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日産・マーチ

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(最終更新 2007年11月18日 (日) 02:33。)

マーチ (March) は、日産自動車が製造・販売するハッチバック型のコンパクトカーである。

目次

概要

トヨタ・ヴィッツホンダ・フィットとともに、日本のコンパクトカー御三家の一角を占める。日欧両市場での販売を視野に入れており、日本以外では「Micra(マイクラ、ミクラとも読む)」名で販売されている。扱いやすいコンパクトなボディに大人4人が快適に移動できるキャビンを持つ合理的なパッケージングが特長であり専門家の評価も高い。特に2代目・K11型は日欧でカー・オブ・ザ・イヤーを同時受賞するなど高い評価を受けた。また、日本車としては珍しくフルモデルチェンジのスパンがかなり長い[1]のも特徴の一つである。

歴史

初代(K10型・1982-91年)

日産・マーチ(初代・K10型)
マイクラ バン(1990 欧州モデル)
製造期間 1982年1991年
ボディタイプ 3ドア/5ドアハッチバック
エンジン MA10S型 1.0L 直4 57ps
MA10ET型 1.0L 直4 85ps
MA09ERT 930cc 直4 110ps
MA10E型 987cc ザウルスJr用インジェクション
MA12型 1.2L 直4
トランスミッション 4速MT / 5速MT / 3AT
駆動方式 FF
全長 3785mm
全幅 1560mm
全高 1395mm
ホイールベース 2,300mm
車両重量 635Kg
数値 1983年型「3ドアGスペック」
姉妹車/OEM 日産・マーチターボ
1985年1988年
日産・マーチR
(1988年~1991年
日産・マーチスーパーターボ
1989年~1991年)
日産・Be-1
日産・パオ
日産・フィガロ
同クラスの車種 三菱・ミラージュ
トヨタ・スターレット
ホンダ・シティ
スズキ・カルタス
ダイハツ・シャレード
スバル・ジャスティ
フォード・フェスティバ

1981年10月 第24回東京モーターショーに「NX-018」として出品。当時、荻窪にあった旧・プリンス自動車工業の開発拠点で開発された車種であり、開発主管は旧・プリンス自動車出身の伊藤修令が務めていた。

当初搭載されたエンジンはMA10S 987cc電子キャブレーターECC仕様 (E-K10) 。グレードもE(基本性能に徹したモデル)・L(基本的車種でファミリー若者向実用車)・S(機能、内装の充実を図ったモデル)・G(最上級モデル)の3ドアハッチバック車4種類だけだったが、のちにグレードが充実化され、キャンバストップ車や5ドアハッチバック車や、MA10ET 987cc水冷ターボECCSエンジンを搭載した「マーチターボ」、MA09ERT930cc空冷式インタークーラー、ダブル過給機付きECCSエンジンを搭載し、ビスカスLSD標準装備のモータースポーツに対応したマーチR、そのグランドツーリング版のマーチスーパーターボなどの車種も登場した[2]

1982年10月に、モーターショー発表から長期にわたる1年間のプレキャンペーンの後、発売された。「マーチ」の名称は一般公募により決定した。CMキャラクターには、車名の「マーチ」と「マッチ」をかけて近藤真彦が起用された[3]。歴代マーチで唯一ティザーCMを放映していた。

約10年という、日本の量産車としては珍しく、極めて長いモデルライフだった。

派生車種

主な派生車種は、パイクカーの「Be-1」BK10型、MA10Sエンジン搭載・「パオ」PK10型、MA10Sエンジン搭載・「フィガロ」FK10型、MA10ETエンジン搭載や、レーシングフォーミュラーカーの「ザウルスジュニア」NSJ-91型、MA10Eエンジン搭載などがあげられる。パイクカーの人気は高く、特にBe-1は中古車市場にリセールした方が、本体購入価格より倍近い値段がつくという事で「財テクカー」と呼ばれた。

年表(特記以外、日本国内での出来事)

  • 1978年の初頭 - 日産自動車、リッターカーの開発に着手
  • 不明年 - リッターカー開発プロジェクト「KX計画」を日産の石原俊社長(当時)直轄化の元でスタート。
  • 1981年10/30~11/10 - 第24回モーターショー(東京・晴海)でFF1000CC乗用車、「NX.018」参考出品。
  • 1981年10/29~1982年1/15 - 車名の募集キャンペーンを実施、全国からの応募数は、565万通に及んだ
  • 1982年*10/22 - 午前11時に東京銀座にある日産自動車本社にてK10型マーチの新車発表記者会見がおこなわれた。
  • 1982年10月 - K10型マーチ発売。
  • 1983年4月 3ドアハッチバック「G-COLLET」仕様車追加(4MT/3AT車)。
  • 1983年7月 - 日産50周年記念限定車、50スペシャルII (TWO) 仕様車を限定2000台で販売。特別装備として、フロントグリルに50周年記念エンブレム、50周年記念専用デザインキー、ドアミラー(電動リモコン式)、ブロンズガラスシールド、専用ボディカラー、アクセント・ピンストライプ、155SR12サイズのラジアルタイヤなどを採用。
  • 1983年9月 - 5ドアハッチバック新設定、「FT」・「FC」仕様追加(4MT車にはFT・FC、5MT車にはFT、3AT車にはFT・FCが用意された)、3ドアハッチバック車「G-1」仕様新設定(標準装備として後部がチルト、なおかつ脱着可能な2ウエイ式ガラスサンルーフを設定。※5MT車)。
  • 1984年 - 日産伝統の入門レースカテゴリー、K10型マーチでのワンメークレース「マーチカップ」開催。
  • 1984年2月 - 5ドアハッチバック車の最上級車種、「FV」仕様車追加(4MT車/5MT車/3AT車)。
  • 1985年2月 - マイナーチェンジ。車体の一部変更。「マーチターボ」MA10ETエンジン搭載車を追加(5MT・3AT)。コレットの4MT車にスロープストッパーを採用、MT車でも登坂路の坂道発進を容易にする補助装置として、従来のブレーキシステムにプレッシャーホールドバルブを追加設定。MA10Sでは三元触媒に統一。3ドアハッチバック車ではコレット仕様パワーステアリング車を新設定し、S仕様の4MT車・G仕様5MT車・S仕様3AT車が廃止され、5ドアハッチバック車では、FV仕様4MT車・FT仕様5MT車が廃止された。
  • 1986年3月 - 特別限定車「ターボ・ホワイトセレクト (WS)」仕様車発売。
    • 全国限定1500台。特別装備としてボディをホワイトで統一、ブロンズカラーガラスシールド、W・Sマーク入りボディステッカー、W・Sマーク入り3本スポークステアリング、フロントバケットシート、専用フルクロス布地(グレーカラー斜めストライプ)、などを装備。
  • 1986年9月 - PUMPS!仕様車の追加。特徴としてメインシート表地の着替え選択が可能。メインシートカラーはシャーベットトーンの7色で前/後席ワンセット分と着替え用の前席分が標準装備で、しかもセパレートタイプ、別売で追加注文が可能、色の組み合わせは無限大に近く、ファスナー固定の上、洗濯可能である。

シートカラーバリエーションは、ハーバーブルー、クレープイエロー、ポーラブルー、シェルピンク、コスモグリーン、パンプキンイエロー、ピーコックブルーがあった。

  • 1986年 - 全日本ラリー選手権Aクラスに参戦しドライバーズチャンピオンを獲得。
  • 1987年WRC、サファリーラリーにてNRS(ニッサンラリーサービス)[1]がマーチターボで参戦。
  • 1987年1・3月 - パイクカー第一弾「Be-1」BK10型、MA10Sエンジン搭載車発売。
  • 1987年8月 - 手軽にオープンエアー感覚を楽しめる「マーチ・キャンバストップ」専用仕様車の追加。G-1仕様車の廃止。全車にパワーステアリングをメーカーオプションで拡大設定(L仕様5MT車を除く)。車体色に新色を大量に採用、内装はトリム・シート生地の変更(ターボ仕様車を含む)。MA10ETエンジンは空燃費比最適制御によりEGR装置を廃止。
  • 1987年 - 全日本ラリー選手権Aクラスに参戦しドライバーズチャンピオンを獲得。
  • 1988年1月 - 3ドアハッチバック車、i.Z仕様車発売。
  • 1988年8月 - モータースポーツ活動の対応車種、「マーチR」MA09ERT(930cc)ダブルチャージエンジン搭載、5MT仕様車限定発売。主に国内ラリーで活躍。
    • 1988年 WRC第36回サファリラリーでマーチターボ、JH.ヘイズ/A.Levian組が総合10位A3クラス優勝。
  • 1989年、WRC第2戦、モンテカルロラリーでマーチターボ参戦、ドライバーはP.エクルンド

1989年、WRC第4戦、サファリラリーでマーチターボ、L.モーガン/L.マローテ組が女性コンビながら、総合12位、クラス優勝。

  • 1989年、WRC第13戦、RACラリーでマーチターボ、P.エクルンド/D.ウィトッグ組で参戦、総合21位、クラス3位。
  • 1989年1月 - マイナーチェンジ。5ドアハッチバック車i.Z仕様発売。「スーパーターボ」(E-EK10)5MT/3AT発売。L型5速専用エンジンの廃止。車体の一部変更。コレット・パンプス仕様車にスロープストッパーを標準採用。メーカーオプションとして脱着式ガラスサンルーフの設定をパンプス・コレット・ターボ・スーパーターボに、電動キャンバストップの設定をパンプス・コレット・ターボに、デュアルエキゾーストパイプをRに加え、ターボ・スーパーターボにそれぞれ採用。「マーチ・キャンバストップ」専用仕様車の廃止。
  • 1989年、WRC第6戦、アクロポリスラリー、マーチスーパーターボ、P.エクルンド/B.セデルベルグ組が総合10位、

クラス優勝。クラス分け、過給排気量930cc x1.4倍(ヌトラシーノ(ドライバー)の車が参戦不明

  • 1989年MA09ERT搭載EK10FR型マーチRが全日本ラリー選手権シリーズ優勝(Bクラス1001cc以上1600cc未満クラス)。
  • 1989年、WRC第7戦、ラリー.オブ.ニュージーランドでマーチスーパーターボ、P.デビット/W.ジョーンズ組、グループ.N、総合3位、クラス2位獲得。
  • 1988年1月 - パイクカー第2弾、3ドア2ボックス「パオ」PK10型、MA10Sエンジン4MT/3AT搭載車発売。
  • 1990年1月 - i.Z仕様車一部変更。
  • 1991年1月 - 3/5ドアハッチバック車「i.z-f」仕様車発売。
  • 1991年 - MA10Eエンジン搭載、レーシングフォーミラー車「ザウルスジュニア」登場。ザウルスJrカップ発足。
  • 1991年 - K10型マーチ、全車種生産終了。
  • 1991年2月 - パイクカー第3弾、2ドアオープントップ「フィガロ」FK10型、MA10ETエンジン(987cc)3AT搭載車発売。
  • 1992年1・4月 - フルモデルチェンジで3/5ドアK11型マーチへ移行。

2代目(K11型・1992 - 2002年)

日産・マーチ(2代目・K11型)
前期型
中期型
画像:March.JPG
1.0 コレット(リア)
製造期間 1992年2002年
ボディタイプ 3ドア/5ドアハッチバック
3ドアオープン
5ドアステーションワゴン
4ドアノッチバックセダン(台湾製)
エンジン 前期
CG10DE型 1.0L 直4 58ps
CG13DE型 1.3L 直4 79ps
後期
CG10DE型 1.0L 直4 60ps
CGA3DE型 1.3L 直4 85ps
トランスミッション 5MT / 4AT / CVT
駆動方式 FF/4WD
全長 3720mm
全幅 1585mm
全高 1430mm
ホイールベース 2360mm
車両重量 750kg - 1030kg
数値 1996年型「コレット」
姉妹車/OEM 日産・マーチBOX
車台を共有
する車種
日産・キューブ(Z10型)
同クラスの車種 トヨタ・スターレット
ホンダ・ロゴ
三菱・ミラージュ
ダイハツ・シャレード
マツダ・デミオ
スズキ・カルタス
ルノー・クリオ(クリオII)
プジョー・205
オペル・コルサ

1992年1月、初のフルモデルチェンジを受けて2代目に移行する。ボディ形式は初代に引き続き3ドアと5ドアのハッチバック型、後期型にはワゴン型「マーチBOX」やオープンモデルもラインナップされていた。また、1998年には派生モデルとして初代・Z10型キューブが生まれている。

ミドルクラスセダンの初代・P10型プリメーラと同じく、日欧両市場を主要マーケットとして、欧州車と比肩しうる性能や快適性、合理的なパッケージングを実現することを目標として開発された。「安かろう悪かろう」が普通であった当時の日本製コンパクトカーの中では異彩を放つ存在であった。プラットフォーム及びエンジンは新開発され、1.0/1.3LのCG型エンジンを搭載、5速MT/4速ATに加えて、スバルから供給を受けたCVTを組み合わせていた。CVTの採用は日産では初である。

日本市場での販売実績は、モデルサイクル全般にわたって堅調なもので、マーチに対抗できる商品力を持つ競合車が1999年の初代トヨタ・ヴィッツまで登場しなかったことや、バブル崩壊に伴いコンパクトカーの経済性が見直されてきたことなどの要因から、登場から4年後の1996年度には142,000台を販売し記録を更新した。その後、トヨタ・ヴィッツホンダ・フィットなど競争力の高いコンパクトカーが他社から続々と発売されたことなどもあり、若干売上は落ちたものの、2001年製の最終モデルでも月間5,000台程度の安定した販売実績を残している。

派生車種

1998年に誕生したトールワゴン・初代「キューブ」は、マーチの基本コンポーネンツを流用して開発された。また、レトロ風のメッキグリルを持ち、リアオーバーハングを延長し独立したトランクルームを備えたセダン、光岡「ビュート」や、無印良品とのコラボレーションモデル「Muji Car 1000」も生まれている。

受賞歴

年表(特記以外、日本国内での出来事)

  • 1992年1月 - 初のフルモデルチェンジ。
  • 1992年4月 - 安価モデル「E」を追加。
  • 1992年8月 - 英国サンダーランド工場で現地生産開始。
  • 1993年1月 - 1.0LエンジンにCVTを組み合わせた「B」追加。
  • 1993年4月 - 欧州、日本、RJCの各COTY受賞を記念した特別仕様車「V3 AWARD」設定。ボディカラーは黒と赤の2種類のみ。
  • 1993年11月 - 「アウトストラーダ」「i・z セーフティグリップパッケージ仕様車」を追加[4]
  • 1994年12月 - 一部改良により、運転席SRSエアバッグを全車標準装備化。
  • 1995年4月 - 運転補助装置付きモデル「アンシャンテ」がオーテックから発売。
  • 1995年12月 - マイナーチェンジ。内外装意匠の一部変更を受ける。
  • 1996年6月 - 特別仕様車「F」設定。
  • 1996年10月 - 特別仕様車「D」設定。
  • 1996年11月 - 特別仕様車「コレット」設定。
  • 1997年5月 - マイナーチェンジ。全車にデュアルエアバッグ、ABSを標準化、助手席エアバッグの装着に伴いインパネ形状が変更される。外観ではグリルがフード一体型に変更されたのが目に付く。特別仕様車の「コレット」はカタログモデル化、以後「i・z - f」に代わって主要グレードになる。
  • 1997年8月 - 電動ソフトトップを持つオープンモデル「マーチカブリオレ」が登場[5]
  • 1997年10月 - 丸型ヘッドランプとメッキグリルを持つレトロ調特別仕様車「ボレロ」を設定。
  • 1997年12月 - 1960年代英国風テイストの「ジューク」追加。赤と黒のツートンカラーが特徴。
  • 1998年4月 - 英国生産モデルに、プジョー製1.5L TUD5型ディーゼルエンジンを搭載。
  • 1998年11月 - 丸型ヘッドランプとメッキグリルを備えるレトロ調特別仕様車「ルンバ」を設定。同時に装備充実の「コレットL」を追加。
  • 1999年9月 - 英国生産モデルが累計生産100万台を達成。
  • 1999年11月 - マイナーチェンジ。1.0L CG10DE型の出力向上、1.3LエンジンのCGA3DE型への変更を実施。無段変速機「Hyper CVT」搭載モデルやマーチとしては初の4WD車も設定された。内外装ではヘッドランプがクリア化されたのが目新しい。また、リアオーバーハングを延長したステーションワゴンモデル、WK11型「マーチBOX」も登場した。高田工業で受託生産。
  • 2000年5月 - モール類をカラード化した特別仕様車「ホワイトリミテッド」設定。ボディカラーは限定のシルキースノーパールのみ。
  • 2000年10月 - 内装を一部変更し、グレード体系も見直し。「Mia」追加。
  • 2000年12月 - オーテックジャパンの手による丸型ヘッドランプが特徴の特別仕様車「ポルカ」を設定。同時に特別仕様車「カジュアルリミテッド」設定。
  • 2001年4月 - K11型国内登録累計100万台達成記念車「コレット - f」を発売。
  • 2001年5月 - 無印良品とのコラボレーションモデル「Muji Car 1000」発売。1000台限定。商用車を思わせるスタイルが特徴。
  • 2003年 - オーテックジャパンの手によるスペシャルモデル「MID - 11」公開。3ドアをベースに、可変バルブタイミング機構を備えたSR20VE型エンジンに6速MTを組み合わせ、204PS・21kg・mの性能を発揮した。エンジンはリアシート部分へ横置きしていた。

備考

  • 日本国内のグレード名は「マーチ(=行進曲)」という名前にちなんで「G/A/B/Esup♭;」といった英米式音階表記となっていた。「♯」は1.3L車、「♭」は1.0L車をそれぞれ示す。初代後期からの人気グレード「i・z - f」は例外であるが、「f」にフォルテ(強弱記号)を用いることでイメージの統一を図っていた。
  • 台湾裕隆汽車ではマーチのハッチバック型が「行進曲」という名前で現地生産されていた。
  • フランスでは氷上レースを戦うために、A32型セフィーロ用VQ30DEエンジンと4WDシステムをミッドマウントしたスペシャルモデルが開発された事がある。

3代目(K12型・2002年 - )

日産・マーチ(3代目・K12型)
マーチ(2002年2月-2005年8月)
マーチ(2007年6月-)
マーチ(リア)
製造期間 2002年 -
ボディタイプ 3ドア/5ドアハッチバック
2ドアカブリオレ
エンジン CR10DE型 1.0L 直4 68ps
CR12DE型 1.2L 直4 90ps
CR14DE型 1.4L 直4 98ps
HR15DE型 1.5L 直4 109ps
トランスミッション 5MT / 4AT / CVT
駆動方式 FF/e-4WD
全長 3695mm
全幅 1660mm
全高 1525mm
ホイールベース 2430mm
車両重量 870 ~ 1,060kg
数値 2002年型「12c」
先代 2代目マーチ
車台を共有
する車種
日産・Bプラットフォーム
同クラスの車種 トヨタ・パッソ/ダイハツ・ブーン
トヨタ・ヴィッツ
ホンダ・フィット
ルノー・クリオ
オペル・コルサ
光岡・ビュート
マツダ・デミオ
三菱・コルト
スズキ・スイフト
プジョー・206
フィアット・プント
フォード・フィエスタ
フォルクスワーゲン・ポロ

2002年2月、2度目のフルモデルチェンジを受ける[6]。ボディ形式は変わらず3ドアと5ドアのハッチバック形式だが、日本市場では2005年のマイナーチェンジを機に、3ドアモデルは廃止され、現在では5ドアのみとなっている。欧州市場ではクーペカブリオレの「マイクラC+C」も発売されており、日本にも2007年7月に導入され1500台が限定販売されている。

技術面ではルノーと共同開発した「アライアンス・Bプラットフォーム」[7]が初めて採用されたことが最大のトピックである。このプラットフォームはその後登場した多くのルノー車、日産車のベースとなっている。日本仕様車では新開発の1.0/1.2/1.4LのCR型エンジンを搭載、5速MT/4速ATを組み合わせていた。欧州では1.6Lモデルも存在する。駆動方式はFFに加え電動式四駆「e-4WD」も用意された。2代目の特徴の一つであったCVTは当初ラインナップされていなかったが、2005年のマイナーチェンジを機に1.5LのHR型エンジン+CVT搭載のモデルが復活した。

燃費の向上を目的に、全車に電動式パワーステアリングが採用されているが、パワーアシストの制御が不自然で、ギア比も早すぎるとする評論家が多く、ユーザーの中にもその点を不満に感じている者がいる。また、通常の走行では問題とならないが、横Gが大きくかかるコーナリングを短時間に繰り返した場合、アシストモーターにかかる電流値の合計が急激に増え、フェイルセーフが働き、アシストがオフになる。この場合、復帰までに数分を要する。この症状は同じ部品構成の車種全般に見られる[8]

くりくりしたヘッドランプとカエルの顔をイメージさせる特徴的なエクステリアデザインは日本のデザインスタジオで開発された。欧州向け日産車に共通するウイング型のグリルをはじめ、丸くラウンドしたルーフや、わずかに残されたリアノッチ、ショルダー部分のキャッツウォーク形状には2代目の面影を残す。極めて独創的で愛嬌のあるスタイリングであるが、若者の男性や中高年の人が乗るには少し可愛すぎて恥ずかしい(照れくさい)という声も聞かれる。競合車種と比較した場合、全長が短いことや、後ろ下がりのルーフ形状のため、後席居住性やラゲッジスペースは若干劣ることが多い。また、日本仕様車では多彩に用意された個性的な内外装色も特色であり、自動車の優れたカラーデザインを顕彰する「オートカラーアウォード」を3度(内グランプリ2度)受賞している。

カルロス・ゴーンCEO着任後、初めて開発された車種[9]として、その売れ行きには注目が集まったが、発売初年度の日本市場では月販目標台数8,000台を大幅に上回る月平均14,000台を販売し大ヒットとなった。その後、社内外から競合車が続々と発売されたこともあり、販売実績は低下したものの、発売後4年を経過した2006年現在でも月5,000台程度をコンスタントに売り続けている。

派生車種

3代目マーチをベースとした派生車種は数多い。ただし、これらの車種を一括りに「マーチの派生車」と呼ぶことには議論の余地があると思われる。プラットフォームの共用化が進んだ現在では、かつてのような基幹車種とその派生車種という線引きが明確でなく、マーチが「たまたま」最初のBプラットフォーム採用車となっただけで、むしろ「Bプラットフォーム派生車」と呼んだ方が適切かも知れない。またこれ以外の派生車として、リアオーバーハングを延長し、独立したトランクを備えたセダン、「光岡・ビュート」が存在する。ビュートはマーチの3代目移行後も、2代目をベースとしたモデルが継続販売されていたが、2005年9月に、13年ぶりとなるモデルチェンジを受けた[10]

受賞歴

  • 2002年10月 - 経済産業省選定グッドデザイン賞を受賞。
  • 2002年11月 - 「パプリカオレンジ×シナモン」の内外装色組合せと5色の外装色(コミュニケーションカラー)が第5回オートカラーアウォードのグランプリを受賞。
  • 2003年7月 - ドイツのレッド・ドット・デザイン賞受賞。
  • 2003年12月 - 外装色「ショコラ」が第6回オートカラーアウォードのファッションカラー賞受賞。
  • 2005年12月 - 「チャイナブルー×アイスブルー」の内外装色組合せが第7回オートカラーアウォードで2度目のグランプリ受賞。

年表(特記以外、日本国内での出来事)

  • 2001年9月 - 第59回フランクフルトモーターショーに「mm.e」を出品。
  • 2001年10月 - 第35回東京モーターショーにプロトタイプ「mm」参考出品。
  • 2002年2月22日 フルモデルチェンジ。販売は3月5日から。月販目標台数は8,000台。
  • 2002年9月 - 電動式4WDe-4WD」を1.4L車に設定。同時にオーテックジャパンの手による特別仕様車「ラフィート」を設定。外装はMiniを意識したもの。
  • 2002年9月 - モンディアル・ド・ロトモビル(パリサロン)に出品、電動ハードトップを備えたオープンモデル「マイクラC+C」も併せて展示。
  • 2002年11月 - 英国サンダーランド工場で現地生産を開始。
  • 2003年5月 - 日産創立70周年を記念した特別仕様車を発売。
  • 2003年7月 - スポーティーグレード「14s」を追加。シャープのプラズマクラスター技術を搭載する「プラズマクラスターイオンエアコン」をオプション設定(市販車初)。
  • 2003年9月 - 第60回フランクフルトモーターショーに「マイクラ1.5dCi」を出展。同年10月販売開始。
  • 2003年10月 - オーテックジャパンの手による特別仕様車「12SR」を設定。3ドアモデルのみの設定。チューンナップされたCR12DE型エンジン、専用スポーツサスペンション等を装備。
  • 2004年4月 - マイナーチェンジ。フルーツをイメージした新色を設定したほか、1.0L車を廃止し、1.4L車は5ドアのみとなる。
  • 2004年8月 - オートライトや分割可倒式リアシートなど、装備を充実させた特別仕様車「Vセレクション」を発売。
  • 2004年11月 - オーテックジャパンの手によるレトロ調特別仕様車「ボレロ」を設定。
  • 2004年12月 - 特別仕様車「iセレクション」発売。特徴的なヘッドランプ形状をモティーフにしたシート表皮が特徴。
  • 2005年4月 - 上級モデルのシート表皮を採用した「インテリアセレクション」を発売
  • 2005年6月 - 電動ハードトップモデル「マイクラC+C」を英国で披露。ドイツのコーチビルダー・カルマン社と共同開発した。
  • 2005年8月 - マイナーチェンジ。3ドアモデル廃止と1.5L HR型エンジン搭載モデルの追加が主なトピックである。3ドアモデル廃止に伴い12SRも5ドアベースに変更を受ける。4ATも型番変更され、MC前の4ATで発生していた1速→2速への変速ショックが改善されている。
  • 2005年9月 - フランクフルトモーターショーに生産型「マイクラC+C」および「マイクラ160SR」を出展。
  • 2005年11月 - 欧州市場で「マイクラC+C」を発売開始。
  • 2006年6月 - コンランショップとのコラボレーションモデル「プラスコンラン」を9月まで限定発売。
  • 2006年10月 - 装備充実の「ワンタッチコレクション」「ワンタッチコレクションプラスナビ」を設定。
  • 2007年6月 - マイナーチェンジ。ヘッドランプなどを変更して質感を向上し、内外装に新色を設定。特別仕様車「Plus navi HDD」発売。
  • 2007年7月 - 「マイクラC+C」日本で1500台の限定販売(1月に導入発表)。なお、このモデルのみ、日本でも「マーチ」ではなく「マイクラ」を名乗る。
  • 2007年10月9日 - マーチ誕生25周年を記念して、過去の人気色「ショコラ」「パプリカオレンジ」とインターネットのアンケート投票で一番人気だった「アクアブルー」を採用した「12E/14E FOUR リミテッドカラー」をインターネット予約販売で各色250台限りの限定復刻。
  • 2007年11月8日 - 誕生25周年記念特別仕様車「25th Happiness」「Plus Safety」「KISEKAE」を発売。

車名の由来

  • 車名「マーチ (MARCH) 」は英語で、「行進曲」「行進」「3月」の意である。同社のサニーも同じように一般公募で命名された。欧州では「Micra(マイクラ、しばしばミクラとも発音されるが、日産の公式文書ではマイクラ)」の車名で販売されている。これは英語でごく小さな長さの単位であるMicron(ミクロン)の複数形である。派生車である「C+C」はクーペ+コンバーチプルの略であり、2つの使い方を併せ持った商品であることをアピールしている。

CM・キャッチコピー

初代

  • 「スーパーアイドル」(1982年)
  • 「飛び出せ!マーチ」(1983年)
  • 「美しい人、マーチ」(1984年~1985年)
  • 「遊ingターボ」(1985年~1987年)
  • 「マイ・ベーシック」(1989年)
  • 「スーパーチャージを迎え撃て。」(1990年)
  • 「1300ターボを迎え撃て。」(1990年)
  • 「こいつの心臓はなんてタフなんだ。」
  • 「こいつの心臓は凄い。」
  • 「リトル・ビック・カーだね。」
  • 「全身にまとったレーサー感覚。」
  • 「全身、スポーツギア感覚。」
  • 「オール・ニュー・マーチ」(1989年)[11]

2代目

  • 「タウン・スモールという性能。」(1992~96年)
  • 「こんなカタチのくるまのなかでいちばんいいくるまになりたいと思いました」(1992~96年)
  • 「I LOVE MARCH」(1999~2001年)

3代目

  • 「あなたをみつめて進化したスモール」「friendly!」(2002年~2004年)
    • 広告やテレビCMでは特徴的なヘッドランプ形状をモティーフにしたグラフィックが用いられている。CMソングにはフリッパーズ・ギターの「恋とマシンガン」オリジナルアレンジを使用。
  • 「私らしく。Newマーチ」(2005年~2007年)
  • 「SHIFT_fashion(ファッションをシフトする)」(2005年~2007年)
  • 「しあわせマチ子さんの、ニューマーチ。」(2007年~)
  • 「SHIFT_happiness(幸せをシフトする)」(2007年~)

マーチが登場する作品

TV・映画

漫画

ゲーム

脚注

  1. ^ なおマーチの場合、次期モデルまでのモデルチェンジまでの期間は平均して10年。
  2. ^ 日本国外ではMA12S 1235ccエンジンを搭載した車種や、Micra super(マイクラスーパー)などの独自車両も存在した。
  3. ^ 近藤は後にトヨタ・カローラセダン/カローラフィールダーのCMに出ている。
  4. ^ アウトストラーダとはイタリアの高速道路の意。
  5. ^ 生産はオープンカーの製造を得意とする高田工業が受託。
  6. ^ 当初2000年の発売を目指して「ほぼ」開発は終了していたが、ルノーとプラットフォームの共通化のため発売が大幅に遅れたといわれている。
  7. ^ ルノーとのプラットフォームの共通化に伴い、給油口がこれまでの日産FF車の定番であった左側から右側に変更された。
  8. ^ 車重の大きいキューブキュービックティーダラティオでは顕著となり、更に車重の大きいブルーバードシルフィでは更に顕著となる。
  9. ^ それ以前に発表された車種は着任前すでに開発が始まっていた。
  10. ^ K12型ベースの新世代に移行した後も、旧型がK11型マーチの中古車をベースに継続生産され、「メイクアップビュート」と名前を変えて販売されている。
  11. ^ マーチスーパーターボのCMソングには映画「トップガン」でも使用された曲、「デンジャ・ゾーン」の別歌手版を起用した。

関連項目

Wikimedia Commons
ウィキメディア・コモンズには日産・マーチに関連するカテゴリがあります。

外部リンク

ウィキペディアでの『日産・マーチ』の改訂履歴
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