新進党(しんしんとう、1994年12月10日 ‐ 1997年12月31日)は、日本の政党。略称は新進。英文名称は"New Frontier Party"(NFP)。
1994年12月、細川護煕・羽田孜連立政権に参加したが村山富市政権の発足で下野した非自民・非共産勢力が合流し結成。当初の予定では公明もそのうち参加することになっていたが、結局しなかった。
1997年12月、公明党系議員が離脱する方針となったため、両院議員総会で分党(事実上の解散)を決定。
概要
- 理念は「自由、公正、友愛、共生」。
- 党結成において小沢一郎(当時:新党準備委員会委員長)は「保守党」と名付けることを希望したが、周囲の反発により断念した。
- 政策は当時の自民党より右派的・新保守主義的であった。
党内対立の構図
小沢vs反小沢
- 1994年の村山富市内閣の発足で下野した旧連立勢力は、次期総選挙で施行される小選挙区比例代表並立制への対応に迫られていた。小選挙区で自民党に対抗するためには各党が合流して候補者を1名に絞らなければならず、新・新党を結成する流れが一気に傾いた。党名は一般公募で決められた。
保保派vs自社さ派
小沢vs公明
解党後の地方組織
新進党の分党後、地方組織の多くは中央と同一歩調し、各党派に分裂したが、一部で新進の枠組みを維持した地方組織もあった。
- 「青森県民協会」(青森県)
- 旧新進党の青森県連をそのまま引き継ぐ形で地方議員を中心に結成。木村太郎・山崎力の現職議員を擁すると共に県知事だった木村守男の支持母体として影響力を維持し、第18回参院選で田名部匡省を当選させる原動力となった。しかし、山崎・木村は自民党に移籍してしまい、津軽地方の地方議員の多くが脱退。その後2000年の第42回総選挙では三村申吾を当選させるも、三村も後に脱退。末期には田名部系の地方議員が中心となった組織となり、2004年3月に田名部が民主党に入党すると合流した。
- 「新進石川」(石川県)
- 奥田敬和を支持する地方議員を中心に結成。奥田の死去後も後継者の奥田建を支援しており、県政における非自民勢力の中核を担っている。2007年の参院選では民主党候補を応援した。2008年に民主党に合流予定
- 「新政みえ」(三重県)
- 前三重県知事の北川正恭、民主党副代表の岡田克也を支持する地方議員を中心に結成。県議会では自公を抑えて第1党である。
- 「新進沖縄」(沖縄県)
- 自民党に復党した仲村正治を支持する地方議員を中心に結成。2000年6月に自民党に合流した。
党史
歴代の新進党常任幹事会・執行部役員表
新進党党首選挙の結果
明日の内閣
参加党派
- 公明新党
- 新進党に参加する公明党国会議員により結党。公明党からの分党手続きを行った。公明党の衆院議員と参院の改選議員全員に加え、党籍を持たない比例区選出の参院議員で、「公明党・国民会議」として会派をくんでいた広中和歌子ほか6名も参加。
- 日本新党
- 民社党
- 自由改革連合
- 9月に結成した衆院会派「改革」に参加した保守系3党派で結成。
- 改革の会 - 94年1月西岡ら政治改革法案で連立与党を支持した自民党衆院議員と93年6月自民党離党した鳩山邦夫で結成。4月に結成した衆院会派「改新」に参加している。
- 新党みらい - 4月、鹿野道彦ら自民党三塚派の衆院議員5名が、細川首相辞意表明の政局を機に結成。
- 高志会 - 7月、村山首班指名に反発、自民党を離党した海部ら6名で結成。
- 自由党 - 4月、柿沢弘治、太田誠一、新井将敬、山本拓、佐藤静雄、米田建三ら、6名の代議士が、細川首相辞意表明の政局を機に自民党離党し無所属の高市早苗と合流し結成。渡辺美智雄首班擁立劇の先行部隊とされた。柿沢、佐藤は新進党には合流しなかった。
このほか、無所属の笹木竜三や「リベラルの会」を経て「改革」に参加していた山口敏夫らがいる。
参院で統一会派「新緑風会」を結成していた民主改革連合(前代表中村鋭一除く)とスポーツ平和党、横山ノックらは参加しなかった。
党勢の推移
衆議院
| 選挙 |
当選/候補者 |
定数 |
備考 |
| (結党時) |
178/- |
511 |
|
| 第41回総選挙 |
●156/361 |
500 |
離党-3 |
参議院
| 選挙 |
当選/候補者 |
非改選 |
定数 |
備考 |
| (結党時) |
36/- |
- |
252 |
|
| 第17回通常選挙 |
○40/62 |
17 |
252 |
(公明11と統一会派) |
(参考文献:石川真澄(一部山口二郎による加筆)『戦後政治史』2004年8月、岩波書店・岩波新書、ISBN 4-00-430904-2)
関連項目