空軍(くうぐん、英:air force)とは、主に空中における戦闘を主な任務とし、航空機を主戦力とする武装組織を指す。航空機の発達によって第一次世界大戦に登場し、その後軍事的な価値が各国軍部に高く評価され、第二次世界大戦以後陸軍や海軍と並ぶ主要な軍種となっている。日本では、航空自衛隊がこれに相当する。
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航空戦力が運用される空は陸地、海上などの地形の制約を全く受けず、また地球上あらゆる場所に通じているため、陸上の戦闘などとは全く異なり、非常に迅速な敵地深部への侵攻が可能である唯一の軍種である。近年は航空機やミサイルの著しい発達に伴いその行動範囲や攻撃力、迅速性などは圧倒的なものとなっており、現代の戦争においてこの空軍が果たす役割は非常に大きいものとなっている。
空軍は航空機を主な装備とし、下記の任務を遂行する。
現在の空軍はさまざまな機能を有する多数の部隊から構成されている。
なお一般的には空軍に属さない航空部隊として、以下のようなものがある。
飛行機の歴史は、1903年アメリカのライト兄弟の飛行から始まる。初期の飛行機は空を飛ぶことに専念し、戦闘に使われることは想定されなかった。
航空機が戦力として使われたのは第一次世界大戦から。大戦初期 航空部隊の任務は偵察のみで戦闘に携わることは無かったが、途中から戦闘機や爆撃機が誕生し、ドイツ・フランス・イギリス・アメリカ・カナダ・イタリアなどの国で多数の戦闘機や爆撃機が生産・使用された。この時期にイギリス空軍(ロイヤルエアフォース)とドイツ空軍(ルフトバッフェ)が組織として誕生した。ドイツ空軍はその後敗戦により2回解体されたが、イギリス空軍は現在まで続いている。この大戦では戦闘機同士の空中戦、ドイツ飛行船(海軍に所属)・爆撃機による夜間都市爆撃、イギリス海軍機(水上機)によるドイツ軍基地攻撃など今まで無かった新しい戦争の形態が出現した。しかし当時の飛行機は技術的・数量的にも未発達で、空軍力が陸・海の戦争の帰結を左右するほどではなかった。
第一次世界大戦が終了すると大戦参加各国の航空部隊は大幅に縮小された。当時の飛行機は木製で耐久性に乏しかったため、大部隊を維持するには常に大量に更新する必要があったためでもある。その中でイタリアのジュリオ・ドゥーエ少将は将来の戦争は戦略爆撃が戦争の勝敗を決する旨の構想を明らかにし、アメリカのウィリアム・E・ミッチェル准将は航空爆撃の効果を重視し爆撃機の攻撃により(旧式ではあるが)戦艦を撃沈できることを証明した。彼らの見解は直ちに受け入れられたとは言いがたいが、将来の戦争形態について各国の関係者たちに影響を与えた。1930年代中期まで、各国空軍は技術の進歩にあわせて新しい機体を採用しつつも規模は小さいままであった。1930年代後半にヒットラーが率いるナチス・ドイツが再軍備を宣言し空軍を急速に増大させると、これに対抗してイギリス・フランス・アメリカ・ソ連などが空軍の強化を開始した。極東では日中戦争を始めた日本の陸軍と海軍の航空隊が増強され始めた。特に海軍では山本五十六の主導の下、従来の戦艦主体の艦隊から航空母艦を主力とする海軍への切り替えが始まった。この時期イギリスは空母搭載機も空軍に所属していたがこれは明らかに不合理で、海軍用の機体は地上を基地とする機体に比べて更新が大幅に遅れた。イギリス海軍が大戦前半に複座戦闘機フルマーや複葉攻撃機ソードフィッシュで戦った原因はここにある。その後イギリスも空母搭載機は海軍所属に変更した。
第二次世界大戦では、空軍は戦争の主力となった。海上でも陸上でも制空権を有する側が勝利を得た。大戦初期ではドイツの電撃作戦は制空権を握ったドイツ空軍が多数の爆撃機を使用して成功し、日本の海軍航空隊はパイロットの優れた技量と集中的な投入によって真珠湾攻撃やマレー沖海戦などで米英海軍を圧倒した。この結果長年海軍の主力であった戦艦はその座を失い、航空母艦が海軍の根幹となり戦争中多数建造された。第二次世界大戦では爆撃機による都市への攻撃が盛んに行われ、直接戦闘員以外の損害が著しく増えた。最後は米軍による広島・長崎への原爆投下にいたった。戦争中に生産された機体数はアメリカが約30万機、ソ連が約15万機、他の国も数万~10万機を生産し戦場に投入した。組織として独立した空軍を擁した国はイギリス・ドイツ・イタリア・フランス・ソ連で、日米の2国は陸軍航空隊と海軍航空隊で戦った。大戦中に対潜哨戒機やヘリコプターが実用化され、飛行機による物資・人員の輸送が一般化された。
1947年9月18日に、アメリカ陸軍航空隊から空軍が独立した。主要国でも組織としての空軍が一般化した。例外としてはスイスやオーストリアなどは現在も陸軍の所属であり、名義上では空軍として独立していても、指揮系統において陸軍の下に位置する。
日本においては、保安隊(陸上自衛隊の前身)・警備隊(海上自衛隊の前身)時代には、航空部隊は保安隊・警備隊に分属していたが、1954年(昭和29年)に自衛隊に改組される際に、国際の趨勢に従い航空自衛隊として分離独立することとなった。
冷戦時代は、空軍の任務として敵対国への核爆弾攻撃が重視され各国で多数の爆撃機が開発された。これらの爆撃機は万一の事態に備えて整備され、いつでも核爆弾を搭載して飛行できるように準備されていた。戦闘機・爆撃機とも1950年代にはジェット化された。
第二次世界大戦末期にドイツで開発されたV2ロケットは、大戦後に核爆弾を搭載したICBMに進化した。これらの攻撃を探知し防御することも空軍の重要な任務となった。また仮想敵国の情報を入手するため、専用の偵察機が種々製作され運用された。
一方、発展途上国においては戦闘機・爆撃機を戦略上必要とせず、また価格的にも高価である事から入手せず、COIN機のような廉価かつ操縦性の容易い機体が選ばれるようになった。これは冷戦時代を背景に各地で左翼ゲリラ活動が行われるようになり、従来の戦闘機・爆撃機ではリスクが合わなくなってきた為である。こうした動きは、ベトナム戦争においてアメリカが、アルジェリア紛争においてはフランスがこうした任務の機体の必要性を痛感した事も一因となった。
冷戦が終結し大国間の全面戦争の危険が無くなったかわりに、アメリカは自国本土を含む世界のあらゆるところで多様な敵と対戦する必要に迫られた。この状況に対し、米軍は2002年4月以後各軍の統合運用を基本とし、空軍単体としての運用は無くなった。また偵察衛星や無人偵察機の進歩により、パイロットの危険を伴う有人機による敵地偵察飛行は重要性が低下した。
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