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麻生太郎

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(最終更新 2007年11月15日 (木) 04:15。)
衆議院議員 麻生 太郎 画像:Taro Aso cropped.jpg
生年月日 1940年9月20日(67歳)
出生地 福岡県飯塚市
出身校 学習院大学
スタンフォード大学大学院留学
ロンドン大学政治経済学院(留学)
学位・資格 政治学士
前職 麻生セメント(現:麻生ラファージュセメント)社長
日本青年会議所会頭
所属委員会
内閣役職
衆・国家基本政策委員会委員
世襲 五世
高祖父(牧野の父)・大久保利通
高祖父(牧野の妻の父)・三島通庸
曽祖父(父方)・麻生太吉
曽祖父(母方)・牧野伸顕
祖父(母方)・吉田茂
父・麻生太賀吉
義父・鈴木善幸
(初当選は父の引退から24年後)
選出選挙区 福岡8区
当選回数 9回
所属党派 自由民主党麻生派
党役職
会館部屋番号 衆・第一議員会館210号室
ウェブサイト 麻生太郎オフィシャルサイト

麻生 太郎(あそう たろう、1940年9月20日 - )は、日本の政治家、実業家衆議院議員(9期)。為公会(麻生派)会長。

外務大臣(第137138代)、総務大臣(第345代)、内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)、経済企画庁長官自由民主党政務調査会長自由民主党幹事長を歴任。元麻生セメント代表取締役社長

目次

略歴

主な所属議員連盟等

人物像

記者会見に臨む麻生
記者会見に臨む麻生

人物

身長174cm、血液型A型。名門一家に育ち、麻生財閥の元社長であるが「首相の家庭なんて幸せなもんじゃねえ」「両親にほったらかしにされて育った」「生まれはいいが、育ちは悪い」と本人は語っている。べらんめえ口調の軽妙な語り口と毒舌も織り交ぜた発言が、街頭演説などで聴衆から人気を博した。自民党内からも「演説上手」といわれているが、過去度々失言が指摘されている。

学習院大学卒業後、スタンフォード大学大学院、ロンドン大学政治経済学院に留学する。帰国後に家業の麻生産業(現麻生セメント)に入社、炭鉱業からセメント業への転換を成功させた。なお、麻生産業時代にブラジルサンパウロに駐在していた事もある。

社会的な影響力

バスケットボール女子日本リーグ機構総裁や日本トップリーグ連携機構副会長といった各種スポーツ団体の役員も兼務している。

顕彰

2007年3月20日、衆議院議員在職25年を迎え衆議院より院議をもって表彰された。

信仰

クリスチャンカトリック)であるが、毎年靖国神社に参拝している。終戦の日8月15日ではなく、例大祭に合わせて参拝している(カトリックでは8月15日は聖母の被昇天という祭日であり、この日に祝いのミサがあるという事情もある)。また、A級戦犯が合祀されていることに対しては、戦死者ではないという観点から疑義を唱えているが、政教分離などの理由もあり分祀を求めることには反対している。東京裁判を否定しているため、A級戦犯であることを理由とした分祀論はとらない。

経歴

射撃選手としての経歴を持ち、モントリオールオリンピックに日本代表選手として出場(結果は41位)、第2回メキシコ国際射撃大会(クレー・スキート(個人・団体))では優勝。現在日本クレー射撃協会会長を務めている。

過去の言動

経済

自称「経済通」。2006年の自民党総裁選の頃、「安倍君なんかからは、経済の話を(一度も)聞いたことない」と発言。これに対し安倍晋三は「私はこれまで機会ある時には、発言してまいりましたが、麻生さんが何をどのように考え発言しているのか・・・」と述べた[要出典]

消費税の増税に関しては、夕刊フジの連載に「もはや、広く薄い負担を税制に追加していくとしたら消費税しかないということは、国民の皆さんもうすうす納得し、覚悟されている方も多いんじゃないかと思います」「官によるムダ遣いをなくすということ。社会保険庁のあきれた実態はもとより、いまだに官が無駄を温存し、太鼓を鳴らそうが税金を効率よく使おうとしない事例はたくさんあります。こんなことがまかり通っているままでは、増税の話は持ち出せません」などと書いた論文を発表している。

外交

  • 2006年1月9日、福岡県飯塚市で開いた集会で、シドニーで予定されていた日米豪閣僚級安全保障対話が延期されたことに関連し「シャロン首相の容態が極めて悪く、会議途中でそのままお葬式になると意味がないので延期ということになった」と述べ、配慮を欠くとの批判を浴びた。
  • 2006年7月8日広島市内で行なった講演で、北朝鮮がミサイルを撃ち、主要国が重大な関心を持ったことについて、「金正日に感謝しないといけないな」と発言した。
  • 2006年10月、中川昭一自由民主党政務調査会会長が核武装も選択肢として考えておくべきだと発言したのに対し、「隣の国が持つとなった時に、一つの考え方としていろいろな議論をしておくことは大事だ」「日本は言論統制された国ではない。言論の自由を封殺するということに与しないという以上に明確な答えはない」と発言し、核武装を容認するものとして批判される(本人は非核三原則を堅持すると明言はしている)。この発言が北朝鮮の核保有を正当化しかねないと問題になり12月に民主、社民、共産など野党4党から外相としての不信任決議案を提出された。
  • 2007年1月26日、第166回通常国会衆議院本会議の外交に関する演説において「近隣諸国に目を転じますと、まず中国との間には、1日1万人以上、 年間400万人を超す相互の往来があり、経済関係がとみに緊密な現状を物語っています。 本年も政治と経済の両輪を力強く回します。 共通の戦略的利益に立脚した、互恵関係を築いてまいります。」「日本と韓国は、互いにとって最も近く、基本的価値を共にする大切な民主主義国同士であります。そのような間柄にふさわしい、未来志向の関係を打ち立てます。」「ODAは、我が国外交の重要な手段であります。国際社会の一員としての責務を果たし、かつ、自らの繁栄を確保していくために、ODAを一層戦略的に実施します。 「自由と繁栄の弧」形成のためにも、ODAを活用していきます。 そのうえで、ODA事業量の100億ドルの積み増し、また対アフリカODAの倍増など、対外公約を達成すべく努めてまいります。」と述べた[3]
  • 2007年2月3日京都市内の講演で「ドンパチが終わった後が大変だというのがイラクで分かった。(イラク戦争においてアメリカがイラクを)占領した後のオペレーションは非常に幼稚」とアメリカのイラク政策を批判した。

歴史認識

  • 2003年5月31日東京大学学園祭において「創氏改名朝鮮人が望んだ、日本はハングル普及に貢献した」と述べた。当該項目も参照。
  • 2006年2月4日福岡市での講演において、日本が植民地台湾義務教育に力を入れたと指摘した上で「台湾はものすごく教育水準が上がって識字率などが向上したおかげで今極めて教育水準が高い国であるが故に、今の時代に追いつけている」「我々の先輩はやっぱりちゃんとしたことをやっとるなと正直そのとき思った」と述べた。
  • 2006年5月26日、アジア各国の政府首脳や経済界リーダーを招いた国際交流会議「アジアの未来」において「近代の生んだ毒......。それはすなわち『国民国家』であり、『自民族中心主義』という意味に規定される『ナショナリズム』でした。この2つは、地図に黒々と、太い国境を引く思想でした。また時として、その国境を外へ外へ、無理やりにでも広げていくのをよしとする考えでした。 (中略) 他人(ひと)のことは言いますまい。日本人は一度、国民国家とナショナリズムという、強い酒をしたたかにあおった経験があります。皆さんこれからのアジアは、国民国家の枠、ナショナリズムの罠に絡め取られるようではいけません。」と述べた。[4]
  • 2007年2月19日、衆議院予算委員会において米下院に提出された慰安婦問題をめぐる対日非難決議案にある「日本軍による強制的な性奴隷化」といった記述について、「客観的な事実にまったく基づいていない。はなはだ遺憾だ」と述べた[5]
  • 2007年3月21日長崎県時津町で講演。日本独自の中東和平外交として、ヨルダン渓谷の開発を進める「平和と繁栄の回廊」構想に触れ、「米国人にできないことを日本がやっている。日本人というのは信用がある。青い目で金髪だったら多分駄目よ」と述べた。「われわれは幸いにして黄色い顔をしている。そこ(中東)で搾取をしてきたとか、ドンパチ、機関銃撃ったとか一回もない」と語った。

靖国神社問題

  • 2006年1月28日名古屋で行われた公明党議員の会合で、「英霊天皇陛下のために万歳と言ったのであり、首相万歳と言ったのはゼロだ。天皇陛下が参拝なさるのが一番だ」と述べた。「(天皇が)公人私人かという論議のため参拝できなくなったが、解決の答えはいくつかあるはず」と付け加えた。外交問題に飛び火した首相の参拝について「中国が(参拝を中断しろと)言えば言うほど行かざるを得ない」とし、「これはたばこを吸うなと言うと吸いたくなるのと同じだ」と述べた。
  • 2006年5月26日に都内のホテルで開かれた国際交流会議「アジアの未来」で講演し、「23日に自分がカタールで中韓の外相と会談したので関係改善の流れが出て来た」と発言。これに対して韓国産業資源部長官は、「アジア共同体形成に関して各国間合意は出来たが、韓中日の共同体構築努力が他地域に比べ足りない、原因は一部政治家の靖国参拝や歴史問題だ、ヨーロッパがいかにしてこれを克服したか考えて欲しい」と講演した[6]
  • 2006年8月8日に靖国神社を非宗教法人化する私案を朝日新聞に発表した。
  • 2006年8月21日自民党総裁選に立候補することを正式に表明する。総理総裁になったときには、靖国神社を上で述べられているように非宗教法人化、最終的には「特殊法人国立追悼施設靖国社」にすることを公約に掲げた。

野中広務に対する部落差別発言

麻生が大勇会の会合において被差別部落出身の野中広務に対する差別発言を行ったことを会合の出席者から聞いたとして、野中が自民党総務会等でこの発言を強く批判した[7][8]。麻生は発言を否定しているが、麻生本人の否定内容と麻生事務所の説明が一致しない。

野中広務#麻生太郎による部落差別発言を参照

差別発言

  • 2003年10月20日ホームレスに対しての発言が差別的であるとして各地の日雇い労働者および野宿者支援組織などから抗議を受けたが[9]、翌日の会見[10]で改めて趣旨を説明し、撤回等はしていない。
  • 総務大臣在任中の2005年10月15日、この日に開館した九州国立博物館の開館記念式典での来賓祝辞の中で「一文化、一文明、一民族、一言語の国は日本のほかにはない」と発言。これに対し、アイヌ民族琉球民族などには独自の文化、民族、言語がある(詳しくは概要住民の民族性言語、アイヌ、琉球の項を参照)との批判が巻き起こった。また、中国朝鮮半島との交流の中で日本文化が形成されてきた歴史を展示する同博物館の趣旨をも理解していないと、関係者の中には落胆する者もいた。同博物館は選挙区は異なるものの麻生の地元である福岡県内にある。
  • 2007年7月19日富山県高岡市内で講演会において、国内外の米価を比較する例えとして「7万8000円と1万6000円はどちらが高いか。アルツハイマーの人でもわかる」と発言し、アルツハイマー患者に誤解を与える表現として批判された。これについては野党からの反発はもちろん、与党からも参院選に悪影響だと懸念され、塩崎恭久内閣官房長官からも「適格性を欠く」と批判を浴びた。麻生は翌7月20日に謝罪した上、撤回した[11]
  • 2007年7月20日、アルツハイマー発言の翌日に鳥取県倉吉市での演説で「は『きちがい水』だとか何とか皆言うもんだから、勢いとかいろんなことありますよ」と発言したことについて、毎日新聞は問題表現であるとした。自民党の町村派幹部は参院選後の政局に響くとの見方を示した。また、社民党の福島瑞穂は「全く人権感覚がない」として罷免を求める考えをしめした(ただし、実際に酒のことをきちがい水と呼ぶのは文学的にみれば間違っておらず、問題にすることに対しての異論もある。)[12]

その他の発言

  • 2003年の総務大臣就任記者会見の場で、ITの発達で役所から書類が不要となり、「全てフロッピーで済むようになる」旨の発言を行い、「フロッピー」を連発した。
  • 2007年10月6日フジテレビ系列の情報番組であるハッケン!!でのインタビューで「2ちゃんねるに時々書き込みをしている。新聞より核心を突いてくる」と公言。これに対し、2ちゃんねるでもユーザーの間で話題になった。[13]

総裁選立候補

2001年4月

国民からの支持が著しく低かった森内閣の退陣に伴う総裁選挙に初出馬し、小泉純一郎橋本龍太郎を相手に戦った。しかし、小泉が巻き起こした小泉旋風や、党内最大派閥である橋本に麻生は太刀打ちできず、31票の得票にとどまり落選した。

2006年9月

詳細は2006年自由民主党総裁選挙を参照

2007年9月

詳細は2007年自由民主党総裁選挙を参照

3度目の総裁選挙で麻生は敗北したものの、197票を獲得し善戦。本人は「あと3票あれば200票でキリがいい数字だったのにと言ってくださる議員もいますが」と自分を支持した議員、国民に感謝の意を述べた。

その他

  • クールビズスタイルになってからノーネクタイのシャツの襟の下に見える金色の鎖は、10代から50年以上首にかけているカトリック信徒としてのロザリオ十字架)の鎖部分である(側近の松本純議員がウェブサイトで説明している)。
  • 谷垣禎一前財務相との「安倍晋三首相に歯向かっても何もできない。だからオレと組め。その代わり、オレに総理を先にやらせろ」という会話内容を、谷垣が述べたが、麻生はこれに対して「こっちはまだ回答をもらっておらず、そういうこと(会話内容)を全然関係ないところでしゃべって、マナーとしていかがなもんか」と述べた[14]
  • 3年10か月の国民年金保険料未払い期間があったことが、2004年9月に判明した。当時の民主党代表菅直人が「未納三兄弟」と呼称したうちの1人である。詳細は政治家の年金未納問題を参照のこと。菅直人自身も未納が発覚し、代表を辞任している。

漫画

  • 読書が趣味。特に漫画好きであり、一部からは漫画文化のよき理解者として非常に人気が高い。自身のサイトに『ビッグコミックオリジナル』2003年7月2日増刊号のインタビュー[15]が収録されているが、必ず自分の車内には最新の週刊コミック誌を置いているほどであるという。
  • 一方、『名探偵コナン』を使った外務省のPR冊子作成発表時に、『名探偵コネン』と読み間違えたり、その作者青山剛昌の名前を読めなかった。
  • 外相としてメキシコ日墨学院を訪問の際に在校生からメキシコで人気が高い漫画るろうに剣心について質問され、答えられない場面があった。
  • 2007年5月22日、海外の漫画家を対象とした「国際漫画賞」を創立することを発表。本人は「漫画のノーベル賞のようなものを作りたい」と述べている。第一回は翌6月に発表され、李志清(中華人民共和国籍)の「孫子兵法」が受賞した。
  • 2007年5月30日からウィーンで開催される核拡散防止条約 (NPT) 運用検討会議の第1回準備委員会で、日本政府代表団は広島被爆体験を描いた漫画『はだしのゲン』の英訳版を加盟国に配布することになった。これは麻生の肝いりで実現したものである。外務省が英語版30冊を出版社から譲り受け、今後も「漫画外交」を活発に展開させることを予定している[16]
  • 一部のオタクから絶大な支持を受けており、2006年、2007年の自民党総裁選でもオタクらしき追っかけが現れた。両年とも秋葉原で街頭演説し、日本のコンテンツ産業の対外競争力を評価し、日本人であることに自信を持とうという趣旨の発言を行った。
  • 羽田空港で『ローゼンメイデン』を読んでいたところを見たという真偽不明の2ちゃんねるの書き込みがインターネットで話題となり、一部から『ローゼン麻生』『ローゼン閣下』とあだ名された。2006年5月に行われた雑誌『メカビMOOK』のインタビューの際に『ローゼンメイデン』について、女の子っぽい絵柄だけど、話が重厚にできていて感心したことを述べている。但し、羽田空港で読んでいたかどうかは覚えていないとしている。[17]
  • しかし全ての漫画に理解があるという訳ではなく、1989年 - 1991年に掛けての「有害コミック」騒動では、成人向け漫画を主とした「有害コミック」を規制する立場から1991年「子供向けポルノコミック等対策議員懇話会」を結成し、会長となった。
  • ポーランド外相から、現地(ポーランド語)版の『犬夜叉』を寄贈されている[18]

統一教会との関係

勝共推進議員であり、国際勝共連合から送り込まれた一人の統一教会(世界基督教統一神霊協会)員を秘書として受け入れ、1988年の勝共推進議員教育報告書や1988年の統一教会総支部活動報告書にも名前を連ね、統一教会支部結成貢献ランクは「B」と評価されていた、などと一部メディアにおいて報道されたが[19]、本人は週刊誌の取材に対し、統一教会との関係を全面否定している。

家系

野田健三郎
野田宏一郎
野田昌宏
ツヤ子
鈴木俊一
鈴木善幸
(首相)
千賀子
加納久宜
加納久朗
夏子
麻生太郎
麻生太賀吉
麻生次郎
麻生賀郎
麻生太吉
麻生太郎
雪子
和子
竹内綱
吉田茂
(首相)
吉田健一
相馬和胤 相馬家第33代当主
ミングオブジャパン社長)
吉田正男
旦子
雪子
江子
大久保利通
牧野伸顕
桜子
荒船清彦 (駐スペイン大使)
信子
三島通庸
峰子
彬子女王
利武子
寬仁親王
瑶子女王
麻生泰
麻生社長)
英子
和子
秋月種英
武見太郎
日医会長)
武見敬三

脚注

  1. ^ 父方の祖父の名前もまた、“麻生太郎”である
  2. ^ 『麻生太郎の原点 祖父・吉田茂の流儀』 79-80頁
  3. ^ 衆議院 (2007-01-26). “第166回国会 本会議 第2号” 2007年10月6日閲覧.
  4. ^ 外務省 (2006-09-18). “国際交流会議「アジアの未来」2006 麻生太郎外相スピーチ「ネットワーク型アジア」の未来を構想する(外務大臣演説)” 2007年10月6日閲覧.
  5. ^ 衆議院 (2007-02-19). “第166回国会 予算委員会 第11号” 2007年10月6日閲覧.
  6. ^日本経済新聞』 2006年5月26日夕刊
  7. ^ 魚住昭野中広務 差別と権力』
  8. ^ 角岡伸彦『はじめての部落問題
  9. ^ 新宿野宿労働者の生活・就労保障を求める連絡会議 (2003-10-29). “麻生発言 新宿連絡会” 2007年10月6日閲覧.
  10. ^ 総務省 (2003-10-21). “麻生総務大臣閣議後記者会見の概要” 2007年9月24日閲覧.
  11. ^ 「麻生外相が陳謝――アルツハイマー発言」『朝日新聞社朝日新聞東京本社、2007年7月21日、34面。
  12. ^毎日新聞』 2007年7月20日
  13. ^ 麻生太郎氏「2ちゃん、時々書き込む」 産経新聞
  14. ^ 外務省 (2007-01-16). “外務大臣会見記録(平成19年1月)” 2007年10月6日閲覧.
  15. ^ 麻生太郎 コミックを語るビッグコミックオリジナル 増刊号. 2003-07-02. 2007年10月6日閲覧.
  16. ^ 時事通信、2007年4月29日
  17. ^ 麻生太郎著 『自由と繁栄の弧』 P.296~P.305 「やっぱり読んでいたんですね 直撃! ローゼンメイデン疑惑?」 (取材・構成 石塚良太) ISBN 9784344013339
  18. ^ 自著『とてつもない日本』p.168 (新潮新書,2007)
  19. ^週刊現代』1999年2月27日号
  20. ^ 麻生グループ. “麻生百年史(麻生グループ)” 2007年10月6日閲覧.

関連項目

参考文献

外部リンク

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