特別急行列車(とくべつきゅうこうれっしゃ)とは、鉄道における広義の急行列車の一種で、狭義の急行列車の上位に位置する列車種別である。「特別急行」を略して特急(とっきゅう)ともいい、基本的には「特急」で通用している。なお、転じて、仕事などを大急ぎで行うことを意味する慣用句的用法もある。(例:「この服を特急でクリーニングして下さい。」 )
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鉄道会社や鉄道路線ごとに多少の違いはあるものの、概ねその路線で最も早く目的地に到達する列車に与えられる呼称である。ただ、過去において「準急より遅い列車を特急と称し、不当な料金を徴収している」との訴えによる裁判の判例にもあるが、特急列車とは単に速度の速さのみに関らず、連結車両の優劣、運転時間帯、他の列車やバスなどとの接続時間などを総合的に判断して決定されるべきだとのことである。
米国には、豪華な列車に、特別料金を支払って乗車する上等客のみを扱うLIMITEDと呼ばれる列車が1910年代から運転されたが、「特急」にぴたりと当て嵌まる列車種別は無い。
欧州では、古くから特別急行列車の運転は盛んであり、イギリスでは19世紀にすでに運転されていた。また、イタリアでは1936年から電車による特急列車が運転され、これにははっきりと電車特急との表記があった。その後、1957年にはヨーロッパ各地を日帰りで行き来できるビジネスライクなTEE列車網が整備され、これらの列車には特別急行券を必要とした。その後はインターシティInterCity (IC) 列車に変更され、これらは、都市間連絡を主たる目的とする在来線優等列車であり、かつ平均停車間隔も長いものでは100kmを超えるが、短いものでは20kmにも満たないという点で、現在のJRの特急列車に限り無く近い性質を有していると言える。
通常、英語訳には、かつての米国の例に倣いLimited Expressが当てられるが、米国では鉄道旅客輸送の衰退に伴いほとんど死語になっている。
また、京王電鉄のようにSpecial Expressとしている例もある。JR九州の特急列車には、車体にIntercityのロゴを塗装してあるものがある。またフランス語ではRapidと言われるが、この単語は日本では快速列車に使用されているので誤解を招いている。
特別急行(特急)列車が設定される前、急行列車より速い列車には「最急行」という種別をつけることがあった。その中でも1906年(明治39年)4月16日に、国有鉄道の新橋駅~神戸駅間で設定された「最急行1・2列車」は、運賃以外に初めて速達サービスのための料金を徴収する列車となるなど、現在の有料特急・急行の元祖と位置づけられるものであった。
「特別急行」の種別を初めて用いたのは、1912年(明治45年)6月に前述した「最急行1・2列車」を区間延長する形により、関釜連絡船を介して中国・欧州などへの国際連絡運輸の一翼を担う「大陸連絡列車」として、新橋駅~下関駅間で運転を開始した1・2列車である。編成内容も一等車・二等車のみで展望車が最後尾に連結されるなど、「日本の国威」を対外宣伝するためのような存在であった。1914年(大正3年)12月に東京駅が開業すると、1・2列車も東京駅始発となった。
1923年(大正12年)7月、同区間に三等車のみで構成された3・4列車が運転開始される。そこからも分かるように、この列車はどちらかと言えば大衆向けの設定であった。昭和に入ると特急列車に「列車愛称」が付けられるようになり、新しい列車の設定も見られたが、間も無く戦争に突入したため、結局戦前の特急列車は下記の4種のみにとどまることとなった。また戦前の特急列車は、東京以西の路線(東海道本線、山陽本線、鹿児島本線、長崎本線)のみで設定されていた。そして太平洋戦争の激化により、1944年(昭和19年)4月を以て「富士」を最後にそれらは全て廃止され、日本の特急列車は一旦消滅した。
終戦直後は、石炭・車両・整備の状況が戦時中以上に悪化したこともあって、特急列車どころか普通の列車すらまともに運転できない状態となり、1947年(昭和22年)の1月から4月に掛けては急行列車まで全廃された。その後、それらの状況がやっと好転して来た1949年(昭和24年)9月、東京駅~大阪駅間に「へいわ」が運転開始される。同区間を9時間で結び、速度こそ戦前の水準に及ばなかったが、この時1944年(昭和19年)以来5年振りに展望車・食堂車が復活するなど、見るべきことは多かった。その後特急列車は次第に各線で設定・増発され、特徴ある物も増えた。戦後の特急列車史に残る列車としては、下記の列車などが挙げられる。(新幹線は除く)
特急列車が普及したダイヤ改正として著名なものには、1961年(昭和36年)10月1日の改正(通称「サン・ロク・トオ」ダイヤ改正)と、1968年(昭和43年)10月1日の改正(通称「ヨン・サン・トオ」ダイヤ改正)がある。1961年(昭和36年)の改正ではそれまで東北・東海道・山陽・鹿児島・長崎の各本線と常磐線でしか運転されていなかった特急列車が全国の幹線を走り始め、1968年(昭和43年)の改正では、それまではその名の通り「特別」な列車であった特急列車が、需要の多い線区では1964年(昭和39年)10月に開業した東海道新幹線と同様ネットダイヤ化が進み、大衆化をも推し進めることになった。
1972年(昭和47年)10月より一部の昼行特急には、「エル特急」と言う愛称が与えられた。後に従来の急行列車を昇格して特急列車とした際にもこの扱いを行うことが多かった。しかし今では、JR東日本が2002年(平成14年)12月にエル特急を名称上全廃するなど、その数は次第に減少しつつある。その一方でJR北海道においては、案内掲示や放送において「エル特急」と明記・明言し、ディーゼルカーによる特急は「特別急行」と放送されている。
また、1972年(昭和47年)から1985年(昭和60年)に掛けて山陽新幹線、東北新幹線、上越新幹線と言った新幹線が次々と開通するにつれ、長距離を走る特急列車は新幹線に取って代わられる形で次第に減少し、それと引き換えに新幹線の沿線から離れた都市と、新幹線との連絡・接続を図る、中~短距離の列車が増えていった。
なお、昼行列車であってもキハ82系気動車では食堂車と一等車(グリーン車)を各1両備えた6両編成を基本とした編成が基本とされ、電車でも二等車普通車の両数の差があるもののおおむね8~12両程度で運用されるものから大きく変容するようになる。
その初例として、1976年(昭和51年)に設定された佐世保線エル特急「みどり」では485系電車新製車両では最も短い4両編成で運用される事例がみられるようになった。ただし、「みどり」の事例は「かもめ」と併結運転を行う多層建て列車として運行する関係もあり線路容量が小さい路線での措置として異例とされたが、高速バスとの競争が激しくなった鹿児島本線エル特急「有明」では1984年以降改造車両を用い1本あたりの編成組成を短くする代わりに本数を増発する手法を採ったため、1986年(昭和61年)には「3両編成を組んだ特急」が運行されるようになった。
また、同年に運用を開始したキハ185系気動車は2両編成で運用可能な様な設計とし、実際にJR四国は高徳線のエル特急「うずしお」の運用開始時に運用を実施し、2007年現在では主に徳島県内の特急列車群で運用されている。
更に1985年(昭和60年)3月より2002年(平成14年)12月までの間、東北本線(宇都宮線)・高崎線などでは同線内相互間の輸送を目的とした一部のエル特急を「新特急」と称していた。元々は、短・中距離の急行列車を増収のためほとんど停車駅は変えず特急列車に格上げした物で、定期券でも乗車できることとし料金も特急と急行の中間的な設定にされた。しかし前述のような理由で設定された特急でもあり、また使われていた185系電車がそれまでの特急列車の車両より設備の劣る、関西では快速列車に使うような車両にデッキを付けただけのような物であったため、設定当初には「体のいい料金値上げ」・「最悪の特急」などといった陰口も叩かれたりした。しかし、2001年(平成13年)12月にそれ以外の列車とも特急料金が同額になり、「新特急」を列車名に冠する必要が無くなったためか翌年消滅した。
2004年(平成16年)3月に九州新幹線が開通した際、JR九州は下記のような特急列車を設定したが、これらはもはや本来の「特別な急行列車」の意味ではなく、単に料金を取るか取らないかどうかで「快速列車」・「普通列車」などと区分するために、「特急列車」を名乗らせているようである。
ちなみに、新幹線で運行される列車も特急列車として分類される。
但し、1975年(昭和50年)3月まで速達タイプの「ひかり」と各駅停車タイプの「こだま」は料金上別であった。また、1972年(昭和47年)3月までは「ひかり」は超特急、「こだま」は特急として区別していた。
なお、1992年(平成4年)3月に登場した「のぞみ」も「ひかり」・「こだま」とは料金に格差が設けられている。但し、2003年(平成15年)10月1日に「のぞみ」にも自由席を設定したが、これについては「ひかり」・「こだま」と同一料金となっている。
また、(法規上)在来線と直通する列車も特別急行列車と定義されている。このため、博多南線運行列車や「つばさ」・「こまち」も特別急行列車となる。
沿革にある通り、JRの場合特急列車を利用する場合、乗車券のほかに特別急行券(特急券)が必要である。料金などの詳細については、「特別急行券」の項を参照されたい。
特急列車への定期乗車券での乗車は原則として認められていないが、近年は特例として一部の列車・路線で定期乗車券に自由席特急券ないしは立席特急券を追加すれば乗車が認められるようになってきている。現在では、自由席については昼行列車の全列車が定期乗車券との組み合わせで乗れるようになった。但し、指定席は認めていない場合も多い。
普通列車が一切無いなどの理由で、特急列車に乗車しても特急料金が掛からない区間がある。詳細は「特別急行券」項中の「特急料金不要の特例区間」を参照のこと。
他の種別の列車の車両と異なる特急形車両を使っており、高速性能や、座席などの車内設備が他の種別の列車用より優れている。原則として特急列車に専用されるが、末端区間で普通列車になる場合や、運用の関係で普通列車として運転される場合もある。
私鉄では南海鉄道が1926年(大正15年)に、初めてこの名前の列車を運転したと言われている(詳細は不明)。
私鉄では、鉄道会社によってJRと同様に利用するためには乗車券のほかに特急料金が必要な物と、乗車券だけで利用できる物の2種類がある。その経緯については急行電車も参照のこと。
また、私鉄にはオリジナルの列車種別が設定されていることも多く、用途や行先を冠することで、複数の「特急」が設定されているケースも少なくない。また、近年では、ラッシュ時に「通勤ライナー」的な性格の列車が運転されているケースも多い。
種別としての性格は、特別急行料金を徴収する国鉄の特急列車と同等のもの(東武鉄道など)と、本来急行料金は設定していなかったが、座席指定料として運賃とは別に料金を徴収するようになったもの(名古屋鉄道など)とがある。
JRと同様に、高速性、車内設備などが他の種別に使用している車両に比べて優れている特急用の専用車両が使用されており、差別化を図っている。一部の私鉄や第三セクター鉄道には、JR線から特急列車が乗り入れている(一部は相互直通運転を実施)。
他の列車種別より停車駅が少なく、いわゆる最速達列車種別として用いる場合のものがほとんどである。そのため他の種別の列車と同じく、通勤形車両を用いるのが一般的である。しかし、競合する他社の鉄道路線がある場合には、料金不要の列車と言えども車内設備や性能の優れた専用車両を充当することがある。
こうした例は、JR東日本東海道本線・横須賀線と競合する京浜急行電鉄、中央快速線と競合する京王電鉄、中京地区で東海道本線と競合する名古屋鉄道、JR京都線・JR神戸線と競合する阪急電鉄・京阪電気鉄道・阪神電気鉄道・山陽電気鉄道、鹿児島本線と競合する西日本鉄道に見られる。
ここには、「特急」を含む「特急」以外の列車種別並びに、「特急」を名乗らないが「特急」に比肩する列車種別の名称を記する。
バスにおいても、特に停車する停留所を限定している系統が「特急」を名乗る場合がある(例:特急仙台・山形線、特急札滝線、山陰特急バス)。但しその中でも高速道路を主として走行する物は「高速バス」と呼ばれることが多い。「高速バス」「急行バス」の項目も参照のこと。
フェリーに関してはかつて「特急」と冠した「大阪高知特急フェリー」が存在した。