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日産・シーマ

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(最終更新 2007年11月21日 (水) 01:21。)

シーマCIMA)は、日産自動車が生産・展開しているフルサイズラグジュアリーセダン。日産のオーナーズカーとしては最上級車種である。

4代目となる現行型には、同じプラットフォームからの派生車種として日産自動車のフラグシップモデルプレジデントがある。

目次

概要

バブル景気絶頂期に、Y31型セドリック/グロリアプラットフォームを共有する上級派生車種として登場。販売チャンネルごとに「セドリック・シーマ」(ローレル販売会社=日産モーター系列・太洋日産西武日産)、「グロリア・シーマ」(スカイライン販売会社=日産プリンス販売系列)として販売された。

歴史

初代 FY31型(1988年-1991年)

FY31グロリアシーマ(フロント)
FY31グロリアシーマ(フロント)
FY31セドリックシーマ(リア)
FY31セドリックシーマ(リア)
  • 1987年10月 東京モーターショーに出品。
  • 1988年1月 発売開始。 **キャッチコピーは「きっと、新しいビッグ・カーの時代が来る。」(Y31連合)「誰だって、ふりかえる。」「THE BIG CEDRIC」(セドリック・シーマ)「頂点に立つあなたへ。」「THE BIG GLORIA」(グロリア・シーマ)。
    • セドリック/グロリアは5ナンバーサイズの車体であったのに対し、3ナンバー専用車体として登場。搭載エンジンはVG30DEV型6気筒DOHC NA・200ps(タイプI、タイプII)とVG30DET型V型6気筒DOHCターボハイフローセラミック式)255ps(タイプII-S、タイプIIリミテッド)の2機種(※のちにレパード(2代目)にも搭載された)。ボディタイプはスタイルを重視し、ベースのセドリック/グロリアの主力モデル同様、センターピラーのない4ドアピラーレスハードトップであった。
    • 元々日産の開発陣が、トヨタ・クラウンの3ナンバー版を開発しているとの情報を聞き急遽開発を開始、開発期間の関係でセドリック/グロリアとの同時発売は出来ずに半年遅れての発売になった。しかし、その半年の遅れ及びセドリック/グロリアとの印象を大きく変えた事で別格のイメージが付き、5ナンバーと3ナンバーのイメージを同じにしたクラウンとの差別化に成功した。デザインのモチーフは、鎌倉(長谷)の大仏である。ボンネットに誇らしげにそえられるエンブレムはアカンサスである。このエアサスペンションが良く壊れることから「あかんサス」と呼ばれることもある。
    • 国産車離れしたスタイリッシュな外観と動力性能の高さから、当時の国産同クラスセダンとしては異例に一般オーナードライバー向け要素が強い車種として人気を集めた。電子制御エアサスペンションのしなやかな乗り心地もさることながら、アクセルを踏みこんだときリヤを下げながら暴力的でいて静かな加速を見せるその姿は当時中高年の憧れとなり、爆発的に売れた。これは「シーマ現象」と呼ばれ、3ナンバー車ブームのきっかけとなる。その感動を忘れられない層のため、その後のモデルでもターボ搭載車をラインナップするが、世代を重ねるごとに徐々に廉価版としての位置付けが強くなっていく。
    • 反面その車格および当時の経済情勢から社用車や個人タクシーにも採用されることも多く、用途によって後席居住性に課題を残すこととなった。
  • 1989年 マイナーチェンジ後タイプIIリミテッドAVマルチが追加される。ナビのアンテナが天井にあるためサンルーフの同時装着はない。その他バブルカーを象徴する豪華なオプションも多数用意される。

2代目 FY32型(1991年-1996年)

FY32シーマ
FY32シーマ
  • 1991年8月 FY32型にモデルチェンジ
    • 車名を「シーマ」に統一。この代から後席居住性およびボディ剛性上有利なセンターピラーを持つ一般的なセダンのスタイルとなり、VH41DE型V型8気筒DOHC4130ccエンジンが搭載される。しかし保守的なデザインや(一説には英国車を意識したといわれている)、バブル崩壊等の影響で一頃の人気は無くなり、更に価格の高騰化が嫌われたのと先代のターボパワーを求めるユーザーが居た事もあり、先代同様のVG30DET型を搭載するモデルが93年9月のマイナーチェンジで追加される。また、93年1月にV8搭載車に4WDも追加設定された。後期モデルのエクステリアの変更はフロントラジエターグリル変更およびトランクモールの追加である。
  • キャッチコピーは「シーマ2、誕生(後に誕生→凱旋へ)。」「The Saloon of Saloons」。

3代目 FY33型(1996年-2001年)

FY33シーマ(フロント)
FY33シーマ(フロント)
画像:Cima-taxi.jpg
FY33シーマ(リア)
  • 1996年6月 FY33型にモデルチェンジ。
    • このモデルより北米向けインフィニティ・Q45と統合される。概観はラジエターグリル、ヘッドライトが2灯から4灯、ボンネットエンブレムがなくなる、その他エンブレムのINFINITI、である。搭載エンジンはVH41DE型およびVQ30DET型V型6気筒DOHC2987ccターボの2機種。4WD車は2WD車に対して40mmホイールベースが短い。
    • 初代と違い特徴のないデザインになってしまったため、ユーザーが逃げてしまったという事実も。一部では「メルセデス・ベンツの模倣では?」とも声もあった。初代を絶賛していた評論家・徳大寺有恒も相当にコキおろした。一説では、初代、2代目のいわゆるVIPカー的なネガティブなイメージを払拭するためのデザインとも言われている。
    • 埼玉県警察高速道路交通警察隊にはFY33型シーマの白黒パトカーが配備されていた。
  • 1997年 「インフィニティQ45」を台湾で発売。
  • 1997年9月 一部改良。
  • 1998年9月 マイナーチェンジ。ラジエータグリルの造形を変更したほか、キセノンヘッドランプの標準装備化、日本車初のアクティブヘッドレストの採用、それまでブラウン管を使用していたインパネのマルチ画面をワイド液晶に変更等、装備面での充実をはかった。キャッチコピーは「ここに、ニッサンの最高があります」。
  • 1999年7月 日本車で初めて自動ブレーキング機能をもつ車間自動制御システム(ミリ波レーダーセンサー採用)を搭載した「41LV-Z」を追加。
  • 2000年4月 FY33型をベースとする先進安全研究車「日産ASV-2」を発表。

4代目 F50型(2001年-)

4代目シーマ(フロント)
4代目シーマ(フロント)
4代目シーマ(リア)
4代目シーマ(リア)
  • 2001年1月 フルモデルチェンジ
キャッチコピーは「力(フォース)は、我に」。TVCMでは、デザインディレクターとして中村史郎氏が出演。
  • 現行型の日産マークを最初につけたモデルである。
  • 搭載エンジンはVQ30DETV型6気筒DOHC2987ccとVK45DDV型8気筒DOHC直噴4494cc(日産初の直墳V8エンジン)の2種類。
  • 小型のプロジェクターランプを中央に1つ、それを取り囲むように6つ配置された特徴的なヘッドライトが、「バルカンヘッド」と呼ばれているが、一部ではその形状から「ガトリングガン」とも呼ばれている。このヘッドライトはV6モデルには採用されていなかったので、ヘッドライトで搭載エンジンを見分けることができた。
  • ドアミラーウインカーを国産車で初めて採用したモデル。そのためドアミラー仕様はサイドマーカーが付かないが、フェンダーミラー仕様はサイドマーカーが付く。
  • 2001年12月 一部改良
仕様装備の充実を図る。
  • 2002年1月 誕生15周年記念特別仕様車を3月までの期間限定で設定。
  • 2002年6月 第7回北京国際モーターショーに出展。
  • 2002年9月 300Gの装備を充実させるとともに、「300Gグランドツーリング」を追加。
  • 2003年4月 上海モーターショーに出展。左ハンドル仕様の「シーマ」は中国市場のみに投入されている。
  • 2003年8月 FRモデルのマイナーチェンジ
内外装の一部変更、安全装備の向上のほか、V8エンジンがVK45DE型へ変更され、直墳エンジンではなくなる。
  • 2003年10月 上級派生車種として4代目プレジデントが登場。
  • 2003年11月 4WDモデルのマイナーチェンジ
  • 2007年2月 20周年記念限定車「450XV 20th リミテッド」を新設定。6月までの期間限定販売。
  • 2007年7月 平成17年排出ガス規制に適合できないターボエンジンのVQ30DETの設定を廃止。

車名の由来

  • 車名の由来はスペイン語で「頂上」「完成」の意味。当時の開発担当者が、幼少の頃に父から貰ったCYMAの腕時計を見て、シーマの名前をいつか使いたい、と温めていたものらしい。

シーマが登場する作品

漫画

ゲーム

ドラマ

関連項目

外部リンク

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