マーチ (March) は、日産自動車が製造・販売するハッチバック型のコンパクトカーである。
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トヨタ・ヴィッツ・ホンダ・フィットとともに、日本のコンパクトカー御三家の一角を占める。日欧両市場での販売を視野に入れており、日本以外では「Micra(マイクラ、ミクラとも読む)」名で販売されている。扱いやすいコンパクトなボディに大人4人が快適に移動できるキャビンを持つ合理的なパッケージングが特長であり専門家の評価も高い。特に2代目・K11型は日欧でカー・オブ・ザ・イヤーを同時受賞するなど高い評価を受けた。また、日本車としては珍しくフルモデルチェンジのスパンがかなり長い[1]のも特徴の一つである。
| 日産・マーチ(初代・K10型) | |
|---|---|
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| マイクラ バン(1990 欧州モデル) | |
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| 製造期間 | 1982年 ‐ 1991年 |
| ボディタイプ | 3ドア/5ドアハッチバック |
| エンジン | MA10S型 1.0L 直4 57ps MA10ET型 1.0L 直4 85ps MA09ERT 930cc 直4 110ps MA10E型 987cc ザウルスJr用インジェクション MA12型 1.2L 直4 |
| トランスミッション | 4速MT / 5速MT / 3AT |
| 駆動方式 | FF |
| 全長 | 3785mm |
| 全幅 | 1560mm |
| 全高 | 1395mm |
| ホイールベース | 2,300mm |
| 車両重量 | 635Kg |
| 数値 | 1983年型「3ドアGスペック」 |
| 姉妹車/OEM | 日産・マーチターボ (1985年~1988年) 日産・マーチR (1988年~1991年) 日産・マーチスーパーターボ (1989年~1991年) 日産・Be-1 日産・パオ 日産・フィガロ |
| 同クラスの車種 | 三菱・ミラージュ トヨタ・スターレット ホンダ・シティ スズキ・カルタス ダイハツ・シャレード スバル・ジャスティ フォード・フェスティバ |
1981年10月 第24回東京モーターショーに「NX-018」として出品。当時、荻窪にあった旧・プリンス自動車工業の開発拠点で開発された車種であり、開発主管は旧・プリンス自動車出身の伊藤修令が務めていた。
当初搭載されたエンジンはMA10S 987cc電子キャブレーターECC仕様 (E-K10) 。グレードもE(基本性能に徹したモデル)・L(基本的車種でファミリー若者向実用車)・S(機能、内装の充実を図ったモデル)・G(最上級モデル)の3ドアハッチバック車4種類だけだったが、のちにグレードが充実化され、キャンバストップ車や5ドアハッチバック車や、MA10ET 987cc水冷ターボECCSエンジンを搭載した「マーチターボ」、MA09ERT930cc空冷式インタークーラー、ダブル過給機付きECCSエンジンを搭載し、ビスカスLSD標準装備のモータースポーツに対応したマーチR、そのグランドツーリング版のマーチスーパーターボなどの車種も登場した[2]。
1982年10月に、モーターショー発表から長期にわたる1年間のプレキャンペーンの後、発売された。「マーチ」の名称は一般公募により決定した。CMキャラクターには、車名の「マーチ」と「マッチ」をかけて近藤真彦が起用された[3]。歴代マーチで唯一ティザーCMを放映していた。
約10年という、日本の量産車としては珍しく、極めて長いモデルライフだった。
主な派生車種は、パイクカーの「Be-1」BK10型、MA10Sエンジン搭載・「パオ」PK10型、MA10Sエンジン搭載・「フィガロ」FK10型、MA10ETエンジン搭載や、レーシングフォーミュラーカーの「ザウルスジュニア」NSJ-91型、MA10Eエンジン搭載などがあげられる。パイクカーの人気は高く、特にBe-1は中古車市場にリセールした方が、本体購入価格より倍近い値段がつくという事で「財テクカー」と呼ばれた。
シートカラーバリエーションは、ハーバーブルー、クレープイエロー、ポーラブルー、シェルピンク、コスモグリーン、パンプキンイエロー、ピーコックブルーがあった。
1989年、WRC第4戦、サファリラリーでマーチターボ、L.モーガン/L.マローテ組が女性コンビながら、総合12位、クラス優勝。
クラス優勝。クラス分け、過給排気量930cc x1.4倍(ヌトラシーノ(ドライバー)の車が参戦不明
| 日産・マーチ(2代目・K11型) | |
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| 前期型 | |
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| 中期型 | |
| 画像:March.JPG | |
| 1.0 コレット(リア) | |
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| 製造期間 | 1992年 ‐ 2002年 |
| ボディタイプ | 3ドア/5ドアハッチバック 3ドアオープン 5ドアステーションワゴン 4ドアノッチバックセダン(台湾製) |
| エンジン | 前期 CG10DE型 1.0L 直4 58ps CG13DE型 1.3L 直4 79ps 後期 CG10DE型 1.0L 直4 60ps CGA3DE型 1.3L 直4 85ps |
| トランスミッション | 5MT / 4AT / CVT |
| 駆動方式 | FF/4WD |
| 全長 | 3720mm |
| 全幅 | 1585mm |
| 全高 | 1430mm |
| ホイールベース | 2360mm |
| 車両重量 | 750kg - 1030kg |
| 数値 | 1996年型「コレット」 |
| 姉妹車/OEM | 日産・マーチBOX |
| 車台を共有 する車種 |
日産・キューブ(Z10型) |
| 同クラスの車種 | トヨタ・スターレット ホンダ・ロゴ 三菱・ミラージュ ダイハツ・シャレード マツダ・デミオ スズキ・カルタス ルノー・クリオ(クリオII) プジョー・205 オペル・コルサ |
1992年1月、初のフルモデルチェンジを受けて2代目に移行する。ボディ形式は初代に引き続き3ドアと5ドアのハッチバック型、後期型にはワゴン型「マーチBOX」やオープンモデルもラインナップされていた。また、1998年には派生モデルとして初代・Z10型キューブが生まれている。
ミドルクラスセダンの初代・P10型プリメーラと同じく、日欧両市場を主要マーケットとして、欧州車と比肩しうる性能や快適性、合理的なパッケージングを実現することを目標として開発された。「安かろう悪かろう」が普通であった当時の日本製コンパクトカーの中では異彩を放つ存在であった。プラットフォーム及びエンジンは新開発され、1.0/1.3LのCG型エンジンを搭載、5速MT/4速ATに加えて、スバルから供給を受けたCVTを組み合わせていた。CVTの採用は日産では初である。
日本市場での販売実績は、モデルサイクル全般にわたって堅調なもので、マーチに対抗できる商品力を持つ競合車が1999年の初代トヨタ・ヴィッツまで登場しなかったことや、バブル崩壊に伴いコンパクトカーの経済性が見直されてきたことなどの要因から、登場から4年後の1996年度には142,000台を販売し記録を更新した。その後、トヨタ・ヴィッツ、ホンダ・フィットなど競争力の高いコンパクトカーが他社から続々と発売されたことなどもあり、若干売上は落ちたものの、2001年製の最終モデルでも月間5,000台程度の安定した販売実績を残している。
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マーチボレロ(フロント) |
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マーチボレロ(リア) |
1998年に誕生したトールワゴン・初代「キューブ」は、マーチの基本コンポーネンツを流用して開発された。また、レトロ風のメッキグリルを持ち、リアオーバーハングを延長し独立したトランクルームを備えたセダン、光岡「ビュート」や、無印良品とのコラボレーションモデル「Muji Car 1000」も生まれている。
| 日産・マーチ(3代目・K12型) | |
|---|---|
| マーチ(2002年2月-2005年8月) | |
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| マーチ(2007年6月-) | |
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| マーチ(リア) | |
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| 製造期間 | 2002年 - |
| ボディタイプ | 3ドア/5ドアハッチバック 2ドアカブリオレ |
| エンジン | CR10DE型 1.0L 直4 68ps CR12DE型 1.2L 直4 90ps CR14DE型 1.4L 直4 98ps HR15DE型 1.5L 直4 109ps |
| トランスミッション | 5MT / 4AT / CVT |
| 駆動方式 | FF/e-4WD |
| 全長 | 3695mm |
| 全幅 | 1660mm |
| 全高 | 1525mm |
| ホイールベース | 2430mm |
| 車両重量 | 870 ~ 1,060kg |
| 数値 | 2002年型「12c」 |
| 先代 | 2代目マーチ |
| 車台を共有 する車種 |
日産・Bプラットフォーム |
| 同クラスの車種 | トヨタ・パッソ/ダイハツ・ブーン トヨタ・ヴィッツ ホンダ・フィット ルノー・クリオ オペル・コルサ 光岡・ビュート マツダ・デミオ 三菱・コルト スズキ・スイフト プジョー・206 フィアット・プント フォード・フィエスタ フォルクスワーゲン・ポロ |
2002年2月、2度目のフルモデルチェンジを受ける[6]。ボディ形式は変わらず3ドアと5ドアのハッチバック形式だが、日本市場では2005年のマイナーチェンジを機に、3ドアモデルは廃止され、現在では5ドアのみとなっている。欧州市場ではクーペカブリオレの「マイクラC+C」も発売されており、日本にも2007年7月に導入され1500台が限定販売されている。
技術面ではルノーと共同開発した「アライアンス・Bプラットフォーム」[7]が初めて採用されたことが最大のトピックである。このプラットフォームはその後登場した多くのルノー車、日産車のベースとなっている。日本仕様車では新開発の1.0/1.2/1.4LのCR型エンジンを搭載、5速MT/4速ATを組み合わせていた。欧州では1.6Lモデルも存在する。駆動方式はFFに加え電動式四駆「e-4WD」も用意された。2代目の特徴の一つであったCVTは当初ラインナップされていなかったが、2005年のマイナーチェンジを機に1.5LのHR型エンジン+CVT搭載のモデルが復活した。
燃費の向上を目的に、全車に電動式パワーステアリングが採用されているが、パワーアシストの制御が不自然で、ギア比も早すぎるとする評論家が多く、ユーザーの中にもその点を不満に感じている者がいる。また、通常の走行では問題とならないが、横Gが大きくかかるコーナリングを短時間に繰り返した場合、アシストモーターにかかる電流値の合計が急激に増え、フェイルセーフが働き、アシストがオフになる。この場合、復帰までに数分を要する。この症状は同じ部品構成の車種全般に見られる[8]。
くりくりしたヘッドランプとカエルの顔をイメージさせる特徴的なエクステリアデザインは日本のデザインスタジオで開発された。欧州向け日産車に共通するウイング型のグリルをはじめ、丸くラウンドしたルーフや、わずかに残されたリアノッチ、ショルダー部分のキャッツウォーク形状には2代目の面影を残す。極めて独創的で愛嬌のあるスタイリングであるが、若者の男性や中高年の人が乗るには少し可愛すぎて恥ずかしい(照れくさい)という声も聞かれる。競合車種と比較した場合、全長が短いことや、後ろ下がりのルーフ形状のため、後席居住性やラゲッジスペースは若干劣ることが多い。また、日本仕様車では多彩に用意された個性的な内外装色も特色であり、自動車の優れたカラーデザインを顕彰する「オートカラーアウォード」を3度(内グランプリ2度)受賞している。
カルロス・ゴーンCEO着任後、初めて開発された車種[9]として、その売れ行きには注目が集まったが、発売初年度の日本市場では月販目標台数8,000台を大幅に上回る月平均14,000台を販売し大ヒットとなった。その後、社内外から競合車が続々と発売されたこともあり、販売実績は低下したものの、発売後4年を経過した2006年現在でも月5,000台程度をコンスタントに売り続けている。
3代目マーチをベースとした派生車種は数多い。ただし、これらの車種を一括りに「マーチの派生車」と呼ぶことには議論の余地があると思われる。プラットフォームの共用化が進んだ現在では、かつてのような基幹車種とその派生車種という線引きが明確でなく、マーチが「たまたま」最初のBプラットフォーム採用車となっただけで、むしろ「Bプラットフォーム派生車」と呼んだ方が適切かも知れない。またこれ以外の派生車として、リアオーバーハングを延長し、独立したトランクを備えたセダン、「光岡・ビュート」が存在する。ビュートはマーチの3代目移行後も、2代目をベースとしたモデルが継続販売されていたが、2005年9月に、13年ぶりとなるモデルチェンジを受けた[10]。