間戦闘機となる。また、レーダーは搭載してもレーダー誘導のミサイル装備能力が無く、赤外線誘導ミサイルのみしか搭載できない戦闘機は、ミサイル戦闘に限っては昼間戦闘しか行えないため、これも昼間戦闘機と呼ばれたが、現代では赤外線誘導ミサイルの能力も向上しており、この意味での昼間戦闘機も消滅している。
詳細は夜間戦闘機を参照
夜間戦闘を行う戦闘機の事である。従来昼間のみ行動した爆撃機が夜間爆撃を行うようになった時に、対抗上生まれた。よって当初は夜間の要撃機が夜間戦闘機であったが、対抗上夜間爆撃を行う爆撃機を護衛する戦闘機も登場する事となった。出現当初は操縦士以外に射手など1~2名の搭乗員を載せる事で夜間戦闘を行ったが、やがてレーダーを搭載する事で夜間戦闘を行うようになった。理屈上は夜間戦闘を行える戦闘機なら昼間戦闘も行えるはずであるが、レーダーや操縦士以外の搭乗員を載せる夜間戦闘機は昼間戦闘機に比べて鈍重であり、昼間戦闘機を相手に戦闘を行う事は困難であるため事実上夜間戦闘専門となる(というより鈍重で使い物にならなかった双発・多座戦闘機が、夜間戦闘には向いているとしてその目的で使われるようになったのが、夜間戦闘機の発祥である)。後述する全天候戦闘機へと発展する事によって消滅した。
夜間戦闘機のレーダー性能の向上に伴い、夜間のみならず雨天・雲中・荒天下においても戦闘が可能になった。よってこのような戦闘機を、全天候戦闘機と呼ぶ。ジェット戦闘機時代になり、複座・レーダー搭載の戦闘機が、単座・レーダー非搭載の戦闘機に比べて著しく鈍重でも無くなったため、昼間戦闘も問題無くこなせる。また単座戦闘機でも操縦士ひとりでレーダー操作も可能になり、またレーダーも小型のものが登場した。かくて現在では、全ての戦闘機が全天候戦闘機となり、あえてこの名称を使う意味も無くなりつつある。つまり過去の戦闘機を語る上での歴史用語となりつつある。
空母に搭載する戦闘機が艦上戦闘機である。それに対して陸上基地で運用する戦闘機が陸上戦闘機である。ただ陸上戦闘機というのは艦上戦闘機に対してあえて区別する必要がある時に用いられる言葉であり、言わば普通の戦闘機の事であり(艦上戦闘機のほうが特殊と言える)、一般的に用いる事は少ない。よってここでは艦上戦闘機を中心に述べる。
艦上戦闘機に要求される性能は、極めて多岐にわたる。まず短距離離着陸能力は必須である(ただしカタパルトやスキージャンプ甲板の助けを借りても構わない)。着艦時の低速飛行における安定性が必要。カタパルト射出や「制御された墜落」とまで称される着艦時の衝撃に耐えるだけの頑丈な降着装置が必要(=重量が増加する)。重量がカタパルトの射出能力を超えてはならない。限られた空母上のスペースを活用し、また数多く搭載するために、できるだけ小型である事が望ましい(よって主翼・尾翼を折りたためることが望ましい。これも重量増加の原因になる)。特にエレベーターのサイズを超えてはならない。洋上を長時間飛行するためには航続距離が長いほうが望ましい。洋上でのエンジン故障の危険を考えると、できれば単発より双発が望ましい…などといった相反する性能を求められるため、陸上戦闘機に比べてかなりのハンディ・キャップを持つ。それがために同時代の陸上戦闘機と同等以上の性能を持つ事は、極めて困難である。よって、本来であれば空母への搭載数が限られているので、その少ない機体を有効活用するためにも、戦闘爆撃機・マルチロールファイターとして一機種で多数の任務をこなせる事が望ましいにもかかわらず、多用途化は陸上戦闘機よりも立ち後れていた(アメリカ空軍において軽爆撃機というカテゴリが消滅して、戦闘爆撃機がその任務を行っていた50年代半ば以降においても、アメリカ海軍は専用の攻撃機を運用していた)。ただしそのハンディを乗り越えて高い性能を持つに至った艦上戦闘機は、陸上戦闘機としても広く使われる事になった。
旧日本陸軍による呼称である。翼面荷重が低く、小回りが効き格闘戦に向く戦闘機を軽戦闘機、翼面荷重が高く小回りは効かないが、速度と上昇・急降下性能に優れ、一撃離脱戦闘に向く戦闘機を重戦闘機と呼ぶ。必ずしも重戦闘機のほうが軽戦闘機よりも重い訳ではない。同じエンジンを搭載する戦闘機どうしの比較であれば、主翼が小さな重戦闘機のほうがより軽量である。
いずれにせよ翼面荷重が高いか低いか、格闘戦に向くか向かないかは、同時代の戦闘機と比較しての相対評価に過ぎず、絶対基準では無い(例えば第二次世界大戦のアメリカ戦闘機は、日本機との比較では重戦闘機だが、欧州機との比較では軽戦闘機になってしまう)。それと相まってこういう分類を行った日本陸軍が消滅している現在、この区分は用いられない。ただし航空用語としては残っているため、現在でも小型で重量が小さい戦闘機の事は「軽量戦闘機」と呼んで、軽戦闘機とは区別する。
一般的な飛行機と同様に、黎明期の木製布張り構造から、1930年代頃から金属製モノコック構造に進化していった。過渡期には木製モノコックや鋼管布張り、あるいはそれら材料の混合も見られた。たとえば、ジェット戦闘機のバンパイアでは木製合板を一部使用している。しかしながら、1950年代には全てが全金属製構造になった(例外としてF-117はレーダー探知を避けるための素材として、一部木を採用)。
金属材料としては、軽量で強度に優れるアルミニウム合金(ジュラルミン系など)が多用された。ただし耐熱性に劣るのが欠点であり、そのため超音速戦闘機では空力加熱対策として、一部あるいは全体にスチールを採用した例も存在する。ただし1950年代頃から同じく耐熱性に優れたチタニウム合金(チタンの合金)が実用化された。スチールより軽量だが同時に高価で工作が難しく、高速飛行時の空力加熱によって特に高温になる機体部位などに使用されていた。
1970年代頃からは繊維強化プラスチック(FRP)に代表される複合材料に代替されつつある。FRPは軽量で強度が大きくステルス性などに優れ、たとえば空力弾性特性に方向性を持たせた前進翼のような、金属材料では不可能な特殊な構造を作り出すこともできる。
レシプロエンジン時代と異なり、運動性が重視される制空戦闘機などにも双発機が多く見られる。ジェットエンジンは、小型の方が出力効率が良く、逆に小型エンジン複数の方が大型エンジン単発よりも小型にまとまる為である(F-5戦闘機等はそうした成功例である)。また安全性に優れるのは多発機の方である(当然だが、一部のエンジンが破損しても他のエンジンで飛行が継続できる方が安全性が高い)。だが、エンジンは機体の部品の中でも高額な部位であり、及び小型エンジン多数使用より大型エンジン少数使用の方が燃費効率も良いので、コスト面や整備性では単発機が有利である。
戦闘機でも大型機と小型機が存在する場合は、小型機を単発に、大型機を双発にしてエンジンの種類を統一すれば、量産効果でコストも下げられる(ちなみに前述F-5戦闘機の場合は、ミサイルや無人標的機と同じエンジンを使い、コストを下げている)。洋上での作戦が多いアメリカ海軍や航空自衛隊などの機体は、安全のため双発機が好まれる傾向にある。
戦闘機の主翼の形状は、直線翼・後退翼・デルタ翼・クリップトデルタ翼・可変翼・前進翼・菱形翼などがある。
デルタ翼は、低速域での揚抗比が低い、離着陸時に失速し易い、などの欠点があった。これを改善するため、翼の後退角に差を付けたダブルデルタ翼が開発された。LEXは、このダブルデルタ翼の内翼を発展させた物である。ストレーキとも呼ぶ。
LEXは空気の渦流を発生させ、それが主翼や水平尾翼へ流れる気流にエネルギーを与える事で、失速や舵の利きの低下を防ぎ、機体の機動性を大きく向上させている。LEXを装備した機体は、F-16、F/A-18、Su-27など。
主翼の前部に取り付けられた小型の翼で、水平尾翼と同様に機体のピッチ制御を行う。水平尾翼と違って主翼と共に揚力を発生させる事により、主翼面積をその分節約する事ができる(水平尾翼の場合はマイナスの揚力を発生させるので、主翼はより揚力を発生させる事が求められる)。そもそも世界最初に飛行した機体であるライトフライヤー号がこの形式であったが、水平尾翼と比べて舵が過敏に反応するため安定性が悪いという事で、その後廃れてしまった。近年、デルタ翼との組み合わせにより、主翼前部の気流を制御する事で機体の機動性が向上するという利点が発見され(前述のLEX:主翼前縁延長と同等の効果である)、広く用いられる事となった。しかしカナードでは飛行中の機体制御が難しいので、高性能なフライ・バイ・ワイヤが必要となる。またステルス性に難があるという欠点もある。
主翼が滑らかに胴体と繋がっており、何処までが主翼で何処からが胴体なのか区別が付きにくい形状の事。特に大迎角を取った際に胴体も主翼の役割を果たし、実質上翼面荷重が小さくなる効果がある。又、ステルス性が向上する利点もある。他に胴体内容積が大きくなり、燃料等をより多く搭載できる利点もある。戦闘機ではF-16が代表的な例である。
これより更に発展した物として、リフティング・ボディ(主翼が存在せず、胴体そのものが揚力を発生し主翼の代わりをする)、全翼機(胴体が存在せず、主翼のみで構成された航空機)といった形式があるが、実用化された戦闘機での採用例は今の所存在しない。
戦闘機誕生以来、対空戦闘のための兵装は機関銃・機関砲と相場が決まっていた。第一次世界大戦時には、対気球・飛行船用としてロケット弾を装備した例もある。第二次世界大戦時に再びロケット弾装備が復活し、1960年代頃まで使われたが、誘導装置のついたロケット弾・すなわちミサイルに取って代わられる事になる。
現代戦闘機の空対空戦闘用兵装は、空対空ミサイル及び機関砲などである。遠距離戦闘時はアクティブ・レーダー・ホーミング(ARH)及びセミ・アクティブ・レーダー・ホーミング(SARH)式の長距離用ミサイルが、接近戦では赤外線誘導(IRH)ミサイル及び機関砲が使われる。
機関砲は、空対空ミサイルの登場により、特に敵戦闘機と交戦する機会の少ない要撃機などには不要とされ装備されない機体も登場したが、ベトナム戦争などの教訓からミサイルの命中率がそれほど高くない事が判明したため、再び装備されるようになった。現代ではミサイルの命中率はかなり向上しているものの、それでも万が一近接格闘戦に突入した場合の保険として必須とされ、装備から外される趨勢にはない。 航空機関砲にはM61バルカンなどに代表されるガトリング砲方式と、マウザー BK-27などのリヴォルヴァーカノン方式、GSh-301などのガスト式などが代表的である。それぞれ一長一短があり、どれが戦闘機に適しているかは一概には言えない。
航空兵装の運用等に付いては、航空作戦を参照。
戦闘機の電子機器は、通常の航法装置の他にレーダー、レーダー警戒装置、ECM装置、火器管制装置、戦術データ・リンク・システムなどが戦闘時には重要となる。レーダーが敵より高性能で長探知距離・高分解能であれば、敵を先に発見・捕捉して先制攻撃をかける事ができる。また、ミサイルや機関砲の命中率を高めるためには、高性能な火器管制装置が必要である。
敵機のレーダーに探知された時は、レーダー警戒装置などESM装置でいち早く敵のレーダー電波を探知・分析し、同時にECM装置でそれを妨害する必要がある。これらの戦闘は電子戦(EW)と呼ばれる。ECM装置には、チャフ・フレア・デコイなど敵レーダーを欺瞞するものや、敵レーダー能力を低下させるジャミング(電波妨害)装置などがある。
データリンク・システム
味方の支援を受けるためには、友軍機や早期警戒管制機(AWACS)、地上要撃管制(GCI)等との情報共有が不可欠である。このために、戦術データ・リンク・システムなどの情報共有系統が必要である。
AWACSなどとのデータリンクが重視される理由は、
などである。これらの理由から、AWACSなどからの支援の有無は戦闘において非常に重要であり、仮にAWACSの支援無しの最新鋭機と支援有りの旧型機が戦った場合、最新鋭機が撃墜される可能性も十分にある。
現在ではAWACSとのリンクによる敵の早期発見と、性能の高いミサイルの使用により、ドッグファイトはあまり起こらず戦闘機は再びミサイルキャリアに近い存在になってきている。
戦闘機を始め軍用機は、整備の簡易化の為に部品を幾つかのモジュール式ユニットにまとめている。故障時には、自己診断装置で要修理部位を直ちに発見し、それを新しいユニットと取り替えてしまうもので、整備に必要な手間を大幅に短縮させている。また、故障したユニットはそのまま修理工場へ送ってしまえば良いので、整備員の知識・技術もさほど必要とされないと言う利点がある。
飛行機の歴史も参照
航空機は、第一次世界大戦で初めて戦闘に使われた。この時代の戦闘機の構造は木製帆布張りが主体。エンジンは水冷式とピストン自身が回転して冷却する(空冷の)回転式(ロータリー式)の2種類があり、出力は200馬力程度であった。主翼は単葉(主翼が1枚)から三葉(同じく3枚)まで種種とりどりであったが複葉(同じく2枚)が最も多かった。
戦争初期、航空機は戦闘力を持たず敵地偵察に使われただけであった。最初期は、お互いに攻撃手段を持たず、敵偵察機に対し、そのまますれ違ったり、敬礼していたパイロットもいたようであった。 しかし、航空偵察の効果が上がり始めると、敵偵察機の行動は妨害する必要性が出てきた。やがて、偵察機同士でピストルを撃ち合ったり、石やレンガを投げ合うようになった。空戦の始まりである。
しかし、本来戦闘用ではない偵察機同士で戦っても余り効果は期待できない。そこで、固定武装を持ち、機動性に優れた空戦専用機、戦闘機が誕生した。 初期の戦闘機は、機銃を主翼の上に載せただけであった。そのため、照準器と弾丸の発射位置が離れているので命中精度が悪く、弾倉の交換が出来ないので長時間戦えなかった。そのため、プロペラを後部につけて機銃を機首に取り付けたり、プロペラを補強して機首から強引に射撃すると言った様々な方法が考えられた。 やがて、プロペラ同調装置の発明により機首から機銃を射撃できるようになり、以降戦闘機は機首部に同調装置付きの機銃を装備するという形態が標準となった。
この時期、戦闘の形態は一対一でのドッグファイト(巴戦)が主流であった。ドッグファイトでは、敵機の背後を取ったものが有利になるので、戦闘機はより小回りが利くものが高性能とされ、性能面では専ら格闘性能が重視された。
第一次大戦期の代表機
この時期には、エンジン・機体構造が大きく進歩し、レシプロ戦闘機の形体が完成していった。
機体の構造は、次のように進化していった。
重戦闘機の誕生
この時期には従来のドッグファイトの他に、一撃離脱と呼ばれる新戦法が誕生した。これは、敵機を発見したら敵に気付かれないようにその上空に回りこみ、そこから一気に急降下して敵を奇襲攻撃し、敵が反撃する前に高速で離脱すると言う戦法である。ドッグファイトに比べて、
などの利点がある。
従来、戦闘機は高い格闘能力を確保するため、より軽く、より大きな主翼を付けるのが常識だった。しかし、一撃離脱戦法では専ら高速と重武装が要求される。となると、格闘性能を確保するために巨大な翼を持っていては、空気抵抗が増加するので高速を出すのに障害となる。同時に、強力な武装を搭載したり、急降下に耐えられるよう機体強度を持たせると、必然的に重くなる。 そこで、それまでの格闘性重視の設計からコンセプトを改め、翼面積を小さくして高速・重武装を追求した一撃離脱向きの機体が登場した。(日本においては、これは重戦闘機と呼ばれるようになり、同時に従来の格闘性を重視した機体は軽戦闘機と呼ばれるようになった。) やがて一撃離脱戦法はドッグファイトに代わって広まって行き、各国でメッサーシュミットBf109(ドイツ)やP-38ライトニング(アメリカ)などの高速・重武装重視の戦闘機が登場するようになった。しかし、まだ従来の格闘戦に拘る国も多く、日本、イタリア、フランスなどでは依然として、いわゆる軽戦闘機が多く設計されていた。
第二次大戦直前の代表機
第二次世界大戦は、航空機主体の戦いとなった。戦争参加各国とも国力を挙げて戦闘機の改良と増産に励んだ。大半の戦闘機が全金属製・単葉・単座・単発(エンジンが1基)であったが、例外も多かった。 戦闘機はより高速を求め、開戦当初1,000馬力未満だったエンジン出力は大戦後半には1,600 - 2,000馬力にも達した。その急速な技術進歩の過程で、Me262などのジェット戦闘機が誕生した。
第二次大戦期の代表機
プロペラは その先端速度が音速(時速1200km/時:海面)に近づくと空気圧縮の発生により推進効率が悪くなる。その結果プロペラ機の最高速度は時速800km/時あたりで頭打ちとなってしまう。レシプロ戦闘機は第二次大戦終了からさほど経たないうちにその速度域に達し、主力戦闘機としての使命が終了した。以後ジェット戦闘機の時代に突入する。
1930年代頃から、レシプロエンジンに代わる新しい推進装置として、ドイツやイギリスなどでジェットエンジンの研究が進められていた。世界で初めて飛行したジェットエンジン機は、1939年に初飛行したハインケルHe178である。 その後、第二次大戦後期にかけて各国でP-80 シューティングスター(アメリカ)、メッサーシュミットMe262(ドイツ)、グロースター・ミーティア(イギリス)などのジェット戦闘機が登場した(本格的な実用化は、メッサーシュミットMe262を例外として、戦後を待たねばならない)。 初期のジェット機はレシプロ戦闘機の設計の延長上にあるものが多く、エンジンの装備位置は、第二次大戦中のMe262や直線翼機では主翼下に吊り下げたポッド式や主翼に埋め込んだ機体が多かった。
ジェット戦闘機が本格的に実戦投入されたのは、朝鮮戦争からである。その頃のアメリカ空軍ではF4Uコルセアなど第二次世界大戦末期に採用されたレシプロ機が多く存在したが、格闘性能ではMiG-15と同等に渡り合うなどジェット戦闘機とレシプロ機の差が交錯する時期でもあった。ソ連の支援を受けた中国・朝鮮軍はいち早く後退翼のMiG-15を投入した。その後、連合軍の主力となったF-80シューティングスターやグロスター・ミーティアなどの直線翼戦闘機であり、設計思想ではMiG-15の方が先進的であった。その後、これに対抗してアメリカ軍を中心とする連合軍も後退翼のF-86セイバーなどを投入した。
性能的にはMiG-15とF-86は一長一短であり、上昇力や格闘性能ではMiG-15が勝ったが、レーダーや照準器などの儀装面ではF-86の方が優秀であった。結果としては米空軍パイロットの技量の高さもあって、この後退翼戦闘機同士の戦いではアメリカの圧勝であった。
このころの戦闘機はエンジンがジェットエンジンに変わった以外は第二次大戦中と大差がなく、戦闘は目視によって敵を発見し機銃によって敵に攻撃を加えるという方法だった。 後退翼機以外に、デルタ翼機も研究が続けられたが、この時期にはまだ実用化されなかった。
第1世代の代表機
1940年代まで 有人飛行機で音速を超えて操縦することが可能かどうかは、全く未知の世界であった。第二次大戦の直後から、アメリカはこの問題を実験できる機体の研究を続けていた。この目的のために製作されたベルXS-1(ロケットエンジンを装備:後にX-1に名称変更)は1947年に有名なチャック・イェーガーの操縦で音速を突破し、超音速でも機体の操縦が可能であることを証明した。このときはB-29の腹下にぶら下げられて離陸し、高度6100mで母機から切り離されて発進した。
一旦 有人機で音速を超えられることがわかれば、後はエンジンの推力と空気力学の問題である。ジェットエンジンは次々に改良され、推力が大きくなった。機体の形状ではエリアルール(面積法則)なる理論が提案され、F-102デルタダガーの音速突破に貢献した。これは、飛行機の断面積変化が少ないように設計すれば高速での抵抗が少ないという理論で、機体に応用した場合主翼取り付け部分の胴体がくびれて細くなる。一方主翼は、後退翼よりもより高速飛行に適したデルタ翼機が多数登場した。
こうして音の壁を突破し、超音速飛行が可能となった戦闘機は第2世代に分類される。また、この時期にはAIM-9サイドワインダーなどの空対空ミサイルが登場した。
第二世代の戦闘機は機動性より超音速飛行性能やミサイルの搭載能力を重視しているものが多かった。また、エンジンの推力向上により大量の爆弾を積み高速で飛べる機体が開発され、次第に戦闘機と爆撃機の境界が曖昧になってきた。
第2世代の代表機
ミサイルの発達により、空戦は遠距離からのミサイルの撃ち合いで終始するとの考えが広まり、高速でより多くのミサイルを搭載可能な戦闘機が最強の戦闘機とされ、近接格闘戦で必要な機動性は軽視されるようになった。その為、要撃機等の一部には機関砲を装備しない物も出現した。
しかし、当時はまだ空対空ミサイルの性能・命中率が低かったためにベトナム戦争では度々格闘戦が発生し、その際に機動性の低い米空軍の最新鋭機F-4ファントムIIやF-105サンダーチーフなどが、旧式なMiG-17やはるかに安価なMiG-21に撃墜されるという事態が発生した。
第3世代の代表機
詳細は第4世代ジェット戦闘機を参照
ベトナム戦争などの教訓から、未だに近接格闘戦が起こりうる事が分かった。また、ミサイルの回避には、急激な機動を行う必要がある事も判明し、戦闘機は再び機動性が重視されるようになった。 超音速戦術機に向いたアフターバーナー付きターボファンが実用化されたため、要求される機動性を実現できる飛行性能を実現できた。操縦席のグラスコクピット化やフライ・バイ・ワイヤの導入など、ハイテク化が進められる。また風防は、ドックファイトに持ち込まれた場合結局一番役に立つのはパイロットの目であると考えられ、高速飛行には向かないが視界がよい涙滴型キャノピーが使用されるようになった。
戦闘機の開発費は年々高騰したため、国際共同開発やマルチロール化などの方法が取られるようになった。
第4世代の代表機
現代の戦闘機は、LEXやカナード、推力可変ノズル装備などにより、第四世代よりもさらに機動性の向上を図っている。また、スーパークルーズが可能な機体も多い。 最近では、機体を空力的に不安定にさせて、意図的に安定性を劣化させている機体もある(運動能力向上機)。安定性が悪ければ、それだけ機動性が良くなるので、空戦時には有利になる。通常の飛行中は機体制御が困難になるが、高性能なフライ・バイ・ワイヤの登場により問題は解決された。
現代の戦闘機の最高速度はマッハ2程度で、マッハ3級の戦闘機が試作・実用化されていた60年代より速力が下がっているが、エンジン推力が低下した訳ではない。むしろ推力は上がっており、最高速度低下は別の要因にある。
例えばF-15戦闘機の場合は、第4世代機の項でも述べた通り、涙滴型キャノピーが高速に耐えられなくなり、安全上の問題によりマッハ2.3以上を出す事が禁じられている。(エンジンパワーはその速度でもまだ余裕がある) F-16・F/A-18戦闘機の場合、エアインテークが可変式でなく単純形式であるため、マッハ1.6以上の速度域では効率が大きく低下するのが、最高速度がマッハ1.8~2.0に留まっている原因である。
現代の戦闘機の最高速度が下がった要因は、以下のような理由が挙げられる。
第4.5世代の代表機
次世代戦闘機に求められる能力として、ステルス性能がある。敵に探知されずに、一方的に先制奇襲攻撃をかける事で、空戦での確実な勝利を狙うものである。
第5世代の代表機
アメリカのアフガニスタン侵攻時に、安価な無人偵察機が使用され、たとえ撃ち落とされても人命は失われず費用対効果的にも有効性が認められた。当初の偵察任務のみならず、空対地ミサイルを搭載し、限定的な攻撃任務が可能な機種も登場した。しかしながら、遠隔操縦には常に妨害や通信途絶の可能性があり、また空対空戦闘の自律化、自動化にはまだ多大な困難がある。空対地戦闘はともかく、空対空戦闘の無人化を近い将来に実現することは難しいであろう。