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缶コーヒー(かんコーヒー)とは、缶に入っていて、すぐに飲むことのできるコーヒー飲料である。主に自動販売機などで販売されている。郊外のスーパーマーケットやディスカウントストアなどでは、24~30本入りの箱単位で売られることも多い。
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1965年9月に島根県浜田市のコーヒー店主・三浦義武(作家の故・三浦浩実父)によって開発された「ミラ・コーヒー」が世界初の缶コーヒーといわれているが、短期間で生産中止となり、詳細は不明である[1]。なお、三浦義武については、司馬遼太郎や小島政二郎の著作によって触れられている。
また、串間努・久須美雅士著「ザ・飲みモノ大百科」によればミラ・コーヒーより前の1958年12月に外山食品が「ダイヤモンド缶入りコーヒー」(200g入、100円)を発売した記録があるとしている。しかし外山食品は1964年に倒産してしまったため詳しいことはわかっていない。
その後、株式会社上島珈琲本社(現:UCC上島珈琲)が、コーヒー牛乳にヒントを得て1969年4月に日本初のミルク入り缶コーヒー「UCCコーヒー ミルク入り」を発売した。当時は瓶入りの牛乳などの飲料が、外出先で購入できる一般的な飲料であったが、缶飲料の登場によって、人々は自由に飲物を持ち歩くことができるようになった。 ただし、UCCの缶コーヒーは、乳固形分の比率が高く乳飲料に該当する。コーヒー5g以上というコーヒー規格の缶コーヒーは、1972年に発売されたポッカレモン(当時)の「コーヒープレミアムタイプ」である。
コーヒーは温めても冷やしても飲まれることに目をつけたポッカは、1973年に冷却と加熱の切り替えが可能な、ホットアンドコールド式自動販売機を開発した。ホットアンドコールド式自動販売機の普及によって、夏の飲み物であった缶コーヒーは通年商品となり、市場は大きく拡大した。1983年には1億ケースを突破した。
2001年頃から、300g前後のボトル缶が登場。 2003年頃から、190gの寸胴型ボトル缶が登場しており、主にプレミアム志向のコーヒーがやや高めの価格設定(1本140円前後)で販売されている。
これらボトル缶は、缶に直接口をつけることに抵抗感のある女性向けに開発されたものである。また、リキャップが可能であり、190g寸胴型ボトルでは熱を通しにくいシュリンクを採用し、持ちやすさなどの工夫もなされている。徐々に各社の缶コーヒーはボトル缶へと移行しはじめている。
千葉県、茨城県、栃木県限定で発売されている「ジョージアMAXコーヒー」等の地域限定商品もいくつか存在するが、北海道では各メーカーの限定商品が特に多く、「BOSS」「FIRE」「WONDA」「ポッカ」等でも他の都府県では見かけない商品がラインアップされている。
「コーヒー飲料などの表示に関する公正競争規約」に基づく区分により、製品内容量100グラム中の生豆使用量によって、次の3種類に区分される。
製品に乳固形分を3%以上を含むものは「乳および乳製品の成分規格に関する省令」に基づき「乳飲料」となる。(カフェ・オ・レなど)
缶コーヒーは日本などアジア独自のもので、欧米には普及していない。あっても日本でいう350ml相当の缶にミルク・糖分多めの商品が日系やアジア系のメーカーから数種発売されている程度である。これは日本のように、屋外にも莫大な数の自動販売機(清涼飲料用)が設置されている国が世界的に類がなく、また「アイスコーヒー」という文化(欧米ではホットで飲むことが主流。但し、近年米国においてはスターバックスの成功により、都市部では定着している)があまり馴染みがないためでもある。アメリカでは、コーヒー豆をミルで挽いた粉状のもの(レギュラーコーヒー)を缶詰にしたものを「Can Coffee」と呼ぶ(⇒和製英語)。なお、米国において、缶紅茶は、ごく一般的な飲料として普及している。
この程度の普及状況の為、缶コーヒーの飲み方で日本人であるかどうか知られてしまう事がある。大韓航空機爆破事件の際の金賢姫は、派遣された日本の外交官が差し入れた熱い缶コーヒーを、息で「ふーふー」吹いてから飲もうとしたために正体を見破られた。本当に飲み慣れた日本人であれば熱くても吹くような習慣は乏しく、シチューなどの食べ方については定着していない欧米式マナー「吹かずに冷めるのを待つ」飲み方が、缶コーヒーについては逆に定着している。