物価統制令(ぶっかとうせいれい、昭和21年勅令第118号)とは、日本の法令である。1946年3月3日公布、一部を除き即日施行。第二次世界大戦後の物価高騰(インフレ)にあたり、物価の安定を確保して社会経済秩序の安定を維持し、国民生活の安定を図ることを目的として、有事である戦時中に施行された価格等統制令(昭和14年勅令第703号)に代わって制定された。いわゆるポツダム勅令の一で、「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く経済安定本部関係諸命令の措置に関する法律(昭和27年法律第88号)」により、1952年4月28日以後、現在に至るまで法律としての効力を持ち、改正は法律によって行われる。
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この物価統制令による物価体系は、公布・施行された日(3月3日)にちなんで三・三物価体系と呼ばれた。戦前基準年(1934年から1936年の平均)に対して、物価が10倍、賃金が5倍のバランスで算定されたため、都市居住者は食糧や物品を求めるために窮乏化した。その上、国内での物資の絶対量が不足し、やむなく公定ルートに乗らぬ闇物資をヤミ市で購入しなければならなかったため、人々はいわゆるたけのこ生活(衣類・家財を少しずつ売って生活することを、タケノコの皮を剥ぐ様に見立てた)を余儀なくされた。
戦後の経済復興が進むにつれて価格統制も緩められ、1952年までにはほぼ統制が撤廃され、1972年にコメの消費者米価が対象外とされた後は、公衆浴場の入浴料金と工業用アルコールの価格の統制が残るのみとなった。
1973年秋、第1次オイルショックにともない日本の多くの地域で狂乱物価が発生した折に、国民生活安定緊急措置法(昭和48年法律第121号)の制定に合わせ、一部改正された。
近年、人気が高く希少なチケット(プラチナチケット)を大量に購入し客に高額で転売する、いわゆるダフ屋行為やチケット・ゲッターと呼ばれる者の行為に対して、物価統制令を適用しての取締りが警視庁により検討されたほか、府県の条例にダフ屋を取り締まるための条項がない地域(京都府など)において物価統制令違反容疑での逮捕が行われている[1]。