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日産・レパード

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(最終更新 2007年10月28日 (日) 05:51。)

レパード(LEOPARD)とは日産自動車が製造・発売していた高級パーソナルカーである。

目次

概要

「日産・レパード」は、1980年910型ブルーバードをベースにした上級2ドア/4ドアハードトップとして、スカイラインローレルに続く上級車ラインアップの一角を担うべく登場した。

1999年のモデル消滅までの19年間、終始コンセプトが定まらず二転三転した事が大きな特徴で、初代は前述の通りブルーバードベースの上級2ドア/4ドアハードトップ、2代目はスカイラインをベースにし、トヨタ・ソアラを強く意識した高級2ドアクーペのみ、そして3代目~4代目はセドリック/グロリアベースの高級4ドアセダンのみというコンセプトの変わり様であった。その迷走ぶりは、スーパーホワイトのボディカラーと共にマークII3兄弟やクラウンを大ヒットさせたトヨタに比べ、日産のマーケティング戦略が如何に遅れていたかを如実に物語っていた。

しかし、車両価格を高めに設定できたことと主流商品ではなかったことにより、新技術の先行投入が積極的に行われた結果、その後の日産車をはじめ、他のメーカーにも少なからず影響を与えたと見る向きもある

前述の迷走ぶりもあり、レパード自体は確固たるブランド力を構築出来なかったが、その後の同社のインフィニティQMGシーマフーガスカイライン)をはじめとした高級パーソナルカーにその経験は生かされている。

歴史

初代 F30型 (1980-1986年)

日産・レパード(初代)
製造期間 1980年 - 1986年
ボディタイプ 2ドアハードトップ
4ドアハードトップ
エンジン V6OHC 2960ccターボ VG30ET型
直列6気筒OHC 2753cc L28E型
直列6気筒OHC 1998cc L20E型
直列6気筒OHC 1998ccターボ L20ET型
直列4気筒OHC 1770cc Z18型
トランスミッション 5MT/3AT/4AT
サスペンション 前:マクファーソンストラット
後:セミトレーリングアーム
駆動方式 FR
全長 4630mm
全幅 1690mm
全高 1355mm
ホイールベース 2625mm
乗車定員 5人
先代 日産・ブルーバード(810型)
姉妹車/OEM 日産・レパードTR-X
車台を共有
する車種
日産・ブルーバード(910型)
同クラスの車種 2ドア:
トヨタ・ソアラ
マツダ・コスモ
三菱・ギャランΛ
4ドア:
トヨタ・マークII
トヨタ・チェイサー
トヨタ・クレスタ
マツダ・コスモ

概要

当時、荻窪にあった旧・プリンス自動車工業の開発拠点で開発された車種である。ベースとなったのは、910型ブルーバードを基に、北米向けに直列6気筒L24Eを積んだ「G910型 マキシマ」であり、810型まで国内に設定されていた、ブルーバード「GT」や、「G6」シリーズの事実上の後継車種にあたる。

ボディタイプは4ドアハードトップと2ドアハードトップだった。これに加え、チェリー系販売会社向けの姉妹車として、「レパードTR-X」(トライエックス)も設定された。レパードの異型ヘッドランプに対し、TR-Xは、規格型の角型4灯ヘッドランプを採用する。

初代(F30型)は、さまざまな「世界初」や「業界初」(最近普及してきた燃費計やフェンダーミラーワイパーといった役に立つかどうか不明のものも含む)を携えて登場した。また、スタイリングには、910型ブルーバード、430型セドリック / グロリア同様、ピニンファリーナの手が入っており、リアウインドウに使われたベンドグラスや、C ピラーとリアフェンダー面一としない手法(キャビン後端の幅を狭め、C ピラーの後ろを絞り、ボディー全長にわたるショルダーラインを際立たせる)は、国産他車に先駆けるものであった。ただ、車体幅が5ナンバーサイズであったため、現代の車と比較すると前後の絞りは少なく、ひょろ長い印象がある。このように未完成な部分もあるが、スタイリングの完成度に比べエンジンが旧態依然としたL型エンジンと凡庸であり、ライバルのトヨタ・ソアラが「GT」系グレードにDOHCエンジンを搭載していた(当初は2.8Lのみ、後に2Lも)のに比べ大きく見劣りしていた(レパード発売当時、日産にはまだ相応しい新型エンジンがなかったため)。1984年、ようやくフェアレディZ 300ZXと共通のV6エンジンJISグロス最大出力230馬力)搭載の「300ターボグランドエディション」が追加されたが、すでにモデル末期に差し掛かっており、販売台数が好転することはなかった。

1984年10月、本家ブルーバードに6気筒エンジンを搭載したマキシマが加わった為、レパード4ドアはその存在意義を失ってしまった。また、ライバルのソアラが2ドアのみだった事もあり、次の2代目は2ドアのみでの再スタートとなった。

主なグレード

  • 発売初期
280X SF-L
200X SF-L
200X SF
200X CF
180X CF
180X F
  • モデル末期
300TURBO GRAND EDITION
TURBO ZGX SUPER EDITION
TURBO ZGX
TURBO SGX
200X ZGX
200X SGX
180X SGX
180X GX

年表

  • 1980年9月 初代F30型登場。
  • 1982年9月 マイナーチェンジ。ラジエータグリル、およびテールランプを変更し、L20ET型を搭載する最上級グレード「ターボZGXスーパーエディション」を追加した。
  • 1984年6月 「300ターボグランドエディション」追加。

2代目 F31型 (1986-1992年)

日産・レパード(2代目)
レパード(後期型)
インフィニティM30
製造期間 1986年 - 1992年
ボディタイプ 2ドアハードトップ
駆動方式 FR
全長 4680mm
全幅 1690mm
全高 1370mm
ホイールベース 2615mm
車両重量 1460kg
乗車定員 5人
車台を共有
する車種
日産・スカイライン(R31型)
同クラスの車種 トヨタ・ソアラ
ホンダ・レジェンドクーペ
マツダ・コスモ
スバル・アルシオーネSVX
三菱・GTO

概要

前述の通り、ブルーバードに6気筒の「マキシマ」が登場した事や、ソアラを競合車種として強く意識した結果、F31型では姉妹車だったレパードTR-Xを統合した上で(パルサー販売店でもレパードを販売)、2ドアクーペのみのラインナップとなった。また、同時期のスカイライン(R31型)と基本設計を共用し、開発コストを抑えた。

開発主管は、ローレル(C32型)、スカイラインR31(7th)・R32型の開発主管を務めていた旧・プリンス自動車出身の伊藤修令が担当していた。

エンジンは前期型がV型6気筒SOHC1998cc VG20E型(115ps)、1998ccターボ付VG20ET型(155ps)、DOHC2960cc VG30DE型(185ps)の3機種。マイナーチェンジでVG30DE型は200psとなったほか、VG20ET型に替わりDOHCターボ付のVG20DET型(210ps)を搭載。また3リッターにもターボモデルが加わりシーマ(Y31型)に搭載されたDOHCターボ付 VG30DET型(255ps)が新たに搭載された。前期型VG20E型搭載車のみ、マニュアル車が設定された。

エクステリアは先代のイタリア的近未来スタイルに対し、ソアラやBMW 3.0CSをリメイクしたようなクラシカルなデザインになったが、細部の仕上げには相応の注意が払われている。外板の塗装も高品質仕上げが施されていた。

販売終了から15年近く経過するが、独特のデザインとドラマ「あぶない刑事」に使われていたこともあり、未だに根強い人気を保っている。

オーナーズクラブが全国に点在し、情報交換等も非常に活発である。

年表

  • 1986年2月 F31型にモデルチェンジ。ラインナップはアルティマ(V6 3000DOHC)、XS-II・XS(V6 2000SOHCジェットターボ 空冷インタークーラー付き)、XJ-II・XJ(V6 2000SOHC)。
  • 1987年6月 アルティマ、XS-IIに「グランドセレクション」追加。ウールモケットシート、AVシステム(アルティマグランドセレクションに標準装備、XS-IIグランドセレクションにオプション)を装備。
  • 1987年10月 東京モーターショウにて「アルティマX」を参考出品。これはアルティマをベースとしたオープンカーで、専門誌では状況次第で市販化されるとの憶測があったが、発売には至らなかった。
  • 1988年8月 マイナーチェンジ。
メッキ部品を減らし角は丸められる。ダッシュボードも、大幅に形状が変更された。
ラインアップはアルティマV30ツインカムターボ(V6 DOHCセラミックターボ)、アルティマV30ツインカム(V6 3000DOHC)、XS V20ツインカムターボ(V6 2000DOHCセラミックターボ 水冷インタークーラー付き)、XJ V20E(V6 2000SOHC)。
VG30DET型の追加、VG30DE型の出力向上、VG20ET型に替わりVG20DET型を設定。
V6 2000SOHC以外のエンジンはプレミアムガソリン指定。
マイナーチェンジ前で人気の装備だった、全面ブルー液晶の「グラフィカル・デジタルメーター」は廃止され、アナログのホワイトメーターとなった。AVシステム、サンルーフ、本革シートがアルティマV30ツインカムターボに標準装備、その他のグレードにオプション設定された。

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3代目 JPY32型(レパードJフェリー) (1992-1997年)

日産・レパードJフェリー
インフィニティJ30(北米向け)
レパードJフェリー(リア)
製造期間 1992年 - 1997年
ボディタイプ 4ドアセダン
駆動方式 FR
全長 4880mm
全幅 1770mm
全高 1385mm
ホイールベース 2760mm
車両重量 1540kg
乗車定員 5人
車台を共有
する車種
日産・セドリック/グロリア(Y32型)
同クラスの車種 トヨタ・アリスト
ホンダ・レジェンド
マツダ・センティア

概要

GT-Rの復活や、グループA用レースへの出場に関する問題解決に忙殺され、元プリンス自動車系の伊藤班はR32型スカイラインの開発に専念せざるを得ない状況となっていた。しかし、その甲斐あってR32型スカイラインは、歴代中、始めて2ドア車の割合が6割に届く勢いを見せるなど、スポーツイメージを取り戻すことに成功した。一方、その躍進の影で、レパードの開発は中止されることが決定した。とは言え、日産店のラインアップに穴を開けることは許されないため、次期レパードには、「インフィニティJ30」がコンバートされることになった。この結果、2代目とは逆に4ドアセダンのみの設定となり、車名も「レパードJフェリー」へと改称され、車の性格が変わったことをアピールした。「Jフェリー」とはフランス語の「祝日」の意を英語風に発音した造語である。

北米市場向けのインフィニティJ30は、内外装共に、一見、セドリック / グロリアがベースになっているとはとても思えないほどに手が入れられており、フェラーリマセラティにも収められているイタリア、ポルトローナ・フラウ製の本革シートをオプションで用意する(ちなみにこのシートの価格は70万円超)など、セドリック/グロリアと比べても、よりパーソナルな高級車としての印象が強い。

エンジンはF31型にも設定されたVG30DE型(200ps)とシーマ用のV型8気筒 DOHC 4130cc VH41DE型(270ps)の2種類で、それぞれに電子制御の4速フルオートマチックミッションが組み合わされる。 ちなみに、同時期のY32セドリック / グロリアはVG30DE型に関しては、国内ユーザーの声を反映した5速ATが組み合わされているが、JフェリーではインフィニティJ30からの大きな変更は見送られ、4速ATのみとされた。

エクステリアデザインは同時期のブルーバードセダン(U13型)同様、カリフォルニアデザインセンター(NDI)の意見を大幅に取り入れた、リアエンドが垂れ下がる、いわゆる「垂れ尻」のプロポーションとなった。 一部の自動車評論家から絶賛を受け、メイン市場となる北米でも好評を得たが、日本国内では逆に、そのアクの強いスタイルと、リアドアの小ささと後席の狭さが実用上のネックとして敬遠されたモデルでもあった。しかし、後年、その個性的な存在感から、車趣味人の足グルマや、ドレスアップのベース車として再注目を浴び、Jフェリーを専門に扱う中古車業者も登場した。

ちなみに、日本車としては初めて、助手席エアバッグを全車に標準装備した(レスオプションも選択可)車でもある。

内田康夫浅見光彦シリーズ・藍色回廊殺人事件では、この車が非常に重要なファクターとなっている。

インフィニティJ30

3代目レパードであるF31型も、「M30」として北米でインフィニティブランドから販売されていたが、車格が変わり、イニシャルも「J」となった。

発売は日本と同じく92年。「J30」の車名通り、またフラッグシップである「Q45」との競合を避けるため、日本市場とは異なり、V8エンジンはラインアップされず、V6 3.0LのVG30DE型のみに絞られた。このVG30は、フェアレディZと同じ特性に変更されており、出力は日本仕様よりも若干高い220馬力を発生する。

内容的には現地の法規や嗜好に合わせた細かな変更がある以外、日本仕様とほぼ変わらないが、フロントフェイスは、Jフェリーがメッキグリル+異型2灯式ヘッドランプであるのに対し、J30はブラックアウトグリル+4灯プロジェクターヘッドランプである点が、日米のユーザー層の違いを大きく感じさせる。

装備面でも、ポルトローナ・フラウのレザーシートの設定が無く、BOSE製のオーディオが装備されるなどの違いがあった。

北米での販売は至って好調であり、日本より1年長い、1997年まで販売が続けられた。

4代目 JY33型 (1996-1999年)

日産・レパード(4代目)
製造期間 1996年 - 1999年
ボディタイプ 4ドアハードトップ
駆動方式 FR
全長 4895mm
全幅 1765mm
全高 1425mm
ホイールベース 2800mm
車両重量 1550kg
乗車定員 5人
後継 日産・セドリック/グロリア(Y34型)
車台を共有
する車種
日産・セドリック/グロリア(Y33型)
同クラスの車種 トヨタ・アリスト
ホンダ・レジェンド
マツダ・センティア

概要

車名を「レパード」に再改称。開発時期がバブル経済の絶頂期と重なり贅沢な設計のなされたJPY32型からは一転、メーカーの経営不振といった逆風の中で開発されたJY33型は、Y33型セドリック/グロリアの主要コンポーネントの大部分を流用する大コストダウンが図られた。しかし、セドリック/グロリアと中身がそれほど変わらない車であり、この事がレパードの評価を大きく下げる結果となった。

ボディは4ドアハードトップのみ。ドアアウターパネルおよびインスツゥルパネルの形状はY33型セドリック/グロリアと共通。当初、エンジンはV型6気筒SOHC VG30E型(160ps)とV型6気筒DOHCのVQ型、2987cc VQ30DE型(220ps)とターボ付VQ30DET型(270ps)の3タイプが搭載された。マイナーチェンジでVG30EとVQ30DE型が廃止され、直噴 VQ30DD型(230ps)、直列6気筒DOHCターボ付 RB25DET型(235ps,4WD車専用),VQ25DE(190ps,FR車専用)およびF31型に設定されていたVG20E型(125ps)が追加された。

グレード構成もグランツーリスモやブロアムといった区別こそ存在しないが、内容的にはセドリック/グロリアとほぼ同じような構成となり、登場当初は後席関係の装備を充実させたトップグレードのXV-Gを筆頭に、以下XV、XR、XJと続いた。 ちなみに、足回りはセドリック/グロリアのグランツーリスモと同じ仕様だったとされ、XV-GとXVにはSUPER HICAS仕様の足回りも用意された。

年表

  • 1996年3月 JY33型にモデルチェンジ。
  • 1999年6月 Y34型セドリック/グロリアと統合する形で、JY33型生産終了。レパードの19年の歴史にピリオドを打つ。

車名の由来

  • leopardとは「」(ひょう)の意味。

販売チャネル

  • 初代 日産店 (ブルーバード販売会社)
  • 初代TR-X チェリー店 (パルサー販売会社)
  • 2代目 日産店、チェリー店
  • 3代目 日産店
  • 4代目 日産店、サニー店

CM

CMキャラクター

キャッチフレーズ

  • 「自由に何を賭けるか」(初代:前期型)
  • 「PowerElite」(初代:前期型)
  • 「華麗なる豹」(初代:後期型)
  • 「かぎりなく自由だ。かぎりなく豊かだ。」(2代目:前期型)
  • 「表現力。」(2代目:前期型)
  • 「若いというだけでは、手に負えないクルマがある。」(2代目:後期型)
  • 「平凡なクルマに乗っていると、平凡なオトコになってしまう。」(2代目:後期型)
  • 「美しい妻と一緒です。」(3代目)
  • 「高級車の中で、いちばん自由でありたい。」(4代目)

登場作品

TV

映画

  • 帰ってきた若大将』(東宝1981年) F30型(初代:前期型)
  • スリー・キングス』(米・1999年) F31型(M30コンバーチブル)
    劇中で高級車としてレクサスとインフィニティを挙げ、コンバーチブルがあるとの理由でインフィニティの優位性を強調していた。

関連項目

外部リンク

ウィキペディアでの『日産・レパード』の改訂履歴
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