PocketPetとは?

織戸学

について
関連サイト 織戸学 織戸学

ウィキペディア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(最終更新 2007年10月21日 (日) 07:55。)

織戸 学(おりど まなぶ、1968年12月3日 - )は千葉県出身で神奈川県在住のレーシングドライバー。妻娘あり。愛称「MAX」「オリド」「モン吉」「オリマブ」「まなぶB」など。土屋圭市に「オリダー」と呼ばれていたこともある。最近は「MAX☆織戸」を名乗る機会が多くなった模様。

目次

プロフィール

自動車雑誌「CARBOY」主催のドリフトコンテストで頭角を現し、初代グランドチャンプとなった後に坂東正明率いるRACING PROJECT BANDOH(坂東商会)に入社し、1991年よりレーシングドライバーとしてデビューした。

デビュー当初は「ポストドリキン」とも呼ばれ、土屋圭市とは師弟関係の間柄(一番弟子)として知られる。横浜ゴムの開発ドライバーを勤めていた土屋がブリヂストンに移籍した際は、その後継ドライバーとして織戸が抜擢される。

全日本GT選手権(JGTC)には1996年より参戦し、最初はGT300クラスにてシルビアを駆り、翌1997年にはシリーズチャンピオンに輝いた。その後、2000年にはGT500クラスに上がり、最初は土屋エンジニアリングより参戦し、2002年サードに移籍。2003年は第7戦にてGT500初優勝を飾った。2004年に再び土屋エンジニアリングに復帰。2005年には開幕戦にて優勝を飾った。2006年は土屋エンジニアリングを立ち上げた土屋春雄氏の息子である土屋武士とコンビを組む。

他にも、今も原点である走り屋のスピリットを忘れず、自動車ビデオマガジン「ビデオオプション」の企画で、同じプロレーサーである飯田章と共に「水戸納豆レーシング」(ミッドナイトレーシング)というハチロクのワンメイクチームを結成しており、自らもトレノを所有している。

また、漫画「頭文字D」の大ファンでもあり、「頭文字D Battle stage」では雑談会で土屋圭市、今村陽一と共に出演している。

2006年4月20日 織戸が経営するダイニングバー「559 YOKOHAMA」が横浜市都筑区にオープン。他にもタレントのヒロミと共同でジーンズショップも経営している。

ちなみに、首都高バトル01の阪神高速にオリマブで出現している。

レース戦歴

  • 1991年 富士フレッシュマンレース NA-1600クラスに参戦
  • 1992年 富士フレッシュマンレース NA-1600クラスシリーズ優勝
  • 1993年 鈴鹿フレッシュマンレース N2-1600クラスに第三戦より参戦し3回優勝、シリーズ3位
  • 1996年 全日本GT選手権(GT300/GT500)、N1耐久選手権(クラス2)に参戦
  • 1997年 JGTC(GT300)にシルビアで参戦、開幕戦鈴鹿・最終戦SUGOでクラス優勝しシリーズチャンピオン
  • 1998年 JGTC(GT300)にセリカで参戦、シーズン途中からの参戦ながらランキング2位
  • 1999年
    • JGTC(GT300)にセリカで参戦、開幕戦鈴鹿で優勝しランキング3位
    • NASCARウィンストンカップウェストシリーズ、スポット参戦
  • 2000年
    • JGTC(GT500)にスープラで参戦
    • スーパー耐久・グループNプラス(TEAM DD #25 RS☆R アルテッツア)
    • マカオ・ギアレース 10位(TEAM DD #29 トヨタ・アルテッツア)
  • 2001年
    • マカオ・ギアレース 2位(TEAM DD #10 トヨタ・アルテッツア)
  • 2002年
    • スーパー耐久・グループNプラス(TEAM DD #25 ADVAN ALTEZZA)
  • 2003年
    • JGTC(GT500)第7戦でGT500クラス初優勝(&D.シュワガー)。
    • スーパー耐久(クラス1)にポルシェGT3で出場
  • 2004年
    • ル・マン24時間レース・GTクラス(チョロQレーシング #77 ポルシェ911GT3 RSR)(総合12位・クラス2位)
  • 2005年
    • D1グランプリスープラで参戦、最高位2位。
    • SUPER GT参戦 第1戦優勝(&D.シュワガー)。
    • スーパー耐久・STクラス1(TEAM ADVAN DENAG #25 ADVAN DENAG GT3/ポルシェ911GT3)(シリーズチャンピオン)
  • 2006年 SUPER GT参戦

D1グランプリ

全日本プロドリフト選手権(D1グランプリ)では、2001年~2004年までは、土屋圭市・鈴木学と並んで審査員として活躍していたのだが、2005年初頭に開かれた「東京オートサロン2005」のD1表彰式にて「今年から選手としてD1の舞台に参加する」と発言した事がきっかけで、D1に「選手」として参戦していく事になる。

メインスポンサーは、首都圏でカー用品店を営む「オートテック」。その他に横浜ゴムブリッド土屋エンジニアリングオートプロデュースBOSSカーズ等々。そして、自身のプロデュースするスタイルショップ「RIDOX(リドックス)」も、スポンサード内に入っている。メンテナンスはオートプロデュースBOSSの他、現場ではNATSの生徒も参加させていた。

ベース車両は、トヨタ・スープラ(JZA80)。なんと、このクルマの元々の姿は水没車であり、解体屋行き寸前のところで彼が拾い上げ、ベース車両として再利用した。そこから土屋エンジニアリングでロールバーを入れ、オートプロデュースBOSSで手がけられたエンジンを積んでいる。

アメリカカリフォルニア州アーヴィンデール・スピードウェイで行われた開幕戦は本来乗るはずのマシンがまだ完成しておらず、暫定的なマシンであったため単走1回戦敗退だったが、シーズン通して単走進出率100%と、ルーキーとは思えないほどの安定感を保持している。

東京お台場特設ステージで行われた第2戦では、2003年のシリーズチャンピオンであり、2004年第5戦から連続決勝戦進出記録を更新し続ける、アペックスワークスのマツダ・RX-7(FD3S)を駆る今村陽一を、序盤のベスト16で下してしまうという波乱を起こし、突如として注目を集めたが、続くハチロク(AE86)使いである植尾勝浩との対戦において、なんと痛恨のデフブローでリタイヤしてしまうという痴態(?)を演じてしまい、さらに注目を集めた。

宮城県スポーツランドSUGO本コースで行われた第3戦では、予選・1回戦を軽く突破してきたが、続くベスト16で、RE雨宮ワークスのRX-7(FD3S)を操る末永正雄と対戦したときに、2本目で無理矢理行き過ぎてスピン。あっけなく姿を消した。

第4戦の大分県オートポリスを欠場した後に迎えた第5戦エビスでは、HKSボアアップキットで3400cc化した2JZ-GTEと、ボアアップ化による低速域でのレスポンス低下を防ぐためにホリンジャー製のシーケンシャルミッションを新たに搭載すると、土曜日の予選を乗り慣れていない中で何とか通過し、日曜日の本選でも1回戦を100点で通過する活躍ぶり。その勢いそのままで、追走でも大活躍を演出することになる。

まずベスト16で、2004年のシリーズチャンピオンであり、ORCワークスの日産・フェアレディZ(Z33)を駆る三木竜二を無難に下すと、「レーシングドライバー対決」となったベスト8で、HKSワークスのトヨタ・アルテッツァ(SXE10)に乗る谷口信輝と当たり、彼の大きなミスにより自身初のベスト4進出を決める。ベスト4では、Bee☆R日産・スカイライン(HCR32)を使う手塚強と当たる。1本目こそ6:4で持っていったが、2本目で接触した事が原因で、手塚がテールを激しくウォールにヒットする大クラッシュを負った。あわや織戸の反則負けと誰もが思ったが、完璧に彼がオーバーテイクを決め、決勝戦進出で自身の持つ最高位記録を塗り替えた。その決勝戦では、今シーズン既に3勝を挙げ、土屋圭市の個人事務所「圭オフィス」に所属する、日産・シルビア(S15)を操る風間靖幸との顔合わせとなった。両者とも全開で繋げようとしたが、後から振り出した織戸の方が、ウォールに右リアを激しくヒット。コントロール不能になってしまったスープラは、そのまま審査席前のスポンジバリアを激しく突き破り、土手にクラッシュ、オイルクーラーがパンクしてしまい勝負あり。それでもルーキーで準優勝と「MAX人気」を不動のものとした。ちなみに決勝戦に入る前、準決勝でのクラッシュが元で既にパワステが死んでおり、普通であれば決勝をリタイアするようなダメージを受けていたのだが、それでも出走する所に織戸の人柄を感じられる。

「新人で初優勝」との期待も持たれた第6戦の静岡県富士スピードウェイでは、自身初のシード権を獲得して初優勝を決めるべく乗り込んだが、「走りが地味」という厳しい評価を受けて、まさかの1回戦落ちを喫してしまった。既に最終戦は不出場が確定してしまっているため、ここで彼のルーキーイヤーは幕を閉じてしまった。また、D1で乗っていたスープラも、水没していたせいか何かの怨念があったのか、マシントラブルが多発し、果ては第6戦後に移送中、大型トラックに追突されてしまい廃車となってしまった。

2006年5月にモータースポーツコムのイベントでカラーリング・スペックがほぼ同じ2号機を復活させたが、D1には参戦させていない。どうやらD1事務局や他選手への迷惑行為が報告されたため、参戦を取り止めさせられた模様。一部では審査基準の問題点を谷口信輝と共に、苦言を呈したのを事務局側(特に土屋と稲田)が快く思わなかった事が直接の原因であるとも言われている。(ただし、2005年に本人の口から「GTやNASCARで頑張りたい。」という発言が出ていることや、2006年以降も谷口と違いビデオオプションに出ていることから、あながちガセという噂もある)

関連項目

外部リンク

2007年度 TOYOTASUPER GT 参戦リスト
GT500
1:TOYOTA TEAM TOM'S脇阪寿一アンドレ・ロッテラー
6:Fourm.Eng.TOYOTA Team LeMans片岡龍也ビヨン・ビルドハイム
25:TOYOTA TEAM TSUCHIYA土屋武士織戸学
35:TOYOTA TEAM KRAFT服部尚貴ピーター・ダンブレックロニー・クインタレッリ
38:TOYOTA TEAM CERUMO立川祐路高木虎之介
39:TOYOTA TEAM SARDアンドレ・クート平中克幸
GT300
19:RACING PROJECT BANDOH飯田章関口雄飛
31:apr峰尾恭輔坂本雄也
101:apr石浦宏明大嶋和也
ウィキペディアでの『織戸学』の改訂履歴
Text is available under GNU Free Documentation License

今日の旬ワード

2. AKB48
4. 遊助
8. Cocco