| この項目は遠江国との間で記事内容の一部転記が提案されています。 議論はノート:遠江国を参照してください。 |
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
目次 |
令制国の伊豆国、駿河国、遠江国の3国に相当する。このため、東西に広大な県となっており、東西で住民の意識が違ってくる。
名目上の行政区分では、東日本、中部地方、東海地方、広域関東圏などに区分されている。また、名古屋圏や関東地方からも独立した地域として、「静岡(県)地方」とされるケースや、静岡県のみで東海地方とされるケースも存在する。
しかし、糸魚川静岡構造線を挟んで東側と西側に広い面積を占めているため、行政やその他諸々の区分では、これらとは違う区分に属することもある。
とりわけ、関東地方と中部地方の両方に扱われることがある。
安倍川が、糸魚川静岡構造線の南端に当たる。したがって、地質構造は、安倍川を境にして、東側と西側で全く異なっている。
気候は典型的な太平洋側気候で温暖。平野部では降雪も少ない。
北部には富士山や赤石山脈といった3,000メートル級の山々がそびえ、ここからいくつか河川が流れている。東部は火山が多く、西部には台地が見られる。
(1) 静岡県全域を関東に入れる企業もあれば、(2) 静岡県全域を愛知県西部などと一緒で東海や中部に入れる企業もあり、(3) さらには静岡県全域で東海とする企業もある。(4) 特定の川で静岡県を分割する企業もあるなど、エリア区分は各社ごとに異なる。
企業のエリア区分は、それぞれの監督官庁のエリア区分を反映している物が多いが、基本的に静岡県が地域分類される場合、大まかに分けて次の4分類のいずれかが見られる。
伊豆半島は、本土の中で唯一フィリピン海プレート上にある。プレート境界上に富士山が形成されている。
※各地域ごとの歴史は「伊豆国」「駿河国」「遠江国」を参照すること。
1960年~62年、静岡県西部の浜北市根堅(現浜松市浜北区根堅)において、約1万4000年前に生息の浜北人の人骨が発見された。2002年9月、科学的な測定法で確認された。
1958年~60年、静岡県西部の三ヶ日町只木(現浜松市北区三ヶ日町只木)で、約7500~9500年前に生息の三ヶ日人の住んでいた遺跡が発見されている。
静岡市駿河区登呂で、弥生時代の水田、住居跡などが発見されている(登呂遺跡)。
国造から、律令制への移行。
ヤマトタケルが蝦夷征伐に赴いた時、駿河国でだまし討ちに遭う。その時に草薙剣で草を薙ぎ払って難を逃れたという伝承が残されており、その地を「草薙」と呼んだ。また、賊を焼き払った野原を「焼津」と呼んだという。
律令制で中央集権国家が形成されるに従って、現在の静岡県内に有った国造は、伊豆国、駿河国、遠江国という3つの令制国に合併・再編された。
伊豆国は畿内から遠いために、流刑地の一つとされていた。一方で、駿河国には藤原南家の末裔(まつえい)の多くが住み着き、土着したようである。
伊豆国韮山に流刑された源頼朝が、韮山の武将北条時政と親しくなり、北条政子と結婚した。頼朝は1180年(治承4年)に兵を挙げ、その後の1192年に鎌倉幕府を樹立した。
南北朝時代に入ると、守護大名として、今川氏が駿河国府中(駿府)に入った。14世紀後半に入ると、今川氏は遠江国の守護職も兼ねた。
今川氏親の代に入ると、北条早雲らの力によって、一族の抗争を終わらせ、戦国大名への道を歩んだ。また、応仁の乱の後に、散逸した貴族達が多く逗留(とうりゅう)した。一方の北条早雲は、伊豆国の堀越公方を攻め滅ぼし、それを足がかりに関東の支配へ乗り出す。
駿府を本拠地として、駿河国、遠江国、三河国の3国を支配した今川義元が、桶狭間の戦いで織田信長に殺されると、今川氏は弱体化し、西三河の徳川家康と甲斐国の武田信玄によって、今川氏の領土は分断された。家康は岡崎から浜松に転入し、そこに居住した。武田信玄が死んで武田勝頼の代になると、一進一退の攻防が続くが、長篠の戦いで敗北を喫すると、武田氏は勢力を弱め、徳川家康は、三河国、遠江国、駿河国の3国を支配する事になる。本能寺の変で織田信長が殺されると、それに乗じて甲斐国と信濃国を攻略し、5国を支配するようになる。
その後、豊臣秀吉が後北条氏を滅ぼすと、1590年には家康は駿府から江戸に移され、代わって駿府には中村一氏が入り、遠江国には掛川に山内一豊や堀尾吉晴が入り、それぞれ織田家の家臣が入った。
1603年3月24日に、徳川家康が江戸幕府を開くと、数年で徳川秀忠に将軍職を譲り、家康は人質暮らしを強いられた駿府に移住し、大御所政治を敷いた。
江戸時代の伊豆国、駿河国、遠江国の3国には、天領や小大名や旗本の領土が、複雑に入り組んでいた。駿河国において独自の製茶技術が発達したのも、家康が大御所政治を敷いて以後である。
江戸幕府が倒されて明治維新が起こると、1868年5月には、駿河国の天領・沼津藩・田中藩・小島藩・交代寄合の榊原家の久能陣屋、諸旗本領、遠江国の相良藩・横須賀藩・掛川藩・浜松藩・交代寄合の近藤家の気賀陣屋、諸旗本領が合併されて、駿府藩(70万石)が設置され、徳川将軍家の徳川慶喜が入った。同年6月、伊豆国(旧韮山代官領)の地域に韮山県が成立した。同年9月、旧堀江陣屋(5600石、申告1万6石。今の浜松市舘山寺地区)が堀江藩に昇格した。そして、1869年には、駿府は静岡に改名された。
1871年8月29日の廃藩置県では、駿府藩は静岡県に置き換わり、堀江藩が堀江県に置き換わった。同年12月31日には、当時の静岡県は分割され、駿河国部分が静岡県となり、遠江国部分は浜松県となった。堀江県は浜松県に編入された。韮山県は、荻野山中県や小田原県と合併して、足柄県となった。
しかし、1876年4月18日には足柄県が分割され、相模国部分は神奈川県に編入され、伊豆国部分は静岡県に編入された。そして、同年8月21日になると、浜松県が廃止されて静岡県に編入された。1878年には、伊豆諸島が東京府(現在の東京都)に編入された。
このように、伊豆国、駿河国、遠江国の3国が、1876年に行われた県の合併によって、現在の静岡県となった。
年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
総計 [単位 千人]
年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
男女別 [単位 千人]
| 画像:Demography22000.svg | |
| 静岡県と全国の年齢別人口分布図(比較) | 静岡県の年齢・男女別人口分布図 |
|
■紫色は静岡県
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |
キャッチコピーは「ふじのくに 静岡県」、スローガンは「富国有徳 創知協働」、マスコットキャラクターは「ふじっぴー」(2003年 NEW!!わかふじ国体マスコットキャラクター)である。
※本社を置く企業は「category:静岡県の企業」を参照すること。
第二次産業の割合が高いが、緑茶やみかんに代表される農業やマグロ・カツオ・桜エビなどで有名な漁業、伊豆半島・赤石山脈・浜名湖などの観光等のサービス業も盛んである。
富士川を境に県の東部のみ50Hz(ヘルツ=東京電力管轄)。その他は60Hz(中部電力管轄)。新潟県の佐渡島、糸魚川市の一部や長野県の一部で電源周波数が県の大半と異にする地域があるものの、同一都道府県内で電源周波数が東西に大きく二分されるのは本県のみであるため、電気の分野では富士川がよく知られている。
テレビCMも、東京電力と中部電力、両方が放送されている。
浜松市北部の佐久間ダム近傍に、東西の電力を相互に融通するための電源周波数変換所がある。 また、静岡市清水区の中部電力東清水変電所内に同様の目的の東清水周波数変換装置が建設中であり一部稼働している。
静岡県内では、静岡ガス系やザ・トーカイ系、中部ガス系を中心として、複数の業者が地域を分けてガス事業を行っている。静岡県内の主な一般ガス事業者は次のとおり。
※詳細の地域区分は「静岡県の地域」を参照すること。
静岡県は、富士川と大井川を境として、東部、中部、西部の3地域に区分される。東部はさらに狭義の東部と伊豆に分けることもある。ただし、県庁による地域区分では、次のように、必ずしも川が境界線とは限らない場合がある。
静岡県内には以下の23市9郡19町がある。村は旧龍山村が浜松市と合併したことにより2005年6月30日をもって消滅した。
「町」の読み方は、森町のみ「まち」で、それ以外は「ちょう」。
旧駿河国のうち富士川以東、および、伊豆諸島を除いた旧伊豆国に相当する。市外局番は0544、0545(富士川町を除く)、055または055Cであり、郵便番号は41から始まる。自動車のナンバープレートは「沼津」である(2006年10月から伊豆地域(上記「伊豆」エリア)でご当地ナンバーの「伊豆」が導入された)。
|
|
旧駿河国のうち富士川以西と、旧遠江国のうち牧之原台地以東に相当する。市外局番は054または054Cであり、郵便番号は42から始まる。自動車のナンバープレートは「静岡」である。
現榛原郡域を除く旧遠江国に相当する。市外局番は053または053Cであり、郵便番号は43から始まる。自動車のナンバープレートは「浜松」である。
浜松市南部、湖西市、浜名郡を西遠として、浜松市北部を北遠と区分することもある。
ただし例外がある。
静岡県は、歴史的には鎌倉幕府の領土に属し、今川氏や徳川氏や後北条氏の支配圏に属した地域で、山梨県の武田氏の影響力も受けてきたため、県内各地ともに、鎌倉や東京や甲府との親和性が強い。しかし、東部(富士川以東)、中部(富士川と大井川の間)、西部(大井川以西)の3地域では、風土が大きく異なっている。
大井川以東に当たる東部と中部、すなわち令制国での伊豆国と駿河国は、富士山を基軸にした文化圏を形成しているため、神奈川県や東京都とのつながりが深く、逆に大井川以西とのつながりは浅い。
駿河湾に面する富士山南麓(ろく)は、富士山北麓に当たる山梨県とのつながりも深い。例えば、Jリーグの清水エスパルスvsヴァンフォーレ甲府の対戦カードは、「富士山ダービー」とも呼ばれている。また、山梨県・神奈川県相模川以西・静岡県大井川以東の3地域は、戦国時代には「甲相駿三国同盟」の一角であり、現在でも甲相駿3県の「山静神サミット」が開かれている。交通面でも、内陸側への連絡線は山梨県に通じており、国道16号圏内を迂回(うかい)せずに北関東に行くには、最短でも大井川以東の静岡県から山梨県へ北上するルートを通らねばならないなど、交通的に首都圏を補完している。
中でも東部は、歴史的に小田原・鎌倉・東京(江戸)の政権に直接統治されたために、神奈川県や東京都とのつながりが深く、富士川以西とのつながりが浅いために、「関東地方の一員」という意識が特に強い。1876年4月17日までは、伊豆半島は「足柄県」の一角であった。箱根峠近辺の沼津から小田原にまたがる地域は、「富士箱根伊豆国立公園」を形成しており、東京への遠距離通勤圏となっている。沼津周辺から東京に通勤する者は、「静岡都民」と呼ばれる事もある。
一方の中部は、江戸時代まで東海道の沿線として多くの武将が割拠した歴史を歩んでいると同時に、由比の断崖を越えた東京とは「富士山文化圏」として親和性も強い。このため、字義に則った「東海地方の一員」という意識に加えて、「関東地方の一員」であるという意識も強く持っている。
これらに対して、大井川以西に当たる西部(旧遠江国)は、天竜川を基軸にした文化圏を形成しているため、東三河地方(愛知県東部)や伊那地方(長野県南部)とのつながりが深く、大井川以東とのつながりは浅い。天竜川流域の遠江・東三河・伊那の3地域は、「三遠南信」とも呼ばれている。1876年8月20日までは、旧遠江国は「浜松県」という単独の県であった。
ところが、歴史地理学的に見ると、富士川以西に当たる中部と西部は、畿内(京都・大阪・奈良)と関東(鎌倉・東京)に足掛かりを伸ばす「前線」として発展した地域で、戦国時代には今川氏や徳川氏の支配圏に属していた。
西部に本拠地を置いた武将は、「大大名への登竜門」となった者も多く、特に天竜川以西には、東三河地方や西三河地方(愛知県中部)に縁を持つ者が多かった。また、鎌倉と京都から等距離に位置するために、関東志向の武将と、畿内志向の武将の割合が折半している。これは、(1) 徳川家康が岡崎→浜松→静岡 (駿府)→東京 (江戸)の順に本拠地を遷したことや、(2) 山内一豊が掛川から高知に移転して土佐藩を樹立したことや、(3) 堀尾吉晴が浜松から松江に移転して松江藩を樹立したことからもうかがえる。この歴史から、浜松(天竜川以西)の住民には、「短気で出世志向」の気質を持つ者が多い。そして、掛川(天竜川以東)の住民には、「自衛心が強い堅実志向」の気質を持つ者が多く、畿内よりは関東への志向が強い。
一方で、中部(特に静岡)に本拠地を置いた武将は、今川義元が「海道一の弓取り」と呼ばれ、徳川家康が「東海の霸者」と呼ばれていたが、由比や箱根を越えて関東を志向した者も多く、大物武将の「都落ちの場」となることも多かった。これは、(1) 今川義元が、武田信玄の姉である定恵院を正妻として娶(めと)って、東三河地方までを支配圏に収めたことや、(2) 今川氏真が、甲相駿三国同盟の一角となったことや、(3) 徳川家康が、静岡(駿府)から東京(江戸)に移転して江戸幕府を開き、2~3年で静岡に帰って大御所政治を敷いたことからもうかがえる。この歴史から、静岡(安倍川以東)の住民には、「気長で公家気分」の気質を持つ者が多い。
これらに対して、富士川以東に当たる東部は、鎌倉時代には鎌倉幕府の要人を出し、戦国時代には小田原に本拠地を置く後北条氏の領土となった。そして、現在でも鎌倉や東京からの観光客が多く訪れており、鯵を初めとする海産物の水揚げも多い。この地勢と歴史を見ると、富士川以東は「関東版若狭地方」となっている。この歴史から、富士川以東の住民には、「自尊心と出世欲が弱く、寄らば大樹」の気質を持つ者が多い。
静岡県を巡る道州制の区割り案について、地方制度調査会(所在地:東京都区部)は、9道州案では中部州、11道州案や13道州案では東海州に含まれるとしている。また、国土交通省の広域地方計画では、静岡県は中部圏に含まれるとしている。
しかし、道州制を題目とするネット掲示板では、「静岡県の東部と中部を中部州(あるいは東海州)に入れるな」という意見や、「(地域性が大きく異なる)名古屋市と一緒にされたくない」という意見が多い。
東海道の沿線として、古くから関東地方と近畿地方とを結ぶ大動脈が整備されて来た。特に浜名湖畔は、首都圏(東京・鎌倉)と畿内(大阪・京都・奈良)から等距離に位置している。
|
|
※ 伊東線全線と東海道本線熱海駅はJR東日本の管轄。他のJR線はJR東海の管轄。
このように東西に新幹線などの幹線級の鉄道が敷かれており関東、中京、関西を結ぶ大動脈として整備されているが、反面通過点としての意味合いしか持ち合わせておらず大都市圏程の流通はない。現に東海道新幹線では『のぞみ』が県内の全駅を通過している現状もある。
|
|
|
※ このほかの詳細は「静岡県の県道一覧」「中部地方の道路一覧」を参照すること。
全国紙は基本的に東京都もしくは神奈川県の工場で印刷して静岡県に輸送している物が多い。いずれの新聞も、紙面のうち1~2面程度の広さを静岡県内記事(静岡県版)に割いている。静岡県版は、静岡県東部版、静岡県中部版、遠州版の3つに分けられているが、支局の表示は3つとも同じである。
全国向けスポーツ紙は、東京都で印刷して静岡県内に輸送している。紙面の一部を静岡県版として割いている物が多い。
ごく狭い地域のみで発行される新聞、タブロイド版のものが多い。
静岡県内を放送範囲とするテレビ放送の免許を持っているのは次の5つの放送局。日本平(日本平デジタルタワー、日本平テレビ・FM放送所)を親局としている。
いずれの局も静岡県内のみを放送範囲とするいわゆる県域放送局しかない。いずれの局も全県で受信可能。SBSとテレビ静岡はアナログ放送に限り、大井川以東と大井川以西で別々の放送免許を持っているため、地域ごとにCMを差し替えるなど別編成の放送が可能である。また、NHKも、大井川以西の地理的・地域的事情を考慮して浜松放送局を開局させたが、浜松局の独自放送はほとんど行われず、機構改革の際に静岡放送局へ統合された。現在は、静岡放送局の支局として、報道取材拠点や資料センター、および中継局の役割を持っている。
放送エリア外の近県の放送については、富士川以東では関東広域圏・神奈川県域局の放送電波を、大井川以西では中京広域圏・愛知県域局の放送電波(岡崎市にある豊橋中継局)をそれぞれ受信可能な場所もあるが、本来の放送エリアではないので受信の可否や受信品質については地形その他の条件により大きく違う。
浜松市以西の地域は本来浜松中継局がカバーするエリアであるが、浜松局は県境に比較的近い位置にある大規模局であるため、免許区域外への電波の漏洩(ろうえい、スピルオーバー)を抑えるため、西方向への電波強度を抑えられている。そのため湖西市など一部地域では愛知県の放送のほうが静岡県の放送より受信しやすい環境にあり、また愛知県との結びつきも比較的強い地域であるため、本宮山にアンテナを向けている世帯も多い。また本宮山の電波は磐田市、御前崎市辺りまで受信可能であるとの情報も一部Webサイトで見ることができるが、これら地域では日常的に視聴するには電波強度が弱く、また愛知県との結びつきもそれほど強くない地域のため、テレビ東京系の放送を視聴する目的で受信する程度である。
いっぽう県東部・伊豆東海岸はもともと首都圏との結びつきも強く、東京タワーからの電波を視聴可能な世帯や、ケーブルテレビによって首都圏の放送を受信している世帯が多い。
放送電波をアンテナで受信不可能な地域であってもケーブルテレビに加入することで受信可能になるが、一部のケーブルテレビ局は静岡県の放送局に配慮して、系列のないテレビ東京またはテレビ愛知、独立局であるテレビ神奈川などを再送信する。ただし、地上デジタル放送では現在ケーブルテレビ局での再配信について、県や地元局ならびにキー局や国が再送信不同意の姿勢をとっている(法的拘束力はない)ため、受信はできない。そのため、一部ケーブルテレビ局ではあるが、地上デジタル放送の区域外再配信が行われているのはNHK東京(首都圏広域放送)しかないのが現状となっている。
2011年の地上デジタル放送完全移行を目途に、テレビ東京系の新局の開局もしくは、テレビ愛知が静岡県へ放送対象地域を拡張する計画がある[1](宮城県、広島県も同様)。これが実現すると、静岡県全域で民放5系列のすべてを視聴できるようになる。
この外に、場所によって首都圏、山梨県、長野県や愛知県の放送も受信可能。また、西部の一部地域ではエフエム豊橋が聴取可能。
伝統的に公立小・中学校が義務教育の中心を担っており、地域の公立小中学校への進学者が多い。
自由な校風を特徴とする国立小・中学校や学力指導・生活指導が充実している私立小・中学校も従来から一定の支持を得ていたが、近年、都市部を中心に公立小・中学校に不満を持つ保護者が増え、国立・私立校の人気がさらに高まっている。学校側も、特に私立校においては少子化時代の生徒確保を意識して高校に小・中学校を併設する動きが出ている。教育内容についても、例えば小学生の英語教育で全国的に有名な加藤学園暁秀初等学校など、公立とは異なる特色ある教育を行っている。
県内の高等学校については、静岡県高等学校一覧を参照されたい。
伝統的に旧制中学校を前身とする下田北高、韮山高、沼津東高、富士高、清水東高、静岡高、静岡市立高、藤枝東高、榛原高、掛川西高、磐田南高、浜松北高、浜松西高の各公立高校が地域の進学校とされている。
私立高校についても、浜松日体高、日大三島高、東海大翔洋高などの大学付属高や、静岡雙葉高、不二聖心女子学院高などの中高一貫女子校、中高一貫男子校である静岡聖光学院高といった特色のある高校が存在し、優秀な人材を輩出している。
県内にある大学については「Category:静岡県の大学」を参考にされたい。
入学希望者に対し県内の高等教育機関が不足しているため、県内の高校生は県外に進学する者が比較的多い。県内に大手企業の本社が多いこともあって、Uターン、Iターン就職者が比較的多い。
6年制課程または専門職大学院としては、医学部が浜松医科大学、薬学部が静岡県立大学、法科大学院が静岡大学にそれぞれ存在する。
近年では、静岡県内の市町村は、映画やドラマのロケ招致に取り組み、多くの撮影が行われている。
(軍事オタクのパパラッチ早苗つつじが601式戦車(61式戦車)を助けようとした場所が東富士演習場とされている。
※この他、サザエさんで、サザエの母親・フネの実家が焼津市にある設定とされている。
一般的に伊豆半島を舞台にした作品が多い。
その他、浜松市中田島砂丘でPV撮影多数、大井川鐵道で映画・テレビ・CM撮影実績多数あり。
| 北海道地方: | 北海道 |
|---|---|
| 東北地方: | 青森県 | 岩手県 | 宮城県 | 秋田県 | 山形県 | 福島県 |
| 関東地方: | 茨城県 | 栃木県 | 群馬県 | 埼玉県 | 千葉県 | 東京都 | 神奈川県 |
| 中部地方: | 新潟県 | 富山県 | 石川県 | 福井県 | 山梨県 | 長野県 | 岐阜県 | 静岡県 | 愛知県 |
| 近畿地方: | 三重県 | 滋賀県 | 京都府 | 大阪府 | 兵庫県 | 奈良県 | 和歌山県 |
| 中国地方: | 鳥取県 | 島根県 | 岡山県 | 広島県 | 山口県 |
| 四国地方: | 徳島県 | 香川県 | 愛媛県 | 高知県 |
| 九州地方: | 福岡県 | 佐賀県 | 長崎県 | 熊本県 | 大分県 | 宮崎県 | 鹿児島県 |
| 沖縄地方: | 沖縄県 |
| 静岡市: | 葵区 | 駿河区 | 清水区 |
|---|---|
| 浜松市: | 中区 | 東区 | 西区 | 南区 | 北区 | 浜北区 | 天竜区 |
| その他市部: | 沼津市 | 熱海市 | 三島市 | 富士宮市 | 伊東市 | 島田市 | 富士市 | 磐田市 | 焼津市 | 掛川市 | 藤枝市 | 御殿場市 | 袋井市 | 下田市 | 裾野市 | 湖西市 | 伊豆市 | 御前崎市 | 菊川市 | 伊豆の国市 | 牧之原市 |
| 賀茂郡: | 東伊豆町 | 河津町 | 南伊豆町 | 松崎町 | 西伊豆町 |
| 田方郡: | 函南町 |
| 駿東郡: | 清水町 | 長泉町 | 小山町 |
| 富士郡: | 芝川町 |
| 庵原郡: | 富士川町 | 由比町 |
| 志太郡: | 岡部町 | 大井川町 |
| 榛原郡: | 吉田町 | 川根町 | 川根本町 |
| 周智郡: | 森町 |
| 浜名郡: | 新居町 |